近年、ゼロトラストセキュリティが注目されている。その理由は、従来の境界型セキュリティモデルでは、もはや現代の多様な脅威に対抗しきれないことにある。テレワークの普及やクラウドサービスの増加が拍車をかけ、従来のモデルには限界が見え始めているのだ。このような背景を踏まえ、ゼロトラストセキュリティは「誰も信頼しない」という前提の下で設計されている。
本稿では、ゼロトラストセキュリティの基本的な概念や導入ステップ、関連する技術要素について詳しく解説する。
ゼロトラストセキュリティとは
ゼロトラストセキュリティとは、2010年代から存在し、2020年代に入って急速に注目を集め始めたセキュリティモデルである。従来型セキュリティはネットワークの境界を守ることを重視しているのに対し、ゼロトラストでは、「信頼しない、常に検証する」を基本原則とし、内部と外部の区別なく全てのアクセスを厳密に管理し続ける。
例えば、外部から社内ネットワークへのアクセスがある度に、システムに登録された端末かどうかや、端末がウイルスに感染していないかどうかを確認するといった具合だ。
リソース単位でのセキュリティを重視するため、多様化するサイバー攻撃や内部の脅威に対しても効果的に機能することが期待できる。ただし、脅威対策の基本は多層防御であり、ゼロトラスト以外の対策も同様に重要であることには留意したい。
従来型セキュリティとの違い
従来型セキュリティとは、一般に「境界型セキュリティ」とも呼ばれ、企業の内部ネットワークを外部からの脅威から守るためにファイアウォールやVPNを使用するアプローチである。このアプローチでは、一度内部に入ったアクセスは比較的信頼され、内部の通信に対する監視が疎かになることが多い。
一方、ゼロトラストセキュリティは、全てのアクセスを疑い、あらゆるリソースやデバイスに対して継続的な監視と検証を行う。ネットワークの内外を問わず、全てのアクセスを検証し、信頼を再評価することで、攻撃や漏洩によるリスクを低減する。
従来型セキュリティでは、主に外部からの攻撃を防ぐことを重視するが、ゼロトラストセキュリティは、内部の脅威や既知の脆弱性に対しても万全の対策を講じることが求められる。ゼロトラストセキュリティは、より包括的で動的なセキュリティ対策だと言えるだろう。
なぜ今、ゼロトラストが注目されるのか - クラウドの普及と攻撃の高度化
ゼロトラストが注目される背景には、大きく2つの理由がある。それぞれについて説明しよう。
テレワークとクラウドサービスの普及
まず、テレワークの普及やクラウドサービスの利用増加が挙げられる。特に近年、リモートワークが急速に拡大し、従業員が社外から社内ネットワークにアクセスする機会が増えた。また、クラウド環境ではデータの所在が多岐にわたるため、ネットワークの境界が曖昧になっている。そのため、ネットワーク境界の防御に重きを置く従来の境界型セキュリティでは十分な安全性の担保が難しくなっているのだ。
サイバー攻撃の高度化
近年のサイバー攻撃は、ますます高度化・巧妙化している。標的型攻撃やランサムウェアの手口は日々進化しており、企業や組織にとって重大な脅威となっている。こうした状況の今、不正アクセスやデータ漏洩を防ぐために、企業にはより強固なセキュリティ対策が必要となる。
ネットワーク内外を問わず常に“疑う”ゼロトラストセキュリティは、このような新たな脅威に対応するために開発されたアプローチでもある。多段階の認証を経て初めてアクセスを許可することで、不正なアクセスを受けるリスクを低減しようという発想だ。
ゼロトラストとは - その基本原則
ここでは、ゼロトラストの概念における基本原則について解説しておこう。
まず、ゼロトラストの第一原則は「決して信用しない、必ず検証する」である。ユーザーやデバイスがどこに位置しているかに関係なく、明示的な認証と承認を常に行うことを基本とする。これにより、内部の攻撃や不正アクセスを防ぐことができる。
次に、「最小権限の原則」がある。利用者に必要最低限のアクセス権限のみを付与することで、万一、アカウントが侵害されても被害を最小限に抑えられるという考え方だ。特定の業務に必要なデータだけにアクセスを許可し、他のデータにはアクセスできないようにするといった対応がこれに当たる。
そして最後に「継続的な監視と分析」である。ネットワークやシステムの動向を常に監視し、異常を検知した際には即座に対応する。例えば、リアルタイムでログの解析を行い、異常なアクセスパターンを見つけ出すといった具合だ。これにより、潜在的な脅威を早期に発見し、対策を講じることができる。
以上の原則に基づいて、ゼロトラストはセキュリティリスクを大幅に低減し、組織全体のセキュリティレベルを向上させるのである。
認証とアクセス管理
