自動車や飛行機と比べると「ハイテク化・IT化」との縁が薄いとみなされていそうな鉄道界ではあるが、実際にはそういうことはない。表からは見えないところで、最新の情報通信関連技術が広範に活用されている。そのような事例のいくつかを取り上げながら、鉄道とITの関係を見てみようというのが、本連載の趣旨である。

最初は、最も目につきやすい "商品" である、鉄道車両に関する情報化の話から取り上げてみよう。

新幹線200系とモニター装置

現在は上越新幹線で少数が残存しているだけとなった200系新幹線電車だが、現在につながる鉄道車両の情報化という観点からすると、エポックメーキングな車両であることは、意外と気付かれていないかもしれない。実は、文字表示が可能な「モニター装置」が運転台に設置された最初の車両が、この200系なのである。

初めて文字表示式のモニター装置が設置された200系新幹線電車

200系の運転台には、速度計・圧力計・電流計などの運転関連計器とともに、文字表示が可能なプラズマディスプレイを設置している。そして、走行に使用するモーターを制御するための機器をはじめとする各種機器について、動作状況の表示や不具合が発生した際の停止、あるいは切り離しといった操作を運転台から行えるようになっている。

それまでこのような作業は、問題が発生した車両のところまで出向いて行うか、あるいは車両基地に入庫した後でなければ行えなかったのだが、運転台で状況の把握と対処が可能になった。これは画期的なことだったのだ。

200系より前にも、運転台で機器の動作状況を確認できるようにしていた車両はいくつかあったのだが、それはランプのオン/オフ表示程度の簡易的なものだった。その点、英数カタカナだけとはいえ、文字表示が可能になった200系はひとつのエポックだったといえる。

その後、このモニター装置は着実に進化するとともに機能を拡大して現在に至っている。リアルタイムの状況表示・対処だけでなく、動作状況を記録して後から読み出せるようにすることで、検修担当者の仕事も楽になった。不具合が発生した車両が入庫してきたら、不具合発生時の走行状況や機器の動作状況を読み出すことで、原因究明や対処の一助とするわけだ。画面は多様な表示が可能なブラウン管を経て、タッチスクリーン式の液晶ディスプレイが現在の主流となっている。

また、運転士だけでなく車掌に対しても、さまざまな機能を提供するようになった。例えば、車両ごとにドアの開閉状況を個別のドアごとに表示したり(片側4扉の10両編成なら40カ所もの扉があるのだから、個別に開閉状況が分かるというのは画期的である)、乗車率や車内の温度を表示したり、といった機能がある。

車両ごとの乗車率は意外とバラつきが生じるものだから、混雑率に合わせて最適な空調の温度設定を行えるというのは便利だ。ちなみに、乗車率を調べるのにいちいち人数を数えるのは非現実的だから、台車と車体の間にある空気バネの内圧を参考にしているものと推察される。

配線の増大に対する答えは制御伝送化

ところが、もともと存在するさまざまな機器に、さらにモニター装置が加わったことで、ひとつ問題が生じた。それが「配線」である。配線といっても線路の配線のことではなくて、いわゆる電線だ。

もともと、制御装置やブレーキ装置を制御するための配線、車内放送のための配線、空調機器や車内情報表示装置などの接客設備を制御するための配線……といった具合に、車両の中、あるいは編成を貫通する形で設置されている配線がたくさんある。

それらは車両と車両の間でケーブルを接続する必要があるため、連結・解放の際には手作業で接続・解放を行う必要がある(ちなみに、これを「コネクタ」ではなく「ジャンパ連結器」と呼ぶ)。この方法では、車両の向きが変わった際にジャンパ連結器の位置が合わなくて接続が不可能になる……なんていうこともあるので、ジャンパ連結器を左右両方に設置したり、車両の方向転換を制限したり、といった対処が必要になる。

手作業で複数のケーブルを接続・解放するのでは迅速な連結・解放ができないため、連結器と一緒に電気配線の接続・解放を行えるようにした、いわゆる電気連結器というものもあるが、それで完全に問題を解決できるわけではない。機能が増えたため配線を増設する必要があり、電気連結機のピン数が足りなくなることもあるからだ。結果として、電気連結器を二段積みにしている車両がいくつも出現している。

しかも、連結器の問題だけでなく、個々の車両の中でも問題はある。配線が増えれば重量が増えるし、製造・検修の際の手間も増えるからだ。

この問題を解決するのが、いわゆる「制御伝送化」である。機能別に専用の配線を別々に引き通す代わりに、編成全体を貫通する制御伝送線を引き通して、制御装置の指令もブレーキの指令も車内放送も車内情報表示装置も、そしてモニター装置のデータや指令の伝送も、すべて制御伝送線を介してやり取りしようというものだ。

いってみれば、個別の用途ごとに専用の回線を設置する代わりに汎用(はんよう)のデータバスを設けるようなもので、考え方としては、電話もLANもIPネットワークに統一して同じネットワークに載せてしまう、ユニファイド・ネットワークと似ていなくもない。

制御伝送化を導入して合理化・シンプル化を図ったE231系

ただし、鉄道車両は複数のハコを連結して走行するものだから、もしも事故などのトラブルが原因で連結が切れた際には、安全側に機能するように配慮しなければならない。また、すべての機能を制御伝送化するということは、それだけ重要性が高まるということだから、冗長性を持たせるために、ネットワークのトポロジーに配慮する必要もある。そのため、単に1本の回線を引き通すのではなく、ラダー型の配線を取っている事例がある。

制御伝送化のメリットは、単に配線のシンプル化や軽量化にとどまらない。新しい機能を追加する際に、そのための配線を増設しなくても、新しい機器を制御伝送系に接続すれば済むと考えられる。こうすることで、機器を追加する際の手間を最低限に抑えることができるし、機器の追加に伴う重量増も最低限にできる。

また、追加した機器と既存の機器を連接して相互にデータや指令をやり取りする必要が生じても、同じネットワークに載っているものだから、別々の配線を使用する場合よりも相対的に実現しやすくなると考えられる。

グラスコックピット化も進んでいる

飛行機の世界ではボーイング767あたりを皮切りとして、機械式計器の代わりにCRTディスプレイ、あるいは液晶ディスプレイを用いる、いわゆるグラスコックピットが一般的になった。その究極の姿が、計器盤いっぱいに大形のタッチスクリーン式液晶ディスプレイを設けたF-35ライトニングII戦闘機ということになるのだが、鉄道車両界でも近年、このグラスコックピット化が進んできている。

例えば、JR東日本のE233系を見てみると、運転台の計器盤には3面のタッチスクリーン式ディスプレイが設けられており、速度計・圧力計・電流計といった運転関連機器も、モニター装置も、車掌向けの情報表示・設定機能も、みんなこれらのディスプレイで扱うようになっている。

機械式計器と違い、「何を表示してどのような機能を提供するのか」はソフトウェアの設定次第だから、同じディスプレイでさまざまな機能を兼ねることができるし、それぞれの用途や状況に合わせて必要な情報だけを表示することもできる。だから、同じディスプレイが先頭車(つまり運転士用)と最後尾車(つまり車掌用)とで異なる機能を受け持つぐらいは朝飯前だ。もちろん、新しい機能を追加する際の作業も、機械式計器より容易である。

実車に乗車する機会があったら、窓越しに観察してみると面白いかもしれない。実際、ある航空専門誌の編集長氏と一緒にE233系に乗車した際に、「この電車ってグラスコックピットなんですよ」といって、先頭車まで連れていって見せたところ、大いに関心を持ってくれた経験がある。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。