「“東京都”を本拠地とするJリーグのサッカーチームは?」と聞かれると、サッカーファンなら迷わずFC東京、東京ヴェルディなどを挙げるだろう。いずれも都内の特定の地域ではなく、都全体を本拠地としているのが特徴だ。
東京都には23の特別区があるが、23区を本拠地とするJリーグチームは、Jリーグ発足30年が経つ今も誕生していない。しかし、そこに最も近い存在と言えるのが、新宿区を本拠地としたJFL所属のサッカークラブ「クリアソン新宿」(2005年設立)である。
クリアソン新宿は2023年9月、J3クラブライセンスを交付されたが、同年11月の試合結果をもって惜しくもJ3昇格の機会を逃している。J3昇格を目指して活動を続ける中、6月7日開催のJFL第11節 クリアソン新宿 対 FCティアモ枚方(国立競技場)において、JFLの歴代最多となる入場者数1万6,480人を記録する快挙を成し遂げた。
2024年からJリーグ昇格要件の1つに年間3万人の動員が必須となったことから、国立という観客動員につながりやすい会場での開催は勝負のかかった一戦でもあり、いつも以上に戦略的な集客を行ってきたという。そう話すのはクリアソン新宿を運営するCriacao(以下、クリアソン)でブランディングと広報を統括する井筒陸也さんだ。
スポーツの価値を通じて、真の豊かさを創造し続ける存在であることを経営理念として、2013年に創業し、クラブ事業以外にキャリア支援、イベント事業を展開するクリアソン。そんな同社を知ったきっかけは、井筒さんの書籍『敗北のスポーツ学 セカンドキャリアに苦悩するアスリートの構造的問題と解決策』(2022年刊、footballista)を偶然読んだことだった。
新宿という特色ある地域を拠点として、多くのパートナー企業や個人を巻き込んでいること、3つの異なる事業が溶け合うようにしてビジネスモデルができていることなどから、既存のクラブチームのフロントとは異なる独自性に惹かれて取材に至った。井筒さんにクリアソンおよおよびクリアソン新宿の現在地や目指していくゴールについて聞いた。
選手 兼 営業が半数を占めるサッカークラブ
創業当時はキャリア支援が事業の柱だったクリアソン。大学の体育会系部活の幹部人材として活躍した学生と企業とのマッチングから、学生に対する就職支援、企業に対する採用支援などを行うビジネスモデルである。
クリアソン代表取締役社長CEOの丸山和大さんが立教大学在学中、サッカーサークル日本一を達成した実績もあり、強豪サッカーサークルやサッカー部、体育会系部活やサークルとの結びつきを作り、最初は人脈から学生とのつながりを構築していった。
その過程で競技を問わず、部活の幹部候補人材を集めて合宿や勉強会を行うような大学の体育会本部とも縁が生まれる。クリアソンは大会本部が主催する会に講師として出向いてリレーションを築き、良い人材と巡り合っていったのだった。
そうして、つながった学生がクリアソンのメンバーとしてジョインすることもあった。現在、クリアソン新宿でキャプテンを務める須藤岳晟さんもその1人ひとりで、大学時代から丸山さんとつながりがあった。
2018年にJリーガーを引退し、2019年にクリアソン入社と同時にクリアソン新宿所属選手となった井筒さん自身(関西学院大学から2016年に徳島ヴォルティスに加入。現役引退は2021年)も、大学時代から丸山さんと縁があり、入社に至っている。
井筒さんが入社した2019年には社員数は10人程度だったが、そうしてリファラルに近い形でジョインした社員を含め、現在は50人ほどの組織規模になっている。このうちクリアソン新宿所属選手は半数近くを占める。
現在はクラブ事業の売上構成比率が徐々に拡大している状態だが、クラブ事業とキャリア支援、イベント事業が溶け合うような形で事業を伸ばしている。詳しくは後述するが、選手が選手としての活動だけでなく「営業メンバー」としての顔も持ち、事業にもコミットしていることが好調の要因であるようだ。
スポンサーの枠を超えた「パートナー」