認証とアクセス管理は、ゼロトラストセキュリティの主要な要素である。従来のセキュリティモデルでは内部ネットワーク内の利用者に対する信頼が前提であったが、ゼロトラストではあらゆるアクセスを検証し続けることが求められる。例えば、利用者がネットワークにアクセスする度に多要素認証(MFA:Multi-Factor Authentication)を適用し、アクセス権限を細かく管理することで、不正なアクセスを未然に防ぐといった具合だ。
また、動的ポリシーを活用することで利用者の行動を監視し、異常が検出された場合はアクセスを遮断したり、追加認証を要求したりすることも有効である。ただし、リアルタイムでの対応には5分から10分の遅延が生じる可能性がある点には注意したい。
データ保護と監視
ゼロトラストセキュリティでは、データ保護と監視が非常に重要である。データに対する全てのアクセスを検証し、信頼できないものとして扱うことが基本だ。データの暗号化やアクセス権限の厳密な管理、継続的な監視は対策の一例だ。最新の技術を活用し、リアルタイムで異常を検知することで、外部からの攻撃だけでなく内部の脅威によるデータ漏洩のリスクも最小限に抑えることができる。
ゼロトラストの導入アプローチ
ゼロトラストセキュリティの導入は、体系的かつ計画的に進める必要がある。基本的な考え方は、以下の通りだ。
導入手順1:セキュリティ評価
ゼロトラストセキュリティの導入において、最初に行うべきは現状の把握(セキュリティ評価)である。この評価では、現行のセキュリティ状態を詳細にチェックし、潜在的な脆弱性やリスクを明確にする。そのため、まずは各エンドポイント、ネットワーク、クラウド環境の現況を分析し、セキュリティポリシーに対する遵守度を確認する。
導入手順2:セキュリティポリシーの策定
次に、全てのアクセスリクエストの検証や最小権限原則の適用を基本方針とした、セキュリティポリシーを策定する。具体的には、企業内外のユーザーとデバイスのアクセス権限を厳格に管理し、必要最小限のアクセスのみを許可するポリシーを定めることになる。また、ポリシーは一度策定して終了ではない。最新のセキュリティリスクに迅速に対応するために、定期的な見直しとアップデートを行う必要がある。
導入手順3:技術の選定と実装
技術の選定と実装は、ゼロトラストセキュリティ導入の中で最も重要なプロセスである。企業は、自社のセキュリティ要件に適した技術を選定しなければならない。ソリューションとしては、エンドポイント保護プラットフォーム(EPP:Endpoint Protection Platform)や、エンドポイント検出・応答(EDR:Endpoint Detection and Response)、そしてゼロトラストネットワークアクセス(ZTNA:Zero Trust Network Access)などの利用を検討することになる。
次に、選定した技術の実装フェーズに進む。ここでは、各技術のインテグレーションとシステム全体の連携が重要となる。適切な技術を選定し、効果的に実装することで、ゼロトラストの原則を具体化でき、包括的なセキュリティ体制を構築することが可能になる。
エンドポイントセキュリティの強化 - ソリューションを考える
内部・外部を問わず“疑う”ゼロトラストセキュリティでは、エンドポイントセキュリティの強化も重要だ。エンドポイントとは、企業ネットワークの末端に位置するデバイスや端末を指し、これらは多くのサイバー攻撃の標的となる。そのため、まずはEPP(Endpoint Protection Platform)の導入によって基本的な防御を固めることが有効である。異常な挙動を素早く検知する体制を整えるために、併せてEDR(Endpoint Detection and Response)の利用も検討の余地がある。エンドポイントセキュリティの強化は、全体のセキュリティ体制の堅牢性を高める鍵となる。
以下では、それぞれのソリューションについて説明する。
EPP(Endpoint Protection Platform)の導入
EPPは、エンドポイントでのマルウェア検出、感染防止を行うことで、企業ネットワークのセキュリティを強化する。既知のマルウェアの検出には、マルウェアの特徴と、受信したデータを照会するパターンマッチングが有効だが、この方法では未知のマルウェアには対応できない。その対策として、AIや振る舞い検知などを活用した検出を行うNGAV(Next Generation Anti-Virus)というソフトウェアも登場している。
EDR(Endpoint Detection and Response)の利用
EDRは、リアルタイムでエンドポイントの異常行動を監視し、ログやメタデータを収集することで、攻撃の兆候を早期に発見して管理者に通知する。通知を受けた管理者は該当端末を隔離し、収集された情報を分析をすることで悪意のあるプログラムの駆除と復旧を実施することになる。これにより、万一マルウェアに侵入された際、被害を最小限に抑えられる。
