稀代の大経営者は表舞台を去りオムニ7は絶筆となった

2016年4月7日、稀代の大経営者・鈴木敏文氏は81歳にして表舞台を去ることを表明しました。

理由は明言しませんでしたが、経営方針上のすれ違いが一因となっていることが伺われる記者会見でした。

世の中では鈴木氏の判断能力の低下を指摘する声が多く聞かれ、なかでもオムニ7は私欲に基づく施策として槍玉に上げられています。事実、オムニ7は未だ成果を上げられていない状況にありますが、私はオムニ7は正しい施策であり、大きな困難を迎えることを知っていながら決断を下した鈴木氏の80代にしてなお衰えない先見性をむしろ称賛するべきと考えています。

今回は、鈴木氏の絶筆とも言うべきこのオムニ7がセブン&アイ、そして日本の小売業にとってどのような意味を持つ施策なのか、私見を述べさせていただきたいと思います

オムニ7は厳しいスタートを切った

セブン&アイにおけるオムニチャネル戦略の旗手、鈴木敏文氏の強力な後援を受け、2015年11月セブン&アイホールディングスはオムニ7をリリースしました。

セブンイレブン、イトーヨカドー、西武百貨店、赤ちゃん本舗等々、セブン&アイが擁する日本を代表する小売業各社の商品を店頭在庫含めて購入することができるWebサイトです。

好調を維持するコンビニ業の延長線上では考えにくいこの意欲的な一手は開店から約半年が経った現在、世の中からよい評価は受けられておらず、ご子息である鈴木康弘氏が先導していることも相まって鈴木氏批判の象徴となってしまっています。

現場から不満の声が出ていることを警告する記事が掲載され、ネット上では「誰得」「老害」といった辛辣な声が飛び交う状況となっています。

このような状況を見る限り、オムニ7は現時点ではお世辞にも成功と評することは難しいでしょう。

オムニ7はセブンにとって王者であり続けるために必要不可欠な一手だった

ではなぜセブン&アイはこのような一手を打ったのでしょうか?

私はその理由を「王者が王者であり続けるためには避けられない一手だった」と介しています。

いま、お客様の購買行動はECとスマートフォンの普及により大きく変化を遂げ、店舗とデジタルを行き来しながらの購買が一般化しました。特に、実物を見なくても買える商品(≒最寄り品)は「最も利便性の高い店で買う」という判断基準で購買決定が行われるため、圧倒的な品揃えと物流を整備した「総合小売業」とも呼ぶべきAmazonで買われることが多くなってきています。

セブン&アイは長らくコンビニを軸にこの領域の第一選択肢で在り続けることで「小売の王者」としての座を築いてきました。しかし、コンビニが圧倒的な支配力を誇ってきた「すぐ欲しい」ニーズに関しても「あらゆる商品をすぐ届ける」を標榜するAmazonの射程圏に入ったと判断されるいま、その地位は絶対のものではなくなりつつあります。

セブン&アイはこの時代に対応するため、名だたる小売業を買収し、「セブンイレブンからも西武百貨店の商品を買える」といった店舗を軸としたサービスを提供することでAmazonでは解決が難しかった「家に来てもらいたくない」「安心感が欲しい」といったニーズを捉えることに成功し、すでに一定の成果を収めはじめています。

しかし、当然これだけではAmazonに比肩するサービスを提供できているとは言えず、次は店舗を介さない「ネットからあらゆる商品を見て、買えるサービス」を提供しなければなりません。すなわち、「コンビニ業」から「総合小売業」への進化が求められていると考えるべきなのです。

セブン&アイグループの店舗在庫を含めたあらゆる商品を一つのサイト・アカウントで購入できる「オムニ7」は総合小売業へ進化するために必要不可欠な機能であり、セブン&アイが今後繁栄していくには避けては通れない一手と評価できます。その意味で私はオムニ7をセブン&アイの戦略上「良いか悪いかではなく、打たなければならない一手」だったと評価しています。

