日本のものづくりは、世界から見て何が異なっているのか。どのような存在なのか。それはすべて欧米型に変えるべきものなのか。世界的な経営コンサルタントとして、長年、製造業の経営と現場を見てきた早稲田大学ビジネススクール教授でローランド・ベルガー日本法人会長の遠藤功氏と、ネット経由でのITを駆使した短納期製造サービスを行うプロトラブズ代表のトーマス・パン氏とが、日本のものづくりの本質と可能性を話しあった。

日本のものづくりの特徴とは何か

早稲田大学ビジネススクール教授
ローランド・ベルガー日本法人会長
遠藤 功氏

トーマス・パン氏(以下 パン氏): まず、世界から見た日本のものづくりについて、お聞きしたいと思います。

遠藤功氏(以下 遠藤氏): 日本的なものづくりと欧米的なものづくりは、そもそもの思想が異なります。日本は帰納法的なアプローチで、下から積みあげていく事をベースとしています。ですから、現場がとても大事ですし、自分の手を動かしながら一つずつ積みあげていく。それによって、ものづくりの強みを作ってきた歴史があります。

一方、欧米のものづくりは演繹的なアプローチです。コンセプト重視で、非常にシステム的。上から落ちてくる感じですね。ものづくりの発想や生い立ちが、全然違うというわけです。


パン氏: 生い立ちといえば、私は日本に来て10年以上になりますが、小さな会社の買収をほとんど見かけません。これはアメリカから見ると不思議なことです。クラウドファンディングのキックスターターを使って起業しようとしている一部の起業家などは、一定の成功を収めて、大企業などにビジネスを買収してもらうことを目的にしているぐらいです。

遠藤氏: 日本の場合は、長く存在し続けることが目的なのです。100年200年生き残る会社がリスペクトされる文化がありますから、経営者の判断もそういう傾向になります。ですから、外から異質な人材が来るとか、システム発想ができる会社を買収してそこに任せるというような大胆なことをしなければ、日本の会社が大きく変わることはありません。

「ここまでやるか」から生まれてきたイノベーション

パン氏: 「日本でしかできないものづくり」という言葉をよく聞きます。ですが、海外の会社が海外で日本人を雇えば、それはできるのでしょうか? それとも、日本国内でやらないとできない特別な環境が日本にはあるのでしょうか。

遠藤氏: 日本のものづくり企業がこだわっているレベルを海外でやろうと思うと、それはとても難しいと思います。目先の経済合理性を犠牲にしてでも、宗教と言ってもいいほど品質にこだわっていますから。日本の環境はある意味特殊であり、異常なのです。

とはいえ、だからこそ新しいものが生まれていることも事実です。日本的なイノベーションというのは、短期的な見方ではなく、中長期的に深さを追求することによって生まれてきました。たとえば炭素繊維は、「これがものになるのか?」と言われても、20年30年止めずに続けてきました。そして結果として、航空機を皮切りに大きな需要が生まれました。



パン氏: すごく面白いですね。アメリカでは政府が出す短期的に見返りの期待できない基礎研究予算の分を、日本は民間企業が長期視野の下でやっているということですね。

遠藤氏: おっしゃる通りです。アメリカの場合は、軍事的な面も含めて、深さを追求していくことを国家の予算でやっているわけですが、日本の場合は民間企業がそれをやっています。短期的な経済合理性はないかもしれないけれど、中長期的に見ればペイするという体験を彼らは持っているんです。そして、それを失ってしまったら自分たちで無くなるというくらい強烈なDNAを持っている。そこは捨てることはできません。

今後、中国・インド・ブラジルなどから、日本企業よりはるかにスケールが大きく、短期的合理性を追求していく会社がどんどん出てくるでしょう。そうした巨大なメーカーに対抗するためには、日本企業は「体格」ではなく、「体質」で戦うしかありません。他の会社では作れないような深さにこだわり、追求していくことが、日本企業がサステナブルであるための道なのです。

ものづくりの現場にIT導入が遅れた理由

パン氏: 日本とドイツの製造業はよく比較されますが、将来性を考えた場合、どちらが優位な構造を持っているのでしょうか?

