前回は、転職における大事なポイントとして、学歴や経歴だけでなく非認知を認知するような属人的能力の必要性についてお伝えしました。本稿では、求職者側にも必要な属人的能力について説明します。
テクノロジーによって生まれた余力の使い道
「テクノロジーの進化に甘んじている」。自戒の念を込めて、このように感じるシーンが多くなっています。原始時代と比較するつもりはありませんが、近年のテクノロジーの進化により得られた効率の高さや利便性によって余力が生まれました。その余力をみなさんは何に使っていますか。
今となれば当たり前のことですが、切符も買わずにワンタッチで交通機関に乗車することや、タブレットで地図を自由自在に見ることは、以前はまるで夢の世界でした。ほんの15年ほど前までは、営業に出る際には地図をわざわざプリントアウトしていました。しかも駅からの拡大地図と、近くまで到着した時に番地まで分かる縮小地図の複数パターンを用意するなど、営業のスタートラインに立つまでにも時間が掛かったものです。
直近では、若い世代でもCahtGPTなどの生成AIによる書類作成の効率化やオンライン会議など、テクノロジーの進化の恩恵を強烈に体感しているのではないでしょうか。
話は戻り、みなさんはこのテクノロジーの進化によって生まれたはずの余力をどのように使っているでしょうか。仕事や学業に精を出して成果を伸ばしたり、意識的に休息などに使ったりしている方もいるでしょう。人材に関わる者として、筆者からは「ご自身の感性を高める / 気づく」ために使っていただくことを提案したいと思います。
なぜ「感性」なのか、いくつか例をあげてご紹介をしていきたいと思います。
叡智の結集=テクノロジー×感性
技術革新の裏で、私たち人間が元来持っていた感性という素晴らしい能力の活用を忘れているのでは、と思うシーンに最近よく出くわします。
私たちにとって最も身近な例を一つ挙げてみましょう。みなさんがスーパーで食品を買うときに、賞味期限(または消費期限)を軸にして食べるタイミングを考えますよね。
※参考:消費期限は「安全に食べられる期限」、賞味期限は「おいしく食べられる期限」
賞味期限(または消費期限)は、1日で腐食する可能性があるのか、または1カ月先なのか1年先なのか、自分で考えなくても一目瞭然で見当がつくようにできており、食品メーカーの品質管理部門が菌の発生などのテストを幾度も行い決めています。まさにテクノロジーの結晶と呼べるでしょう。ありがたいことです。
そうしたテクノロジーができる前はどうしていたでしょう。臭いや見た目、触感などで腐食の判別をしていました。
テクノロジーに頼るあまり、賞味期限が1日でも過ぎると不安になり捨ててしまいませんか。例えば賞味期限が10月1日までだとしたら、10月1日23時59分まで腐らなくて、10月2日0時00分になった途端に腐るということはないはずなのに……。
対して、賞味/消費期限(=テクノロジー)を指標にしつつも、匂いや触感、見た目などの感覚(=感性)を合わせることで、廃棄せずに済む可能性が少しは生まれないでしょうか。これは決して賞味期限 / 消費期限を超えてでも廃棄せずに食せという意味ではなく「身近な例え」であることをご理解ください。筆者はあくまでも「テクノロジーに人間の感性が加わることこそが、叡智の結集と言えるのではないか」という問いかけをしたいのです。
参考までに、日本の食品廃棄量は523万トン(農林水産省)で、その量はなんと世界の飢餓に苦しむ方に必要な食品量の1.2倍の量に当たります。
もしかすると、既存の仕組みに1人1人の感性が加わることで食品ロスが減るかもしれない。オーバーに聞こえるかもしれませんが、私たちは常にAIや前例から推察できるデータからの分析だけでは取りこぼしが発生することを念頭におかねばなりません。データ判断に人類が元来持っている感覚を付加することが確かな精度を生み、その力こそが人間が生み出せる価値の最大値なのです。
腐ったものを食べてしまうと体調を壊します。医療技術の進歩もままならない時代に「感性」ばかりを優先していたら、非科学的で能天気、現実を見ない人だと思われていたことでしょう。でも今は技術革新のおかげで安心な世界が創造されているからこそ、人類の感性の価値にも力を注ぐことができます。
デジタル化など、テクノロジーの進化により生まれた余力を何に使えば良いのかを考えたとき、人事の現場から感じることは「感性」。人間力や知性などという言葉で表現されることもあるかもしれませんが、こうしたことを高めることに使うと良いと思うのです。
ではここで、もうすこし人材寄りの話に照合してみましょう。
自家発電できる場所=適職
筆者が常に目指す最高の適職とは「自家発電できる場所」です。太陽光パネルなどのように、その場所にいるだけで自らエネルギー生産ができてしまうような職場との出会いです。
他の人なら嫌がるようなことでも、自分にとっては大した苦でないことや、関わっているだけで細胞からエネルギーが沸くようなことが、誰しも案外1つぐらいあるのではないでしょうか。そんな場所に就くことで、前向きに取り組めたりパフォーマンスが高くなったり、精神的にも安定しマネジメント負荷もかからないといったことが起こります。マネジメント負荷が減れば組織としての負荷も下がります。
「少人数で最大のパフォーマンスをあげていく」。これは、今後労働人口が減少していく日本における課題解決に向けた一つの解だと筆者は考えています。
例えば、筆者の仕事を例にしてみましょう。よく「たくさんの人と話して毎日疲れないか?」とか、「人材選考は計画通りに進まないもの。無力さを感じないか?」「人の活躍に100点の正解はなくゴールが見えないもの。なのによく頑張れるね」と、心配の声をいただきます。
でもなぜか筆者はどのようなタイプの方とお話するときも、細胞からワクワクする感覚があるのです。もちろんときどき困難もやってきますが「乗り越えてみよう!」と奮闘できます。もちろん、過去に経験した全ての仕事がそうだったわけではありません。
例えば、筆者が会計士の仕事が「高給でステイタスが高い」と考えて死に物狂いでチャレンジしたとしましょう。たとえ努力が実り会計士になれたとしても、元来数字や細かいことに強くない筆者はおそらく仕事の質も低いでしょうし、他人の倍努力したところでその不出来に苦しむと思います。組織全体でみれば、マネジメントコストもかかって大変ですよね。
採用・転職に関わっていると、どうしても有名企業名、年収の高さ、資格やステイタスなど一般的に素敵だと言われる仕事に就こうとするケースが散見されます。しかし、実は他人がどう思おうと、自ら自家発電できるような仕事に就く方が、自分も周囲も結果的に社会にも好循環が生まれるという例は多いのです。
コーチングやキャリアカウンセリングを自ら行ったり失敗を含めた経験を重ねたりして、唯一無二の自分に気づき、困難さえもエネルギー生産に変えてしまうような持ち場、つまり「自家発電」できる仕事に出会っていただきたいと筆者は考えています。そして、その自家発電できる場所がどこなのかを知るために最も必要なものこそ、「感性」だと思うのです。
テクノロジーの進化によってスキルや経験を高めやすくなり、データに基づいた転職へのキャリアパスに簡単に出会えるようになりました。ですが、それだけで終わらせずに、ご本人の感性が加わることで「自家発電」できる仕事に出会えるのです。
学歴や経験にかかわらず、感性をどこかに置き忘れてきたような人が一定数います。今こそ、テクノロジーの進化で生まれた余力を、個々の感性を高めることに使っていただきたい、そのように思うのです。