前回は、筆者のバックグラウンドや、属人性の価値向上を感じた社会背景、テクノロジーの進化やAIの台頭のおかげで生まれた豊かさと起こりうる取りこぼし、まさかの人材が活躍する意外な転職マッチングについてお伝えしました。今回は、転職マッチング時の「質」について考えてみます。

マッチングの質を高めるポイント

長らく終身雇用文化だった日本でも、潮目の変化が生まれています。現在では東大生でも、大企業に就職せずにスタートアップに新卒入社したり、どこにも就職せずに起業したりする人が増えてきました。かつては新卒至上主義とまで言われていた大手総合商社でも中途採用が始まり、アルムナイ(退職者)を再雇用する大企業も生まれています。数年前にでは考えられない驚くべき変化です。

過去、高度成長期や氷河期には、ポジション数に対して人材は余るほどいました。人が多すぎたので、教育現場では今以上に画一的な教育がなされていましたし、職場でも、誰かが辞めても代わりの人がはいくらでもいるので、パワハラやブラックな環境でも食らいついて働かざるを得ないような、仕事を選べない時代でした。

現在はどうでしょうか。誰かが辞めると次の採用がなかなかできず、数カ月間ポジションが空いたまま、社員の誰かが兼務することで補填しています。待遇を向上し、労働環境を良くし、多様性を受容しても働き手が足りないのが実情です。

一つ一つの出会いの質を高めて、個が活躍し早期離職を生まないことが採用工程における企業側の労力削減になります。また、求職者の人生においても幸せを生む本質的なポイントとなります。

ここでいう質とは、学歴や経歴、年収を指しません。この質とは、企業と求職者のマッチングをするにあたり、仕事のスピード感や目指す未来、転職先で叶えたい生活など「価値観」でも「ささやかな願い」でもなんでも構いません。その人と企業が持つ要素を丁寧に重ねて紡ぎ合わせていくような作業で生まれます。

筆者が過去に関わったケースを2例紹介します。

例1:スポーツを通して気づいた「もしかして理系?」

学生時代に最も打ち込んだことはフィギュアスケートという文系大学生。文系大学生が一般的に想定する営業やマーケティングや企画職を検討していたが、本人に違和感があったことから相談を受けた。

面談の中でフィギュアスケートの面白さについて聞いてみると、表現や芸術面よりも、技術を高めることや、試合時の配点を理解し技の得意不得意や当日のミスなどから速やかに演技プランを再構築していかに高い得点を生むかという、ロジカルな戦術策定と実行が楽しかったとのこと。

その思考から考えて、「実は理系では?」と尋ねると、「実は高校生まで理系クラスだったが大学でもフィギュアスケートに専念したいと考え、比較的時間に余裕を生むことができる文系学部を選択した」という新しい情報が得られた。そこで、本人が検討したこともなかったMicrosoftやNTTデータなどのIT企業を紹介し、文系学生でも新卒でSlerなどにチャレンジしてみることを提案した。

例2:求職者と経営者の価値観や思考を照合する

体育会系のパワフルな営業で4社を経験したという社員。成果は出るが、組織の課題発生時などの局面で本人と上司の意見が合わないといった課題が発生し、結果的に転職回数が多くなっていた。しかし話をすると、非常に穏やかで冷静でロジカル。本が好きで、学生時代から社会への貢献意欲が強くボランティアを重ねているなど、行動力以上に思慮深く利他的な人物であることが分かった。

何も考えずに転職を重ねたとは到底思えなかった。そこで、本人の価値観に合うサスティナブル業界で、かつ求職者と同じ大学(某旧帝大)出身の経営者の会社を紹介。今では営業部長として転職し大活躍中。

非認知を認知せよ!人間だから引き出せる要素

ここまで紹介してきたように、転職マッチング時の質とは、言語化しにくく非認知的な要素を指します。一人一人には語り尽くせない人生があり、ほんの数分で分かるわけがありません。同じ経験をしても、感じることも行き着く価値観も違います。最近はAIのようなテクノロジーの発展により、データ分析や予測技術によって効率的に求職者を立体化できるようになってきましたが、それでも過去のデータではすくいきれないほど、人の人生は十人十色なのです。限られた面談時間の中では、対話の切り口が違うだけでも人物像は随分と変わります。

私たちはテクノロジーに感謝しながらも、その人の見えない部分に目を凝らし、年収やスキルだけではなく、心の機微のような部分でも働きやすく活躍しやすい企業とのマッチングを図らなければなりません。人生100年時代、働く期間が長くなり、転職が当たり前となる中で、子育てや介護を優先すべきライフステージの変化、学び・チャレンジなど、仕事に求めるものも多様化しています。

就職や転職においても、一人一人が唯一無二であると考え、それを丁寧に知り活躍の場に導くことが、労働人口減の今こそ必要です。転職における質には、人が介在することでしか実現できないことがまだまだ多く存在するのです。

テクノロジーに甘んじていないか

転職活動、採用活動、婚活も、今ではその多くがテクノロジーによって支えられています。昔ならたった一人の人に出会うだけでも精一杯でした。それが今や速やかに自分にとって相性の良さそうな相手に出会える時代となり、遠隔地に居住する人や、学校や会社が異なる人、共通の友達さえもいないような遠い属性の人とも出会えるようになりました。

出会うだけで労力がかかっていた昔に比べると、現在は容易にそこまで到達することができます。つまりは余力が生まれています。これこそが、テクノロジーが生んでくれた豊かさです。それに甘んじることなく、今まで使っていた労力を「質を高めること」に、転職活動でいうと非認知面に目を凝らす「属人的な能力」を高めることに使えるはずなのです。

次回は、「テクノロジーによって生まれた余力を属人的能力を高めるために使う」ことをオススメする理由をお伝えします。