選手の話題を出した流れで、ここからはクリアソン新宿に焦点を当てていきたい。一般的にサッカークラブには、さまざまな支援を行う企業がついている。多くの人は「スポンサー」という言葉に馴染みがあるだろう。スタジアムや印刷物などに掲載されたスポンサー企業の広告が思い浮かぶのではないだろうか。
しかし、クリアソン新宿の支援を行う企業群は、スポンサーではなく同チームWebサイトにある「パートナー」と呼ぶ方が相応しい。数年前は100社程度だったが、J3昇格可能性が話題になったり、メディア露出が増えたりした影響で、今では200社以上(2024年67月時点)の企業がクラブの理念や行動指針に共感し、目指す社会を共創するために、パートナーとしてジョインしているのだ。
クリアソン新宿のビジョンに共感し、多様な活動を総合的に協業する「ビジョンパートナー」を入口として、競技力向上に寄与する「競技パートナー」、新宿というホームでスポーツを基点とした施策を行う「地域パートナー」、事業推進に関わる施策を行う「事業パートナー」の3つがあり、1社が競技パートナー+地域パートナーなど複数の領域にまたがる協業をしているケースも少なくない。
サイトを見ると名だたる大企業からスタートアップ企業まで、新宿を拠点とする企業を中心とした多様な企業が並んでいる。最近では大日本印刷やSOMPOホールディングス、ロッテなど新宿に本社を置く大手有名企業も続々と加わっている。
パートナーの多くは広告出稿よりも、互いに「ホーム」とする新宿で、サッカーを通じた地域への貢献・発展に寄与したいという強い思いがある。
スポーツの価値を活用し、地域に貢献する
パートナーと実施した具体的な取り組みについても紹介しておきたい。1つ目は2021年にパートナーとなった監査法人KPMG ジャパン(以下、KPMG)と2022年度から開始した「社会的価値定量化プロジェクト」である。
クリアソンとKPMGでは2021年度から、クリアソンが地域の人々ととも共に、新宿にどのような価値を創出し、地域をより良くしているのかを見える化する「社会的価値可視化プロジェクト」を始めていた。
そのゴールが、ビジュアルに落とし込まれたものが「クリアソンのビジネスモデル」と「クリアソンの価値創造ストーリー」である。
こうして可視化できたクリアソンの社会的価値に対し、測定できる定量的な指標を導入したのが、先の定量化プロジェクトである。クラブ経営や事業・地域活動をより効果的に行い、地域の人々にも共感をより深めてもらうことを目的としている。
新宿という地域が中長期的に掲げる社会的な目標に対し、クリアソンの行う取り組みが貢献できているかどうかを重ねて見るのである。例えば「クリアソン新宿が関わる子ども向けのスポーツ施策において、子どもたちの運動能力が向上した」といったデータを中長期的に取得し、良い変化をもたらしているかを数値で分析するといったものだ。
2つ目は2023年10月、パートナーである東急歌舞伎町タワーとのコラボイベントとして開催した「歌舞伎町 FOOTBALL LIVE Powered by CRIACAO SHINJUKU」である。タワー前の広場を使いストリートサッカーをテーマとした複数の企画を展開したところ、学生から外国籍の人まで多様な人々が集まり、大盛況のうちに終了した。
「スポーツには人と人とをつなげる力があり、個々の心を豊かにし、取り巻く環境をも豊かにしていくものだと考えています。そんなスポーツの力を活用して、さまざまな社会課題を内包するエリアでもある歌舞伎町で、これまでにないタイプのイベントを実施しました。『とても楽しく、豊かな場になったね』といったうれしい声をいただいています。このイベントを皮切りに、スポーツが生み出す価値をより良い街づくりに一層還元していきたいです」(井筒さん、以下同)
フラットな姿勢で、関係性を育んでいく