オムニ7の躓きは戦略ではなく、戦術にある

私は、オムニ7が「失敗」と評価されてしまっている理由は、戦略(どこに向かうか)ではなく戦術(どう進めるか)にあると考えています。

前述のとおり、オムニ7のようなあらゆる商品を一つのサイト・アカウントで閲覧・購入できる機能は次のセブン&アイにとって必要不可欠です。しかし、それを実現するためには仕入れ・物流・店舗業務等々、あらゆる側面での変化を要します。規模も歴史も浅く変化に積極的な新興企業にとっては難しくないことかもしれませんが、数十年の歴史と数万人の従業員を持つセブン&アイにとっては想像を絶するほどの困難なプロジェクトとなります。

私も様々な会社の方々とオムニチャネル・デジタル化への取り組みをご支援させていただきましたが、実はほとんどの時間を「何を目指すか」や「どのようなシステムを作るか」を検討することではなく「どう組織を変えるか」に費やしてきました。歴史ある小売業を運営する会社には様々な方がいらっしゃいます。スマートフォンを使わない現場の方や、従来業務で成果を残されてきた経営陣等々、新しい業態への変化に懐疑的な方も非常に多くいらっしゃいます。一人ひとりと会話をすれば、プロの方々なのでご納得いただけることがほとんどですが、数万人の会社でこの変化を実現することは至難の業です。

オムニ7に対する意見の大半はオムニ7が実現しようとしていることに対する批判ではなく、オムニ7が実現できていないこと(商品の少なさ、利便性の低さ etc...)や変化の過程で避けては通れない課題(店員の不満 etc...)に基づくものです。このことから、私はオムニ7は未だ評価する段階になく、今後の戦術次第では充分に大成しうる、かつ、セブン&アイが王者で在り続けるためには大成させなければならない戦略であると考えています。

今後、セブン&アイがしなければならないこと

鈴木氏が会見の中で述べた「COOとしてのセブン―イレブンの改革案はほとんど出てこなかった。」という言葉を私はとても印象的に感じています。私はこれを経営陣の仕事は「現状維持ではなく舵取りにある」ということを言いたかったのではないかと捉えています。 鈴木氏が事業家としての晩年に推進したオムニチャネル戦略は、潔いまでに欧米各社に屈し続ける日本経済界においては極めて稀有な、「王者が王者で在り続けるための挑戦」です。圧倒的な規模の力(と優遇税制)で攻め込むAmazonに抗することは容易ではなく、負けが先行することは必然といえます。小売業の神とも言える鈴木氏はオムニ7の苦戦も当然に予見していたはずです。それでも次の50年、100年を作ろうという意思決定を行った理由は、それが「経営者としての責務」と考えたからではないか、と想像します。

今回の辞任劇は戦後日本の小売・流通業を牽引した偉大な経営者にとって必ずしもふさわしい美しい幕引きとは個人的には感じられませんでしたし、一方的な意見しか出ていない状態で外部が意見を評することはできません。しかし、一つ変わらないことは、それでも彼が築いてきた数々の偉業が色褪せることはない、ということです。

私は日本に住む多くの方々と同じようにコンビニを毎日のように利用させていただきますが、これは(少し大袈裟かもしれませんが)鈴木敏文氏が日本に生を受け、必死に働いてくださったからこそ享受できる利便性なのだとここ数日改めて実感しています。私が幼少期を過ごした米国ではこのような便利なサービスはなく、帰国後、日本人として誇りに感じたことを覚えています。

圧倒的なカリスマが去った後を継ぐことは想像を絶する重圧とは思いますが、井坂氏率いる新生セブン&アイには欧米列強に負けない日本小売の王者たる事業を作り上げていただき、鈴木敏文氏がいなくなってよかったと評されるような経営を期待したいと思います。

執筆者紹介

伊藤 圭史

Leonis & Co.共同代表
および トランスコスモス オムニチャネル推進室 室長

上智大学卒業後、IBMビジネスコンサルティングサービス(現 : 日本IBM)に入社。2011年12月、オムニチャネルに特化したシステムとコンサルティングサービスを提供するLeonis & Co.を設立する。その後、オムニチャネルの専門家として通信会社や百貨店、電鉄などさまざまな企業を支援。現在は、トランスコスモスグループのオムニチャネル推進支援サービスの中核企業としてオムニチャネルマーケティングシステム「OFFERs」の提供を主軸とした展開を行っている。