日本企業はオフショア開発をする目的がしばしば語られる一方で、なぜ中国企業がオフショア開発を受注するのかは意外と見過ごされがちである。口ではwin-winと言いながら、中国企業の動機については案外無関心という人も多いのではないだろうか。一言で言えば、日本向けオフショア開発の仕事は旨みがあるのだ。

日本向けオフショア開発が"おいしい"ワケ

オフショア開発プロジェクトのコスト構造(オフショア側)

そのワケを図を使って見てみよう。右の図はオフショア開発プロジェクトにおいて中国企業がかける営業コストと発注者に対するソフトウェア開発の請負価格の構成イメージである。まず言えるのは、営業コストが小さいということだ。

中国企業は、いったん日本の顧客と取引関係を結ぶと、その後はあまり頻繁に日本に営業を送り込まなくても仕事が日本から流れてくる。日本人にはあまり知られていないが、中国国内のソフトウェア開発案件を受注するにはかなり営業コストがかかる。なにせ国土が広いから出張は多いし、受注の前後で猛烈な接待攻勢をかけねばならないこともしばしばだ。下手をするとその案件の利益分はあっというまに営業コストで吹っ飛んでしまう。代金回収にも非常な困難が伴って企業のキャッシュフローを悪化させる。

それと比べれば日本の顧客は付き合いやすい相手だ。打ち合わせ一つで日本まで飛んで来いなどと無茶は言わないし、たまに相手が日本から足を運んでくれた場合でも常識的な範囲の接待で納得してもらえる。そして、よほどのことがない限り約束した代金はきちんと払い込まれる(無論、一般論としてだが)。だから対日オフショア開発をやる中国企業経営者の中には「中国ローカル向けの仕事は絶対にやりたくない」と言う方もいる。

中国側のほうが市場原理にシビア

もちろん、これは中国企業がオフショア開発でボロ儲けしているという意味ではない。ベンダーが利益の出せる構造になっていない中国国内ソフトウェア市場と比べれば日中オフショア開発は断然リーズナブルということなのだ。日本側にとっても、発注先が過剰な営業活動や接待で結果的にコストアップするようではオフショア開発をやる意味がない。

請負価格に反映されるのは[作業工数×工数単価]と管理コストだ。中国企業が提示する見積もり工数には予測される仕様変更などをカバーするための「リスク工数」なるものが含まれることが多いと言われる。さらにプロジェクト管理や通訳の費用は管理コストあるいは管理工数などとして別出しにされている場合もある。このような見積もり方式は、日本国内のものとかなり違っていて、工数換算するとずいぶん生産性が低いように見えるから、中国から送られた見積書を見たとたん、日本側の現場に戦慄が走る。「中国企業は、工数について一切のリスクテークを拒むというのか!!」

なぜそうなるのだろう。日本側は、この種の取引は長期的なものと捉え、一つ一つの案件では赤字になる場合があったとしても、長期的に見て適性利益が出ていればそれでいいじゃないかと考える。「こっちも苦しいんだから、ちょっとは融通を利かせてほしい」ということだ。

一方、中国企業は、今の赤字が長期取引によって将来補填されるなどと楽観的には考えない。むしろ「もう計画経済じゃないんだ。国営企業ならいざ知らず、利益を生まずして何のための民間企業ぞ」と考える。彼らは下請け的「長期」取引に慣れた我々日本人よりよっぽど市場原理にシビアだ。だから、彼らはあくまで実際に投入する(であろう)全ての工数の原価に適正利潤を上乗せした価格でなければおかしいと考える。逆に言えばきちんと仕事をして結果を出せば確実に利益が出せるのがオフショア開発ビジネスでもある。

日中企業双方の企業努力が求められる時代

こういう風に書くと、中国企業は何か濡れ手に粟の商売でもしているかのように思えてしまうが、それは日本人の悪い癖。会計的に見ても、プロマネ的に見ても、「たとえ赤字でも請け負え」といわんばかりの要求は現在の日本でもNGとなりつつある。下請け的取引は日本固有の事情と心得て、オフショア開発では国際取引の原則は踏まえなければならない。いずれにしても上で述べたことは見積もり段階での話だ。実際にお値段がどこで落ち着くかは双方の交渉力のせめぎあいで決まる。

そうした前提に立って、中国側に企業努力を期待することは一向に構わない。実際、中国側のコスト構造は今後変わらざるを得ないだろう。人件費が上がっていくことは避けられないし、特に優秀な人材を確保するコストは既にかなり高くなっている。それでいて、(少なくとも筆者の耳に入ってくる範囲で)工数単価の相場は上がっていない。オフショア開発に参入する中国企業も増えているから、競争原理が働いているということだろう(※)。

また、今後は中国に居留まっていれば日本から顧客が仕事を持ってきてくれるというほど簡単にはいかなくなっていく。頻繁に日本の顧客の下に足を運ばなければ新しい仕事を取るのは難しくなるだろうし、全ての作業をオフショアで行うよりも、上流工程や保守フェーズでは必要に応じて技術者を日本の現場に派遣できることが求められるようになってくる(日本に法人を立てるのも手だろう)。つまり、日中オフショア開発は、人件費の向上は営業力、管理能力そして生産性の向上でカバーするように企業努力しなければならない時代に既に入っているのだ。

※請負契約で1人月25万円~35万円が相場だろう。戦略的に単価を上げている企業もあれば、逆に下げている企業もあるようだ。また、日中オフショア開発の決済は円建てかドル建てだから、最近の人民元高は中国企業の利益を圧迫している。

著者プロフィール

細谷竜一。1995年、Temple University(米国)卒業。1997年、University of Illinois at Urbana-Champaign(米国)コンピュータ科学科修士課程修了。1998年~2007年総合電機メーカーを経て大連ソフトウェアパークにある某大手ソフトウェア企業で3年間勤務。2008年からユーザ企業系IT会社の社員として上海のオフショア開発拠点に赴任。学生時代はオブジェクト指向やデザインパターンなどの研究に従事。GoFの一人、Ralph E.Johnson氏の講義を受けた経験も。卒業後も、パターンワーキンググループの幹事を務めるなど、研究活動に積極的に取り組んでいる。