本連載では、1回目から4回目まではSaaSビジネス全般について解説してきました。5回目と6回目は、最近特にSaaS業界で注目を集めているプロダクトマネージャー(以下、PdM)の仕事について解説します。5回目の今回は、特にPdMの役割や注目されている理由について取り上げます。

前回までの筆者である荻島浩司に変わり、今回からは、現在チームスピリットで中小企業向けの「TeamSpirit」とエンタープライズ向けの「TeamSpirit EX」の2製品開発および提供に携わる、開発部門執行役員の原勇作が解説します。

SaaS企業がプロダクトマネージャーに注目する理由

ここ数年は、特にSaaS企業においてPdMの役割の重要性が見直されています。PdMの責任範囲は広いのですが、一番重要な役割は「製品の成長の方向性を指し示す羅針盤」という存在ではないかと考えます。

SaaSが台頭する前は、SIerやベンダーは顧客企業の課題や実現したいことを聞き取って、ソリューションを提供していました。パッケージソフトもありましたが、企業規模が大きくなるほど、パッケージソフトであってもその企業の要件に合わせて、カスタマイズやアドオン開発を多量に行うケースも多くありました。SIerやベンダーは導入企業のニーズに合わせて開発を行い価値を提供していたのです。

しかし、SaaSの場合はまず製品領域の理想形を想定し、市場のニーズ調査やマッチングを経て検証してから、製品を開発して市場に挑戦します。そして、SaaS企業が製品に盛り込んだ価値を評価した企業が顧客となります。つまり、企業ごとのニーズをくみ取り、その要件に合わせた開発を行うこれまでのビジネスとは進め方が異なり、SaaSビジネスでは自らが定めた価値を前面に出しながら取り組むため、開発における方向性の選定がより重要になるのです。

そのため、SaaS製品の開発にあたっては、製品の価値や成長の方向性を定義して、優先度を付けてゴールまでたどり着く道筋を描けるリーダーが必要です。そのリーダーこそがPdMなのです。

当社が手掛けるTeamSpiritは、勤怠管理・工数管理・経費精算を中心としたバックオフィス業務の中でも、とりわけエンドユーザーが利用する領域の生産性を向上するためのSaaS製品です。しかし、同様の機能を提供するSaaSは星の数ほどあるといっても過言ではなく、それぞれが異なる価値訴求をしています。

SaaS業界は多くの企業が参入する中で製品そのもので勝負する世界であり、魅力的な製品を作るための方針を示すのがPdMです。そして、PdMは自社の製品の魅力を定義および推進し言語化して語れる必要があるのです。

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プロダクトマネージャーとプロジェクトマネージャーはどう違う?

よくPdMと混同して議論されがちなのが、プロジェクトマネージャーです。PdMとプロジェクトマネージャーは、どちらかが上位下位というような階層があるわけではなく、それぞれ期待される役割が異なります。

PdMが製品が目指す方向性を決めるのに対し、基本的に期限付きで目的が明確にされた「プロジェクト」を責任を持って推進するのがプロジェクトマネージャーです。プロジェクトマネージャーはその方向性で開発をして製品を完成させるためのリーダーです。

もちろん、開発部分だけではなく、導入企業が別のツールから移行したいというときに、そのゴールを達成するためのリソースを確保し、タスクを整理し、スケジュール管理を行って移行を実現するといった仕事を遂行するのもプロジェクトマネージャーの役割です。求められる役割はプロジェクトによって異なるといえるでしょう。

私は医療の専門家ではないのであくまで抽象化したイメージでお伝えしますが、筆者はプロダクトマネージャーは研究医、プロジェクトマネージャーは臨床医という例えをすることがあります。プロダクトマネージャーは万人に対して有効な治療を考えて方針を決める人、プロジェクトマネージャーは患者一人一人に向き合って治療する人といえます。

例えば、さまざまな症状をもたらす病気について研究開発を行う研究医は、いろいろなケースを考慮してより多くの人を救う薬を作ったり、ある特定の重篤化症状によく効く薬を作ったりします。また、これらの研究の優先順位も定めています。一方で、臨床医はこうして作られた薬を、自分が直接向き合っている患者に対して有効性を判断しながら患者ごとに最善のスケジュールで治療を行っていきます。

私はこれが、SaaSの開発と導入などに関係するPdMと、プロジェクトマネージャーに近い関係性なのではないか、と思っています。

なお、時には必要ならばPdMもプロジェクトマネージャーとして振る舞う必要があります。これは難しい事のようですが、実は昔からみんなやっていることです。例えば、部長や事業責任者などは、その部や事業の全体を見据えながらも重要な個々の事案や商談について全体との優先度を見ながらこなしていますね。そのようなイメージです。

まとめると、PdMは良いプロダクトを作ることに責任があり、プロジェクトマネージャーはプロジェクトを完遂することに責任があるということです。これはSaaSに限らず、どの業界でも共通しています。自動車メーカーであれば、車のデザインやコンセプト、構成を考える役割がPdM、車が設計できた後に日本で100万台生産するために工場の手配やリソースと予算の配分をする役割がプロジェクトマネージャーです。

プロダクトマネージャーの仕事

PdMの仕事は大きく5つあります。

1つ目は製品の全体像を描くこと、そして描いた全体像に至るまでの道筋となるロードマップを作ることです。

2つ目は、エンジニアと伴走して機能実装を推進し、自らが描いたメリットを具現化することです。自分が描いたイメージに対して、実装部分が形を変えざるを得ないこともあります。そうした場合にも、エンジニアとのコミュニケーションを通して臨機応変に対応しながら、自ら描いたメリットを実現しなければなりません。

3つ目は、マーケットの大きな変化があった時に、その変化に合わせて柔軟かつ効果的にロードマップを変更することです。3年前に作ったロードマップがどんなに素晴らしくても、新しい技術の登場や時流および世相の変化に応じて、方向修正する必要があります。

冒頭でPdMは羅針盤だと述べましたが、北に行って座礁すると分かれば軌道修正をして、西に理想郷があるならば新たにそこに向かわなければならないのです。そうやって目的地にたどり着けるようにすればよいのです。

4つ目は、出来上がった製品をどう顧客に届けるのか、体制構築に関与することです。SaaS製品の場合、契約後は導入企業が自分達で設定や運用を行うのか、あるいは導入コンサルタントがついて一緒に設定や運用を行うのかを考えて、体制を作ります。そして、自らが描いた理想の機能とメリットが最大限に生かされるように、発信し足りない部分を議論して製品に還元しながら顧客メリットの最大化に寄与しなければなりません。

5つ目は、描いている製品の価値や達成するためのロードマップを、経営者、株主、顧客などのステークホルダーに示して、合意形成を得ることです。会社の方向性を一致させることもPdMの仕事です。どんなに素晴らしい理想を描こうとも、その推進力たるメンバーと同じ方向性を目指して舵を切らなければ目標が達成されることはないからです。

ここまで、PdMの立ち位置とその役割についてお伝えしました。次回はPdMになるためのキャリアについて解説します。