自動車の世界ではクルーズコントロールというものがあって、希望の速度に達したところでボタン操作を行うと、その速度を維持して走ることができる。といっても、これが役に立つのは空いている高速道路ぐらい。頻繁に信号機が出てくる下道では使いようがない。

実は、鉄道の世界でも似たような仕組みを備えた車両が存在する。

オートカーと新幹線の定速走行

その昔、阪急電鉄に「オートカー」と呼ばれた車両があった。何がオートなのかというと、定速走行装置を備えていたからオートカーである。2000系、2100系、2300系、2800系の4系列が存在した(この中には現存する車両もあるが、定速走行装置は撤去しているので過去形とした)。

といっても、なにしろ最初に2000系が登場したのは1960年の話だから、いまどきの新交通システムみたいに完全自動運転というわけにはいかない。よって、「オート」という言葉を額面通り受け取ることはできないので注意が必要。

つまり、あくまで「指示した速度を自動的に維持してくれる」という意味での「オート」なのだが、加速も減速も速度の維持も運転士の操作に依存するのが一般的だったことを考えれば、一定の速度を保ってくれるだけでも画期的。わざわざ「オートカー」「人工頭脳電車」と銘打ってアピールする価値はあった、ということだろう。

そして時代は下り、近年でも定速走行装置を備えた車両が意外とたくさんある。ポピュラーなところでは、東海道・山陽新幹線で導入が進んでいるN700A(JR東海はN700系1000番台、JR西日本はN700系4000番台)がそれだ。また、先日に報道公開があったばかりの北陸新幹線用のE7系・W7系(それぞれJR東日本とJR西日本)も、定速走行装置を備える。

N700Aでアピールしている改良点として、ブレーキ性能の向上とともに定速走行装置の追加搭載がある

定速走行を行わせる際の操作方法にはいろいろな流儀がある。主幹制御器のノッチ操作だけで定速走行を発動するものもあれば、専用のボタンを別に用意しているものもある。E7系・W7系を例にとると、運転台に[定速]ボタンと[定速 切]ボタンがあり、これらのボタン操作で定速走行装置を作動させたり、解除したりする。

では、定速走行装置のメリットは何か。自動車のクルーズコントロールなら「運転が楽になる」というところだが、鉄道の場合はむしろ、加減速に伴う前後動の抑制や動力費の節減、制限速度を超えない範囲でギリギリの速度を無理なく維持できる、といった利点が大きいと考えられる。

鉄道のダイヤは余裕時分を持たせた状態になっているので、常に限界ギリギリの速度で走らせないとダイヤを維持できないということはない。しかし、何かの理由で遅れたときの回復運転では、本当にギリギリの運転が必要になることもある。

だからといって速度制限を超過してしまえば、たとえ1km/hの超過でも違反である。新幹線の場合、ATC(Automatic Train Control)による速度制限に「あたる」と自動的にブレーキがかかってしまい、運転がギクシャクする上に、却ってロスが生じる。ATCブレーキが作動する直前の、ギリギリの速度を維持することが肝要だ。そういう微妙なコントロールを行う場面では、定速走行装置がある方が楽である。

新幹線の場合、設計上の最高速度を発揮できるように勾配や曲線の限界を決めて施設を建設しているから、基本的には最高速度を保ったまま走ることができる。E7系・W7系が走る北陸新幹線なら最高速度は260km/hで、それを前提にした施設になっているわけだ。そうなると、定速走行は威力を発揮しやすい。これが在来線だと、定速走行しようとしてもカーブで速度制限、なんていうこともあり得る。

ちなみに、加減速を頻繁に繰り返す走りのことを、ノコギリ運転という。横軸に時間、縦軸に速度をとってグラフ化したときに、ノコギリの歯みたいにギザギザ・凸凹するところから、この名称がある。もちろん、ノコギリ運転は頻繁な加速・減速とそれに起因する前後の動揺につながるので、好ましいものではない。

定速制御といっても簡単ではない

ただ、定速制御といっても、常に一定の出力を維持していれば済む、というほど簡単なものではない。自動車で高速道路を走っているときに、一定の速度を維持しようとすると意外と難しいが、それと同じである。

つまり、平坦な直線路なら話は簡単だが、実際には上り勾配もあれば下り勾配もある。また、混雑率が違えば車両の重さが変わるから、力行・制動の加減が変わる。また、ただ漫然と力行しているだけでは、ときには空転が起きてしまうこともある。空転が発生するかどうかは、気象条件(線路が濡れている等)にも影響される。

これが新幹線ぐらいの高速運転になると、風向・風速や気圧の高低まで速度に影響する。「まさかそこまで」と思ってしまいそうだが、速度記録が出やすいのは気圧が低い日だというから、気圧ひとつとっても侮れない。

ちなみに新幹線の場合、速度が速い分だけ走行時の抵抗も大きくなるため、速度を維持するために力行し続けるのが普通だ。在来線の場合、まず力行して加速して、所定の速度に達したら惰力で走ることが多いが、もちろん速度が落ちてくれば再度の力行が必要である。

こういったさまざまな要因を考慮に入れつつ、一定の速度を維持するように制御しなければならないのだから、定速制御といっても意外と複雑なテクノロジーである。

ただの定速では済まないことも

さらに、たとえ新幹線といえども、ときには例外的に速度制限が発生することがある。すべての列車が停車する駅で速度制限がかかるのならともかく、本線上で速度制限がかかることもあるから油断がならない。典型例が、上越新幹線の中山トンネルにある急カーブだろう。

もっとも新幹線の場合、今はデジタルATCを使って正確な地点情報をとることができるから、それと線路情報を照合して、速度制限が必ずかかる場所の手前で自動減速させることはできそうだ。ただ、そういった特定地点での減速操作、あるいはその後の再加速操作を自動的に行うか、それとも運転士の操作に委ねるかは、設計・運用に際しての思想の違いが影響するだろう。

なお、先行列車に「あたって」ATCから減速の指示を受けたときに、定速制御を解除して減速操作を行わなければならないのは当然である。

だから、単に一定の速度で走るだけでなく、できるだけギクシャクしないような制御を行える方が望ましい。といったところで、定速走行装置について日立製作所が出願した特許を見つけたのでリンクしておこう。キモは、最適な制御を実現するためのアルゴリズムにあるようだ。

定速走行制御装置

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。