本連載では、1回目から4回目まではSaaSビジネス全般について解説してきました。5回目からは、最近SaaS業界で注目を集めているプロダクトマネージャー(以下、PdM)の仕事について解説しています。7回目の今回は、PdMが抱える課題と、その対処方法についてお伝えします。

プロダクトマネージャーがぶつかる壁

SaaSビジネスのPdMは、顧客に提供できるメリットを考え、それを製品化する方針を決める役割があります。本来であれば顧客に提供できるメリットを考えるために最も多くの時間を費やしたいところですが、さまざまな事情があるので、当然必ずしもここに全ての時間を使えるわけではありません。

例えば、サービスをリリースしてから10年近くが経ち、数万人以上のユーザーを抱えている場合を考えてください。サービスをリリースした直後の数年間はPdMの描く方に向かって成長できましたが、さらに先に進むためには、既存機能の改修や顧客の要望への対応なども合わせて行わなければいけません。

多くの人はその業務に忙殺されてしまいます。いわば、船の羅針盤として全体的な方針を調整しないといけないとわかっていても、今オールで漕ぐのをやめたら先に進めなくなってしまうような状態です。

また、たとえ自分が目指したい製品の方向性を考えられたとしても、それを実現するために必要なリソースや予算を見積もり、さらに優先度を付けて開発を進めるために経営陣などステークホルダーらの合意を得る必要があります。いくらアイデアがあっても、提案して合意が得られない場合は、PdMに向いていないと評価されてしまいます。組織が大きくなるほど合意をとるべきステークホルダーが増えるので、調整に時間が取られる傾向があり、難易度が高くなります。

プロダクトを成長させるプロダクトマネージャーになるには

では、そうした課題を乗り越えてPdMとして成長していくためには、どうしたらよいのでしょうか。

まず、戦略的な方針を考える時間がとれない課題について考えます。実は、現在忙殺されている業務は決して無駄ではありません。「製品の方向性を決めてロードマップを描く」というと、誰も思いつかない斬新なアイデアを具体化するような、キラキラとしたイメージを持たれるかもしれません。しかし、多くの場合それは幻想です。

特に、すでにSaaSを提供している場合、顧客が求める細かい機能を積み上げることもプロダクトを成功させる方法の一つです。顧客が業務で困っていることがあり、便利になってほしいと言っているのに、その声を聞かずに自分の考える価値に固執してしまうのは間違いです。もちろん、顧客の声が本当にプロダクトの方向性に合っているかは、常に判断が必要です。

顧客の声はさまざまな種類があるため、全てを実装することはできません。特定の顧客のみが要求していて他の多数の顧客が必要としていないならば、優先度を下げるべきでしょう。顧客の声を聞きながら優先度を付けて機能を実装していく工程を繰り返していくだけでも、製品もPdMも成長していきます。

ここで間違えないでほしいのですが、PdMが大きな方向性を考えなくてよいということではありません。日々の細かい改修や機能追加がプロダクトの目指すゴールに向かっているかどうかは、PdMが見極める必要があります。もし方向がずれているのであれば、どんなに顧客の声が大きくても中止する判断をしなければなりません。ゴールに向かっていると自分が納得できているのであれば、日々の業務に忙殺される中でもPdMとして方向性を示せるでしょう。

ステークホルダーとの合意形成に関する課題については、経験を積むより他はありません。とはいっても、PdMになるまで、ステークホルダーとの合意形成という業務を経験する機会はなかなかありません。反対に、PdMになると当然の責務になるので、PdMを目指す人は少しずつでいいので自分の意見を提案する経験を意識的に積んだり、先輩の手法を学んでみたりするとよいでしょう。

プロダクトマネージャーとして成長するために、世の中の仕組みへの好奇心と分析力

ここからは、PdMとして成長するための方法を考えてみましょう。例えば筆者の場合は、世の中にあるさまざまなシステムにがどのように設計・実装されているのか想像する癖を付けています。そうすると、普段身の回りにあるものが素晴らしいアーキテクチャで構成されていることに気づきます。

その代表例が駅の自動改札機です。自動改札機は、大量のトランザクションを瞬時にさばきながら、交通系ICカードのオートチャージまで行えます。その仕組みを分解してみるとさまざまな気付きがあります。いわば、思考の訓練です。

新しいアイデアというのは、0から1になるようにまったく新しく生まれるというよりも、すでにある何かと何かの組み合わせで生まれることが多いものです。世の中のシステムの仕組みを考えながら、これとこれを組み合わせたら新しい提供価値にならないか、と自問自答してみてください。1と1を合わせて全く新しい価値を作れるかもしれません。

もう一つの成長の方法は、ロールモデルを作ることです。ロールモデルといっても誰か一人に限る必要はありません。PdMの役割の一つがステークホルダーの合意を得ることですが、ここを苦手としているエンジニアも多いのではないでしょうか。

そのような場合は、会社の中にいる、説得力のある話ができる人や、プレゼン・合意形成が得意な人を思い浮かべてみてください。もしかしたら、エンジニア領域の人よりも、コンサルタントや営業、経営陣に見つかる可能性が高いでしょう。その人がどんなふうに話しているのか、説得しているのかを、近くで見てみましょう。

筆者の場合は、営業成績が良い人の商談やトラブルになっている案件のミーティングに同行して、どのように話し、説得しているのかを観察させてもらいました。他にも、このスキルならAさんに、あのスキルならBさんにというように、スキルを分解して得意な人から学んでいく方法もおすすめです。

顧客からのフィードバックが最高の検証、繰り返してプロダクトを成長させる

SaaS製品を成長させるために、顧客を巻き込んだトライアンドエラーを小規模に積み上げていくプロセスが重要です。大規模パッケージの場合は全システムが連携しているので、一部を変えると他にも影響が出るため、このような検証は不可能でした。しかし、SaaSの場合は機能が細分化されている特徴を持つので、一部の機能をバージョンアップして顧客に使ってもらい、フィードバックを得やすいです。このサイクルをできる限り早く回して改良することがSaaSの生命線ともいえるでしょう。

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    細かい機能のバージョンアップとフィードバックの図

SaaS業界においてPdMという役割が注目されたのは、ここ5年くらいのことでしょうか。同じ領域でさまざまな製品がしのぎを削る中で、独自の製品ならではの提供価値を出していくことが難しいからこそ、この職業が注目されているように思います。

SaaS製品は小さな改良を重ね、顧客からのフィードバックによって、反応が悪ければ元に戻せます。そのため、ゴールとなる方針がなによりも重要です。ゴールが無ければ段々と方針がずれてしまいます。その方針を決めて進むための羅針盤となるのがPdMです。本連載を通して、PdMに興味を持った方はぜひチャレンジしてみてください。