これまで3回にわたって、「適職」とは自家発電できる場所であり、データやテクノロジーを生かしながら自身の感性や直感が付加され叡智を集結できるとお伝えしてきました。今回は「感性」そして「直感」とは一体何なのかを、ひも解いてみましょう。
あのアップルやスターウォーズも「感性」でできている
下記は2005年6月に開かれたスタンフォード大学卒業式における、米Apple創業者スティーブ・ジョブズのスピーチの引用です。
「何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つことです。あなた方の心や直感は、自分が本当は何をしたいのかもう知っているはず。他のことは二の次で構わないのです」
彼は自身の生い立ちや経済的な理由から大学を中退しました。しかし中退後の大学に潜り込み、文字の美しさに引かれてカリグラフ(西洋の美しい文字についての学問)の授業で学んだことが、後のMacintoshコンピュータのフォントの種類の豊富さや美しさの評価につながっています。こうしたエピソードから、他人の考えに従わないこと、他人の考えで頭がいっぱいになって自身の内なる声(直感)が聞こえなくならぬように、とスピーチしています。
また、多くのファンがいるジョージ・ルーカス監督の映画『スターウォーズ』シリーズには、「フォース」が登場します。これも感性を指していると言えます。高度な武器を持っているからこそ、窮地のときは、最後は自身の直感に集中せよというシーンが出てきます。
加えて、筆者が好きな言葉で、外資系投資銀行のトレーダーだった友人の言葉があります。友人に、大きなリスクを背負いながら相場で売買するタイミングを決める時にどのような意思決定をするのか尋ねたところ「分析を重ねて、最後は芸術の域」なのだと教えてくれました。全てはデータと分析なはずですが、結局のところ最後は自身の膨大な分析に裏付けされて沸き起こる直感で決めるというのです。
生きる上で必要な感性や直感
人間は動物です。言葉も文字も発達していない頃から、集団で生活してきました。赤ちゃんが言葉を理解していなくとも空気や状況を察知するように、私たちには感性や直感が備わっていると感じます。
この「直感」という言葉を聞いたときに、あまり良くない印象を覚える方がいらっしゃるかもしれません。おそらく近年の日本の教育の中で、直感に沿って生きる人は身勝手で良くないと教えられたり、規律やルールに基づいて秩序的に生きるべきだと教えられたりして、直観は秩序と対極的な存在のように捉えてきたのではないでしょうか。
社会では人間同士が集団生活の中で支え合って生きているので、秩序はとても大切です。筆者も歴史や前例から学び、制度やルールを策定し守ることで多くの人が平等で満足に過ごせる社会が作られていると考えています。ゆえに、決してその教育が間違っているとは思いません。むしろとても大切です。
一方で、人間が持ち合わせている感性や直感も同じぐらい大切で、ルールや秩序や論理と同等のバランスでハイブリットに両輪を使う必要があるとも考えています。
どちらか片方ではなく両輪を持つ大切さ
ここからは、データ分析や秩序と、感性や直感、その両方を使うことの大切さについてご紹介します
・論理性と感性
人間の大脳は左脳(左大脳半球)と右脳(右大脳半球)に分かれており、脳梁がこれらの半球をつなげて情報のやり取りを可能にしています。
完全に解明されたわけではありませんが、一般的に左脳は論理性、右脳は感性の役割を持つと言われています。右利きの人は左脳に言語野があり優位で、左利きの人は右脳に言語野があり優位であるとも言われます。
ここに、健在意識と潜在意識の話もプラスしてみましょう。顕在意識とはルールや順序、理性、言語や数字、過去を捉えることです。潜在意識とは、イメージや感性、ひらめき、未来を捉えることです。人間は相反する能力を含めさまざまな能力を融合して最大限に能力を発揮します。
左脳と右脳を橋渡しする「脳梁」という部分ですが、アインシュタインの脳を解剖すると、一般的な男性の脳に比べて非常に太いそうです。だからこそ、抽象度が高い潜在意識から豊かなアイデアを生み出し、アウトプットできたのだと、筆者は考えます。
余談ですが、「奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき」(ジル・ボルト テイラー著,『Jill Bolte Taylor』(原名), 竹内薫 翻訳)では、幸せを感じるのは右脳であると述べられています。同書には脳科学者である著者の左脳で脳卒中が起きたときの様子が詳しく書かれてあります。左脳で脳卒中が起きると相対的に右脳が優位に働くことになるのですが、その際、最初に感じることは「幸福感」だそうです。
左脳が壊れながらも幸せを感じるなんて、少し怖いぐらいですね。逆説的に、もし左脳優位になることで幸福感が減るとしたら…?現代人のメンタルを回復するヒントは、もしかしたら右脳を活性化させることにあるのかもしれません。
・具体と抽象
文系や理系にとらわれず複数の学問を横断的に学ぶ「リベラルアーツ」では、具体と抽象の思考を用いて、明確な答えがない美術や人文学、哲学など抽象度の高い分野を学びます。具体と抽象の思考の行き来をすることで相違点や共通点を見出しながら、時代や領域を超えて共通する普遍的な価値や物事の道理、真理を追求します。具体は現実的で具象的な事項が多いですが、抽象は想像力が必要な非具象的な事項が多く、その思考の往来は脳のさまざまな役割を活用して情報を統合していると言えます。
筆者は仕事柄、面談をする機会が多いです。その中で優秀だと思う人は、具体と抽象の行き来がうまいと感じます。具体例を切り口に抽象的な概念や価値観に触れ、違う領域へと具体例を転用した話題が引き出される。つまり思考の広がりが豊かなのです。
具体と抽象のタテ・ヨコ・奥行きが非常に深く、知的生産性の高い人であり、一を聞いて十を知るような人です。ビジネスシーンで頻出するIQ(Intelligence Quotient:知能指数)やEQ(Emotional Intelligence Quotient:心の知能指数)というワードも知的生産性と同意義だと考えられ、どちらも高い値でバランスが取れている人に優秀さを感じるのは、ある意味で当然だと言えます。
従来の日本の教育では、感性を磨くことよりも、過去事例や過去問を徹底的にマスターし試験問題で高得点を獲得することが優秀とされてきました。しかし、本当に必要なのはバランスの取れた論理性と感性、そして具体と抽象を行き来する思考だと考えます。
飛行機は右翼と左翼がバランスを取ることで真っ直ぐ飛べるように、転職などの決断すべき事柄も、論理性と感性の両輪をバランス良く利用することで自身にとって最良の選択に近づけると考えられます。
筆者が日々たくさん優秀な方にお会いしていると、次第に共通項があることに気付きます。そうした方々は偏差値が重視される教育の中でも高得点を取得できますが、それだけではなく、感性も非常に豊かで抽象的概念も広く深く捉えられるのです。そしてそれら両輪が回るために知識量が豊富で思考やアイデアが豊かなのです。
次回は、そんな感性・抽象を鍛える方法について伝えします。