これらはパートナーとの取り組みのほんの一例であり、ほかにも多様なコラボレーションが行われている。なお、パートナーが1年で2倍に増えた主な要因を井筒さんは2つ挙げる。1つ目はクリアソン新宿が23区を拠点としていること、かつ多様性の象徴ともいえる新宿という街をホームタウンにしていること。2つ目は所属選手が事業でも役割を担っていることが挙げられることである。
新宿には35万人が住み、うち外国籍の人は4万5000人と約13%を占める。新宿駅の1日の平均電車乗降客数は2022年には約270万人にも達し、駅利用者数が世界最多であるとしてギネス認定されたほどで、訪日外国人数も新宿が日本一を誇る。多くの企業に都庁、各種大学・学校、国民公園など、ビジネスや観光、文化、政治をはじめ、あらゆるものが新宿に集まっている。
クリアソンは新宿のその特性に共感し、公式サイトでも「サッカーというスポーツの特性である、他者の違いを認め、お互いをリスペクトしあい、自らの強みを組織の力に変え、仲間と支え合う。これは、まさに新宿が掲げている『新宿力』を体現するものであり、われわれがサッカーの力で、世界に伝えていきたい価値に他なりません」と言及している。練習後、所属選手は選手から営業へとスイッチを切り替えて、営業先へ向かう。
「クリアソン新宿の所属選手たちは、サッカー選手としてだけでなく、ビジネスにも挑戦したい想いを持つメンバーが多いです。自身のリソースをサッカーとビジネスに割り当てて、ビジネスの面ではパートナーや地域の方たちとのコミュニケーションに力を入れています。そのおかげでパートナーや地域の方たちが観戦してくれるきっかけになったり、クリアソン新宿をより好きになって周囲に広めてくれたり、パートナー候補を紹介してくれたりと、好循環が生まれています」
face to faceを大事にしているクリアソンの姿勢は、新宿を拠点とするパートナーや地域の人々、企業などから好意的に受け入れられている。「泥臭い」ともいえる動きかもしれない。クリアソンのそんなコミュニケーション方法について井筒さんは「フラットであることを大切にしている」と表現する。
サッカーの試合観戦をする人は、それを非日常で特別なことと受け止めるだろう。クリアソンはピッチ内という限定的な場だけではなく、いろいろなシーンで親しみを添えて自らを伝えようとしている。それを実行するメンバー全員が、サッカーひいてはスポーツが素晴らしいコンテンツであると信じている。また、スポーツが生み出す価値を多様な分野に還元し、真に豊かな世の中を創ろうとしていることも組織としての大きな強みだ。
新宿を起点に、豊かな社会をつくっていく
今、クリアソンが掲げる目標はいくつもある。サッカークラブとして分かりやすいのは、昨年あと一歩まで迫ったJ3への昇格である。それに加え、クリアソンが価値だと感じている「23区内というヒト・モノ・カネ・情報が集まる都心にクラブを持っている」という利点を生かした活動のさらなる強化を考えている。
具体的には、新宿のパートナー企業と連携して新宿という“街”をより良くしていく動きを活発化させることだ。
リソースを多く獲得できれば、街の未来を担う子どもたちに多様な機会を提供するための投資もしやすくなる。新宿が豊かになり、その動きが周辺の区や都内全体に広がっていく流れを目指している。
クリアソンではクレドを掲げている。その中の「3つの問い」として常に「スポーツの真の価値とは何か?」「真の豊かさとは何か?」「どうしたら豊かさを拡げていけるのか?」を自問し続けている。
それと関連し「スポーツの価値を通じて、様々な世界を繋げ、誰もが豊かさの体現者となれる世界に。」とのビジョン実現に向けて自らができる貢献についても探り続けている。
選手がピッチでプレーをして人々を熱狂させたり、感動させたりすることにも価値はあるが、スポーツはより広範囲で多様な価値を生み出すものであるとクリアソンは考えている。
サッカークラブとして結果を追い求めながらも、スポーツの力を通じて多くの人の心を動かし、豊かな社会をつくっていこうとするクリアソンの活動をこれからも見ていたいと願う。