ネットワークセキュリティの強化
従来の境界型セキュリティモデルと異なり、ゼロトラストではネットワーク内部のトラフィックも対象とするため、より細かなセキュリティ管理が求められる。具体的な手法を以下に挙げる。
ゼロトラストネットワークアクセスの構築
ゼロトラストネットワークアクセス(ZTNA:Zero Trust Network Access)の構築は、ゼロトラストセキュリティの中心的要素である。ZTNAは、従来のVPNとは異なり、ユーザーやデバイスのアクセスを常に検証することで、未承認のアクセスを防ぐことが可能である。
ZTNAに関しては、クラウドベースのソリューションを活用することが多い。また、デバイス認証、ユーザー認証、多要素認証(MFA:Multi-Factor Authentication)を組み合わせることで、より高度なセキュリティが確保される。
この一連のプロセスは、企業のセキュリティポリシーと連携することで効果的に運用できる。
ネットワーク分離と暗号化
ネットワーク分離は、ゼロトラストセキュリティの基本戦略の一つである。内部ネットワークを複数のセグメントに分けることにより、攻撃者がシステム全体にアクセスするリスクを最小限に抑えようという考え方だ。各セグメント間の通信は厳密に管理され、許可されたデバイスやユーザーのみがアクセスできるようにする。さらに暗号化技術を用いることで、データの機密性を保護できる。
ゼロトラストがもたらすメリット
ゼロトラストセキュリティは、従来の境界型セキュリティに比べて多くのメリットがある。まず、ネットワーク全体に対する細かいアクセス制御により、セキュリティリスクの大幅な低減が可能だ。次に、テレワーク環境でも高いセキュリティを確保し、従業員がどこからでも安全に業務を遂行できる。この他にも、継続的な監視と検証が容易になり、迅速な対応が可能となることがゼロトラストの大きなメリットである。
セキュリティリスクの低減
内部ネットワークを外部の脅威から守ることに重きを置く従来型セキュリティモデルでは、内部からの攻撃に対する脆弱性があった。一方、ゼロトラストでは、全てのアクセスに対して厳密な認証と監視を行う。そのため、内部脅威や初期脅威の発生を迅速に検知し、被害を最小限に抑えることができる。また、ネットワークの分離や暗号化の徹底により、データの盗難や改竄のリスクを低減できる。
テレワーク環境での安心感
ゼロトラストセキュリティでは全てのアクセスを検証し、ユーザーに必要最低限のアクセス権限を付与するため、リモートワーク中でも高度なセキュリティが保たれる。結果的に、社外からのアクセスが安全に行えるため、テレワーク環境における生産性の向上も期待できるだろう。
ゼロトラストのデメリットと運用の課題
ゼロトラストセキュリティは先進的で効果的なアプローチだが、導入にはいくつかのデメリットと課題が存在する。
コストの問題 - 製品導入とトレーニング
ゼロトラストセキュリティの導入には多くの企業でコスト面の課題が存在する。特に、小規模な企業ではセキュリティ対策に限られた予算しか割り当てられないため、ゼロトラストセキュリティの導入が難しい場合がある。新しいソリューションの購入やソフトウェアのライセンスに加え、既存システムとの統合や従業員のトレーニングなどのコストもかかるからだ。ゼロトラストの導入にあたっては、こうしたことを理解し、段階的に導入を進める必要がある。
運用の複雑さ
ゼロトラストセキュリティの導入には多くのメリットがある一方で、運用の複雑さが課題となる。まず、ゼロトラストは全てのトラフィックを常に検証する必要があるため、高度な監視体制を整備し、適切なツールを用意しなければならない。さらに、各種デバイスやユーザーの認証手続きが頻繁に必要となるため、運用負荷が増大することも考えられる。そして、セキュリティポリシーの継続的な見直しと適用を行う必要があり、IT管理者には高い専門知識とスキルが求められる。
ゼロトラストセキュリティの展望
すでに注目を集めているゼロトラストセキュリティだが、今後、その重要性はますます高まっていくことが予想される。本稿でも繰り返し述べてきたように、テレワークの普及やクラウドサービスの拡大に伴い、企業においてネットワーク境界を超えたセキュリティ対策はもはや不可欠だ。
ゼロトラストセキュリティは、予測的な脅威検出やリアルタイムのリスク評価を目指しており、従来の手法を大きく進化させる可能性がある。初期投資のコストや運用の複雑さが課題ではあるが、長期的に見て、これから企業が継続的に成長していく上で必須のセキュリティ対策の一つだと言えるだろう。
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