新幹線で「こだま」みたいな各駅停車タイプの列車に乗っていると、頻繁に「通過待ち」に遭遇する。その分だけ所要時間が増えるから、乗っている側にとってはうれしくないが、外から眺めていると、意外と面白い。

先行する列車が待避線に入って停車すると、程なくして後方から通過列車の前照灯が迫り、あっという間に走り去る。すると、さほどの間を置かずに待避していた側の列車も出ていく。小田原駅あたりで見物していると、これを30分ごとに繰り返すのである。

こうした緻密な運転ぶりは在来線でも同様に見られるが、速度が速い分だけ、新幹線の方が強烈な印象だ。それを安全・確実に実現するために、一体どういう仕組みが働いているのだろうか。

CTCとPRC

鉄道が他の乗り物と決定的に異なるのは、「どこの線路を走るのかは、列車の側では決められない」という点である。運転士が行える操作は加速と減速だけで、どこの線路を走るのかを決めるのは地上側だ。分岐器を切り替えて進路を構成すると初めて、列車がどこの線路を走るのかが決まる。

ということは、ダイヤに合わせて適切に進路を構成する必要があるということだ。しかも、ダイヤが乱れたり、臨時列車が割り込んできたりして、進路を構成する際の内容や順番が変化することもある。

昔は、この進路の構成作業は駅ごとに個別に、人の手によって実施されていた。分岐器を切り替える梃子(てこ)のところまで人が出向いて手作業で切り替えることもあれば、信号扱所から遠隔操作することもあるが、手作業に変わりはない。

そこで切り替える分岐器や切り替える方向を間違えると、トラブルや事故の元になる。衝突が起きないように信号保安システムで守られているが、衝突が起きなくても、例えば「線路の選択を間違えて、列車の長さよりも有効長が短い線路に入れてしまい、はみ出した」なんていうことは起こり得る。

そこで、1954年に京浜急行電鉄と名古屋鉄道、1958年に国鉄伊東線で導入されたのが、列車集中制御装置(CTC : Centralized Traffic Control)である。指令所を設けて列車の運行状況をリアルタイムで表示するパネルを設置するとともに、各駅に設けた分岐器の転換作業も指令所から集中実施する。1964年開業の東海道新幹線では当初から全線でCTCを導入したため、これが本格的にCTCを導入した最初の事例と見なされることが多い。

CTCでは、指令員が全体的な運行状況を見ながら進路を構成できるだけでなく、各駅にいちいち担当要員を置くといった負担を軽減できるなど、省力化のメリットもある。そのため、新幹線に限らず、地方の亜幹線などで合理化を目的として導入された事例もある。

小田原駅で、待避する300系「こだま」を追い抜く700系「のぞみ」。両者の間隔を最低限に抑制しつつ安全を確保できるのは、信号保安システムとともに、集中的・自動的に進路を構成する仕組みがあるからだ

ただしCTCでは、手作業で進路を構成することに変わりはない。だから、判断ミスや操作ミスの可能性は残る。そこで山陽新幹線の岡山開業(1972年)に合わせて登場したのが、新幹線運行管理システム(COMTRAC : Computer Aided Traffic Control System)だ。

これは、事前にコンピュータにダイヤを入力しておいて、それに合わせて自動的に進路を構成する機能を提供する。ちなみに在来線では、この手のシステムのことを自動進路制御装置(PRC : Programmed Route Control)と称する。COMTRACにしろPRCにしろ、指令所があって、そこに運行状況を表示するのは同じだが、進路構成の作業を自動化した点が大きな違いである。

総合的な運行管理システムへの発展

その後、こうしたシステムは総合的な運行管理・案内システムに発展する。東海道・山陽新幹線だけでなく、東北・上越・長野新幹線で使用している新幹線総合システム(COSMOS : Computerized Safety, Maintenance and Operation Systems of Shinkansen)や、九州新幹線で使用している九州新幹線指令システム(SIRIUS : Super Intelligent Resource and Innovated Utility for Shinkansen Management)、JR東日本が首都圏で使用している東京圏輸送管理システム(ATOS : Autonomous decentralized Transport Operation control System)など、さまざまなシステムが使われている。

運行状況の表示や進路の構成だけでなく、以下のように、列車の運転に関連する多様な機能を集約した点が最大の相違点である。

・ダイヤの乱れが発生した場合、指令員が対処するための支援機能を提供する。例えば、所定のダイヤに戻すための運転整理に際して勧告を提示する

・運転状況に合わせて適切に作動させる必要がある、駅の発車標や自動放送といった案内機能を連接して、正しい案内を、人手をかけずに実現する

・列車の運行状況を記録する

・車両ごとの運行状況を記録して、検修のためのデータを提供する

なお、案内機能については次回で取り上げる予定なので、ここでは割愛させていただく。

運行管理システムを支えるインフラ

こうした仕組みを実現するには、ダイヤを記憶しておくコンピュータだけでなく、運行状況を把握・表示する仕組みや、指令所と各駅を結ぶ通信網が必要である。

沿線火災が発生したときに列車の運転が止まるのは致し方ないが、線路や架線が無事でも「ケーブルが焼けたので運転できない」という事態が起きることがある。それは、運行管理システム、あるいは信号保安システムを構築するために必要な通信網が使えなければ、安全・確実な運転が成り立たないためである。

2012年1月に東京・北区で発生した沿線火災。線路脇に敷設したケーブルが火災で焼けると、線路や架線が無事でも列車は運転できない

また、運転整理に際して勧告を行うには、過去の経験・知見に基づいた最適解を導き出す必要があるので、ソフトウェア開発という見地からしてもチャレンジングである。つまり、運行管理システムは情報通信技術のひとつの精華といえるシステムなのである。

ただし、運行管理システムを導入している事業者、あるいは路線であっても、駅によっては自前で運転取扱の有資格者と信号扱所を維持しているケースがある。車両基地や貨物関連施設があり、ローカルに進路を構成する必要性が存在することがあるからだ。もちろん、好き勝手にやっているわけではなくて全体との整合性をとりながら、の話だが。

前回に取り上げた話とも関連するのだが、近年では運転士が持ち歩いていた紙の運行時刻表をICカード化して、それをスロットに差し込むと情報を運転台のディスプレイに表示する事例が多くなっている。最初にダイヤや運用の計画を決めたら、それをマスターにして運行管理システムと運転士用のICカードに反映させれば済むわけで、手作業で運行時刻表を作り直すよりも効率的、かつ間違いが少ない。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。