初めてのレッドブル・エアレース観戦でその魅力に取りつかれた筆者が、エアレースを知らない方々にお伝えする本連載。第2回はエアレースに使用される「マシン」、アクロ専用飛行機を紹介しよう。なお取材に訪れた2017年サンディエゴ大会の模様はNHK BS1で5月1日に放送、日本の千葉大会は6月3日・4日に開催の予定だ。
一般に「小型プロペラ機」として思い浮かべるのは、いわゆるセスナ機だろう。「セスナ」はかつて存在したアメリカの小型航空機メーカーで、現在は買収されてテキストロン社となっているが、小型プロペラ機の代名詞としての「セスナ機」という言葉は今もよく使われている。
セスナ機を乗用車だとすればアクロ機はスポーツカー、もしくはレーシングカーと言えるだろう。全体的なフォルムはかつてのゼロ戦にも似ているが、最新の材料と技術で作られたその機体ははるかに軽くスリムで、パイロットの操作に機敏に反応することに特化している。
エアレースの最新機種「エッジ540」
レッドブル・エアレースに使用する飛行機は、ルールによってあらかじめ指定された2機種に限られる。今シーズンの14名のパイロットのうち13名が使用しているのは、アメリカのジブコ社製「エッジ540」で、日本の室屋選手が使用しているのも最新型の「エッジ540V3」。唯一、フランスのミカエル・ブラジョー選手だけがアメリカのMX社製「MXS」を使用している。いずれもエアショー専用に開発された曲技飛行機だ。
エッジ540と、「セスナ機」のベストセラー「セスナ172」を比べてみよう。
エッジ540 | ||
座席 | 1 | |
---|---|---|
全長 | 6.27m | |
全幅 | 7.42m | |
最大離陸重量 | 816kg | |
最高速度 | 426km/h | |
エンジン | 340馬力 | |
チェコのペトル・コプシュタイン選手の乗機、エッジ540V3。レッドブル・エアレース開催地のひとつでもあるシュピールベルグをあしらったイラストが賑やかだ。主翼端は小さく反り上がっている (c)大貫剛 |
セスナ172 | ||
座席 | 4 | |
---|---|---|
全長 | 8.28m | |
全幅 | 11.0m | |
最大離陸重量 | 1,157kg | |
最大巡航速度 | 230km/h | |
超過禁止速度 | 302km/h | |
エンジン | 180馬力 | |
小型プロペラ機の代名詞、セスナ172。4人乗りで重量もエンジンも乗用車ぐらい。4万機以上生産されているベストセラーだ (出典:Wikipedia) |
エッジ540のサイズはセスナ機より一回り小さく重量も軽いが、エンジンのパワーは2倍近く、最高速度も速い。またロールレート(機体を横転方向に回転させる速度)は毎秒420度で、1秒弱で横に1回転できてしまう。
強化プラスチック製の主翼、胴体カバー
機体構造は、胴体部分と翼で大きく異なる。翼は左右一体の炭素繊維強化プラスチック(CFRP)製で、重力の10倍という猛烈な荷重に耐える。一方、胴体部分は鉄のパイプをやぐらのように組んだ構造で、表面に見えているのはガラス繊維強化プラスチック(GFRP)などのカバーだ。運搬するときは主翼を胴体から外すことができるが、左右分割することはできない。
レギュレーションによりこれらの主翼構造、胴体構造、エンジン、プロペラは変更することができない。変更できるのは胴体をカバーする表面部分やコックピットのキャノピー、主翼の先端部分などだ。チームごとの開発、チューニングの妙が発揮されるのはこういった部分になる。室屋機の場合、空気抵抗を極限まで抑えるため、コックピットキャノピーや車輪カバーなどを小さなものに交換している。
パワーのカギを握るエンジン冷却
室屋機のエンジンカバー部分と、カバーを外した状態。ライカミングAEIO-540は空冷式の水平6気筒エンジンで、空気抵抗を抑えつつ2分間全力発揮できるエアフロー(エンジン周囲の空気の流れ)が勝敗を左右する (c)大貫剛 |
エンジンは変更できないが、エンジンカバーの変更は機体性能に重要だ。
レッドブル・エアレースでは、スタートゲート通過時の速度は指定されている(速度オーバーでスタートを切るとペナルティ、さらにオーバーすると失格になる)ものの、スタート後はエンジンをフルパワーにしてゴールまで飛行する。急旋回中は主翼が大きな抵抗を受けて速度低下するので、エンジンは常にフルパワーで速度を回復させる必要があるのだ。
そうなると、スタートからゴールまでの約2分間、フルパワーのエンジンがオーバーヒートしないことが重要になる。エンジンを冷却する空気をどのように取り込み、適切にエンジンを冷却した後、いかに排出するかという微妙な調整がエンジンの持久力を左右する。一方で、吸い込み口をいたずらに大きくしたりすれば、それ自体が空気抵抗になってしまう。
このあたりはモータースポーツとも似ている。各チームは流体力学を駆使して最良のエンジン冷却を試行錯誤し、レースに臨んでいる。
単なるアクセントではない、主翼端の形状