遠藤氏: ドイツ企業は強くてしたたかだと思います。ものづくりの深さにこだわるBMWのような会社がありながら、一方で、シーメンスのようにシステム発想の会社もある。帰納的なアプローチと演繹的なアプローチが両方できるわけです。

もともとシーメンスはものづくりの会社でしたが、現在はシステムプロバイダーです。例えば、血液分析装置という医療分野における根幹的な装置すら、もはや自分たちでは製造せず、日本企業からOEMで調達しています。彼らは、メディカルシステムを売ることが目的であり、個々の機器は良いところから調達すればよいと割り切って考えているのです。

プロトラブズ合同会社社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン氏

パン氏: 日本もそうしたドイツの仕組みを移植できるんでしょうか。 

遠藤氏: すべての日本人がシステム発想が不得意かというと、そうではありません。ものづくりの会社は不得意ですが、実はサービス企業はやっているんですよ。たとえばセコムがそうです。彼らは極めて演繹的なアプローチで、コンセプトからビジネスを設計しています。能美防災というものづくりの会社を買収して、自分たちのシステムの中に組み込みました。このように、サービス業と製造業とがうまくタイアップした方が、うまくやれるのかもしれませんね。

「鳥の眼」と「虫の眼」を使いこなす経営を

遠藤氏: もっと大胆にシステム発想ができるような製造業が、日本から生まれてこなければいけないと私は思っています。ただ、日本人の発想自体が、根本的に帰納法なんでしょうね。農耕民族で土着型、大胆に改革するというよりは改善志向。積みあげていくことが得意だし、好きなんです。

パン氏: アメリカで私が管理していた開発グループのメンバーは、みんな発想力は豊かでしたが、独自性が強く猫のようにバラバラの方向へ歩いてしまいがちでした。一方、日本では、部署間がさえぎられてさえなければみんなで歩み寄って、互いに確認しながら改善していく。これはなかなか他の国々ではありえない独特な文化と感じます。

遠藤氏: コモディティと呼ばれる製品を大量につくる時にはそうした文化はマイナスですが、深みを追及する時にはとても大事ですので、残さなければなりません。

また、現場に根ざした「虫の眼」だけでなく、色んなビジネスチャンスを演繹的に大きく広く捉える「鳥の眼」を持てば、実はもっと活かせる分野があるように思えます。

パン氏: それは、多角的にというところでしょうか。

遠藤氏 ええ。視野を広くして、もっと大胆に、ダイナミックにやるということです。私の知っている日本人経営者の多くは、「虫の眼」という現場感や現実感をとても大切にしていて、みんなから信頼されて、すごく良い経営をする。でも、異分野については関心がないのか、狭いところに閉じこもりがちです。もっと視野を広げてみたら? と思います。

とはいえ、「鳥の眼」だけだと、現実離れしてしまい、組織がついてこない。海外にはそういう人がたくさんいますよね。 

パン氏: たしかにたくさんいます。「鳥の眼」しか持っていない人が経営者になると、下はてんてこまいしていました(苦笑)

遠藤氏: 「鳥の眼」と「虫の眼」を使いこなせるかどうかが、とても大事なんです。

パン氏: 非常に参考になるお話でした。日本のものづくりのどういうところを変えるのか、変わらないところはどう強みとするか、「鳥の眼」と「虫の眼」という表現で日本のものづくりを見事に描写されたと思いました。

遠藤氏: 経営コンサルタントとして25年間見てきて、変わらないな、という思いがありますので(笑) ただ、変えるというと、いままでやってきたものを否定するように聞こえるかもしれません。
ですから、「変える」のではなく「加える」のです。日本が良いとか欧米が良いとか、そういう対立ではなく、あちらの発想の良さである「鳥の眼」を「加える」という発想で受け止めれば、日本の強みもさらに活きると思います。