企業が取り組むWeb3施策のなかでも特に大きな注目を集めていたスターバックスの「Odyssey」が2024年3月末でサービス終了となりました。今回は、ファンリレーション向上を目的としたWeb3施策を成功に導くための鍵を、他の事例とともに考察していきます。

発売後の方針転換で批判を浴びたポルシェ

世界的車メーカーのポルシェは、2023年1月に名車「ポルシェ911」のNFT(非代替性トークン)を車名にちなんで0.911ETH(発売当時の相場で1490ドル)で7500個発売しました。

しかし期待されたような初速は得られず、発売直後には二次流通の価格が当初の販売価格を50ドルほど下回るケースも発生してしまいました。

これに対しポルシェは、発売開始2日後に販売を一時中止。その後、当初予定していたNFT供給量を減らし、さらに新たな購入特典を公表するというテコ入れを行いました。

結果、販売再開されたNFTの二次流通価格は上昇し、一定の面目躍如とはなりましたが、「売れない」というニュースが大々的に喧伝されてしまったことや、発売当初のファンとの約束を反故にしてしまったことは、ハイブランドとして最も大切にしなければならないはずの「ファンとの信頼関係」に少なからずマイナスの影響を与えてしまいました。

「特典を予定している」ままサービス終了したスターバックス

冒頭でも触れたように、2022年9月にWeb3時代の新しいファンリレーション施策として鳴り物入りでスタートしたスターバックスのWeb3施策「Odyssey」もメディア上では当初、とても好評かのように伝えられていましたが、2024年3月末をもってサービスを終了することになりました。

Odysseyは「Starbacks Rewards」という既存のポイントプログラムの会員を対象(米国のみ)としたサービスで、従来のポイントを軸とした経済合理性に基づく会員基盤の上に、情緒的なつながりをもったさらにニッチなファンコミュニティを作るという設計は、Web3の文脈上模範的かつ画期的なものと評価されるべきものでした。

ビッグブランドが実施したということもあいまって、当然大きな注目を集めましたが、結果的にはリリース当初にインセンティブとして発表されていた「ユニークな商品や体験、アーティストとのコラボレーションへのアクセス、限定イベントへの招待」といった約束していたはずの特典の大部分が履行されることなく、コアファンとのつながりを強めるための施策は、結果的にそれを毀損する形で終了を迎えることとなりました。

IEOやファントークンも陥る、Web3施策によるブランド毀損

Web3時代の企業の新しい資金調達手法として注目を集めるIEO(Initial Exchange Offering)も、同じようにファンとの信頼を損ねるリスクをはらんだ施策の1つと言えます。

IEOは簡単に言ってしまうと特別イベント参加券や企画への投票権などといった「将来の特典」が論拠となって価値がついた「トークン」を販売することによる資金調達手法で、株式の世界で「将来の配当/分配金」を論拠に「株式の価値」がつくのと同じ構造です。

当然、価値の源泉である「特典の中長期配布計画」は株式でいうところの中期事業計画と同程度に重要な存在ですが、今の時点では曖昧なままスタートすることが常識となってしまっています。そしてその結果、提供された特典がファンの期待値を超えない、あるいは、実質的な休眠状態に陥るケースが少なくありません。

この時、短期的に企業側はまとまった現金を得られることから見た目上は損がない(むしろ現金収入を得ている)ように見えますが、実際にはそのツケはブランド毀損として支払われていることを自覚する必要があります。

そして「顧客との関係を深める」という本来の施策の目的からすると真逆な結果を招いているという点から目を逸らすべきではありません。「投資は自己責任」とはいえ、「損をさせられた」と感じた企業を応援し続けられる人はそう多くはないでしょう。

ファンを幻滅させる最大の原因は「販売主とファンの期待値のズレ」にある

なぜ、これほどまで多くの、しかもファンを大切にしてきた企業たちがその信頼を裏切るようなことを当たり前のようにやってしまうのか。私はその原因が担当者の能力や責任感といった属人的なものではなく、Web3施策の構造にあるのだろうと理解しています。

前述のようなWeb3施策では、販売側の目線でいうと金銭は短期的に獲得し終えており、当然、それ以降のサービス提供は最小限に抑えたいという思考となります。特に現在、提供されているようなオリジナルグッズのプレゼントや特別なイベント参加機会などは運営するだけでもそれなりの原価もかかるので、そう気軽に提供できるものではありません。

一方でファン側からすると購入時の価格の論拠となっている発表内容に沿う、あるいは、それを超えるようなサービスを半永久的に提供し続けてくれることを期待することとなります。

特にこの「半永久的」という点が難儀で、販売側からすると受け取れる金銭に上限がある以上、半永久的なサービス提供は現実的ではない一方で、Web3施策で喧伝されるような二次流通での価格維持・向上を期待するファンからするとそれは当然に求めるものとなり、この期待値のズレがファンの幻滅を生み出す最も大きな要因の1つとなっていると想定されます。

ファンを幻滅させる最大の原因は「販売主とファンの期待値のズレ」にある

株価の論拠となっているのは「将来の収益分配」です。つまり「その株を持っていると将来、配当などで累計100万円をもらえると信じる人が、失敗確率などを色々割り引いた上で、今日10万円でその株を買う」という構造です。

この整理でいうと、IEOやNFTは「将来、累計100万円相当の"特典"をもらえると信じる人が、失敗確率などを色々割り引いた上で、今日10万円で買う」という説明ができます。

この考え方でいうと本来、トークンやNFTの価格は「提供される特典の総額」に基づき決められるべきものであり、少なくとも、IEOやNFTが登場したころに発生したような「創業間もないサッカーチームのNFT/トークンの時価総額が数億円に達する」というようなことはさすがにバブルだった、と評価するべきであり、ファンの幻滅を避けるためには是正するべき問題といえます。 この実勢価格と流通価格のギャップを生み出さないために重要なのが「期待値コントロール」です。現在、Web3施策では特典を明示しないことが常識となっており、それが価格の高騰という景気の良いニュースにつながっていますが、顧客との関係性の観点でいうと間違いなく悪手です。

今後、株式市場での事業計画のように、あらかじめどの程度の特典を用意するのかを明確化し、それに見合った金額を調達したうえで、計画に沿って運用を続けることが健全な顧客関係を構築するための次の"当たり前"となっていくのだろうと思います。

サスティナブルなWeb3施策へ

Web3は新しい概念であるがゆえに、まだまだスピードとトライ・アンド・エラーが非常に重要なフェーズです。その意味では多くの企業やブランドが「予定している」という表現のもと、アジャイルにサービスを展開していくことは致し方のないことだと思います。

一方で、その結果がブランド価値の毀損に繋がっていることもまた間違いのない事実であり、今後是正が求められます。

サスティナブルなWeb3施策に向けて、適切に期待値コントロールされた施策がたくさん生み出されることを期待しています。