アメリカのマイケル・グーリアン選手の乗機のウィングレット。流れるような美しい三次元形状が印象的だ (c)Red Bull Content Pool |
スペインのフアン・ベラルデ選手の乗機は、直角に立ち上がったような個性的なウィングレット (c)Red Bull Content Pool |
主翼端は遠くからも区別しやすいポイントだ。主翼は空気の流れにより主翼下側と上側に圧力差を作り、揚力(機体を支える力)を作り出す。この圧力差は主翼の先端で、下から上へと巻き上がるような渦を作り、空気抵抗を増やす。この翼端渦を減らすために取り付けられるのがウィングレット(翼端板)だ。ジェット旅客機でもよく見掛けられるこのウィングレットはエアレース参加機にも多く見られるが、エッジ540の本来の装備ではなくチームごとに開発したものだ。
ウィングレットはあれば良いというものではなく、その大きさや形状により性能は大きく変わる。また大きな揚力を要する急旋回中には翼端渦も強くなるため、大きなウィングレットが強い効果を発揮するが、大きすぎるウィングレットは直線飛行中にはかえって空気抵抗になるという。旋回中の速度低下を重視し、大きなウィングレットで速く回り切るか。小さなウィングレットで抵抗を減らし、直線で一気に速度回復を狙うか。パイロットの戦略によってセットアップも変わるというわけだ。
ちなみに室屋機には主翼端を立ち上げるウィングレットではなく、滑らかに後ろへ尖らせるレイクド・ウィングチップが取り付けられている。これは最新型旅客機のボーイング787にも導入されている技術で、ウィングレットと同様の効果がある。ただウィングレットよりレイクド・ウィングチップの方が良いと判断しているというわけではなく、室屋機は2016年に導入したばかりの新型のためウィングレットは開発中とのことなので、今後の開発進ちょくによってはウィングレットに換装されるかもしれない。こういった機体の細かな改良も、見どころの1つだ。
競技を盛り上げ、安全を守るセンサー
垂直尾翼先端に取り付けられたビデオカメラは大迫力の動画を届けてくれる (c)大貫剛、(c)Red Bull Content Pool |
コックピット内のカメラは競技中の険しい表情や、競技を終えた直後のパイロットの悲喜こもごもを即座に見せてくれる (c)Red Bull Content Pool |
また、エアレース参加機には競技を盛り上げるさまざまな機器が搭載されている。フライトコースを正確に記録し送信するGPS受信機は、大会中にスクリーンに表示される「ゴーストプレーン」のデータとして活用される。
コックピット内と垂直尾翼には、小型カメラが取り付けられている。飛行中のパイロットの視点をダイナミックに伝えてくれる映像は、フライト後のリプレイのほか、勝敗が決まったあとのパイロットの表情も伝えてくれる。
地味だが重要な役割を果たすのがGセンサーだ。機体を急激に旋回させようとすると、機体とパイロットには大きな荷重が掛かる。レッドブル・エアレースでは10G(重力の10倍)を超える荷重が0.6秒以上加わると失格となる。規定の荷重でギリギリの旋回をすることがパイロットの腕の見せ所であると同時に、過大な荷重で機体が壊れたり、パイロットが失神することを予防する安全策でもある。
大会に彩りを添えるスポンサー
フランスのミカエル・ブラジョー選手のスポンサーは時計メーカーのブライトリング。プラスチック製の機体に施された錆色の塗装が個性的だ (c)Red Bull Content Pool |
フランスのニコラス・イワノフ選手のスポンサーは、大会公式タイムキーパーでもあるハミルトン。ゲートと同じ、オレンジと黒のハミルトンカラーの機体に腕時計が描かれた (c)Red Bull Content Pool |
このような機体の購入や維持には莫大な費用が掛かるので、マスタークラスの選手はいずれもスポンサーの援助を受けている。室屋選手のレッドブル・エアレース出場スポンサーは、タイヤメーカーのファルケンだ。チームごとのスポンサーとそのキャンペーンはモーターレースと同様に、大会会場を華やかに盛り上げる。またスポンサーに合わせて美しく塗装された機体も大会の見どころだ。
エアレース会場に自らの機体を持ち込み、整備まで行うのは大変だ。そこで将来のマスタークラス参戦を目指すチャレンジャークラスでは、主催者側が機体を用意している。チャレンジャークラスパイロットにとっては経済的に助かるし、純粋にパイロットの操縦技量だけで戦えるというメリットもあるだろう。なおチャレンジャークラスの機体カラーは、言うまでもなく大会の主催者であるレッドブルだ。
自前の機体を持ち込めないチャレンジャークラスパイロットは、大会側が用意するレッドブルカラーのエクストラ300に搭乗する。レッドブル・エアレース初の女性パイロット、フランスのメラニー・アストルが機体と一緒にポーズをとってくれた (c)大貫剛 |
3回目となる次回は、レッドブル・エアレースのレースコースと会場についてご紹介しよう。