国際経営開発研究所(IMD)の「世界デジタル競争力ランキング2024」において、日本は67カ国中31位と、先進国の中では低迷しています。多くの日本企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいるにもかかわらず、なぜこのような結果になるのでしょうか。

その根本的な原因の一つは、DXの本質的な目的を見失い、手段を目的化してしまっていることにあります。クラウド移行やデジタルツールの導入自体が目標となり、本来のゴールである「顧客体験の向上」「ビジネス価値の創出」「組織のアジリティ獲得」が二の次になっているのです。

2018年に経済産業省が「2025年の崖」として警鐘を鳴らし、その後の「DXレポート2」(2020年)では、企業の95%以上がDXに「まったく取り組めていない」か「散発的な実施に留まっている」と指摘されました。そして、いよいよ問題の2025年に入った今もなお、この状況は大きく改善されていません。

ではどのように取り組めば、DXの本来のゴールを達成できるのでしょうか?

今回は、日本企業のDXの本質的な成功に不可欠な「内製化」における課題と、「データとインサイトに基づく意思決定サイクル」の確立について解説します。そして、その実現に向けた第一歩としてのオブザーバビリティの重要性を示していきます。

  • いまさら聞けないオブザーバビリティ 第5回

内製化の本質と限界

ビジネス環境が急速に変化する現代においては、DXにおける内製化の重要性が高まっています。ビジネスのスピードと競争力を向上させるためには、システムの要件定義や開発プロジェクトを外部に依存するのではなく、自社による迅速な意思決定サイクルを回すことが欠かせません。

ITシステムがビジネスの中核となった今、そのシステムに関する決定権を持つことは、市場変化への対応力やイノベーションの創出に直結します。内製化によって、顧客ニーズの変化に素早く対応し、継続的な改善サイクルを回すことができるのです。

つまり、内製化とは単に「社内で開発する」ことではなく、「ビジネスに関わる意思決定の主体性を取り戻すこと」と言えます。多くの企業では内製化の定義があいまいなまま取り組みを進めており、結果として期待する成果が得られていません。

従来のウォーターフォールモデルでは、内製化の度合いを「要件定義」「設計」「開発」「テスト」「運用」などの各フェーズで考えることができます。各フェーズにおいて、Lv.0(完全外注)からLv.4(完全内製)まで、さまざまな内製化レベルが存在します。

しかし、ウォーターフォールモデルの最大の欠点は、各フェーズが順次完了していくため、内製化していてもフェーズ間の断絶が発生し、継続的な意思決定サイクルが回りにくい構造になっています。各フェーズをすべて内製化したとしても、フェーズ間のフィードバックループが弱いため、市場の変化や要件変更への対応が遅れ、価値提供までの時間が長くなってしまうのです。

  • いまさら聞けないオブザーバビリティ 第5回

    ウォーターフォールモデルにおける内製化の段階

データとインサイトの欠如:意思決定における致命的な問題

日本企業の内製化の取り組みでよく見られる課題を整理すると、その根底に「データとインサイトに基づく意思決定サイクル」の欠如があることが分かります。この問題は、主に以下のような形で現れています。

1. 意思決定の放棄

多くの企業では、意思決定そのものを外部に委ねてしまっているケースが見られます。

  • 事業企画やビジネス計画をコンサルタント任せにしている

  • 開発エンジニアを採用したことだけで満足し、何をどう内製化するかの戦略がない

  • SIerに丸投げすることで、自社のビジネスに関する重要なインサイトを得る機会を失っている

  • 失敗を恐れるあまり、意思決定そのものを先送りにしている

2. 可視性の欠如

多くの企業では、システムの全体像や各コンポーネントの関係性が見えておらず、「どこで何が起きているのか」という基本的な質問に誰も答えられない状態にあります。

サービスの障害が発生した際、複数の部門がそれぞれ別々のツールを使って原因を探り、情報を持ち寄って分析するため、問題解決までに膨大な時間を要します。

同様に、ビジネスKPIの変動がシステムのどの部分と関連しているのかを把握できないため、技術的な変更がビジネスにどのような影響を与えるかの予測が困難です。このデータの分断が、適切な意思決定を妨げる大きな要因となっています。

3. 組織の分断

多くの企業では、事業部門、IT部門、運用部門、セキュリティ部門が縦割りで存在し、それぞれが異なる目標と指標で動いています。この組織の分断が、エンドツーエンドの顧客体験やビジネスプロセスの最適化を困難にしています。

例えば、新機能の導入に際して、事業部門は市場投入の速さを重視する一方、セキュリティ部門はリスク最小化を優先するといった対立が生じます。この対立を解消するための共通言語やデータが欠如しているため、全体最適よりも部分最適が優先されがちです。

4. 内製化の誤ったアプローチと変化への抵抗

内製化に取り組む企業でよく見られるのが、一足飛びにすべてを内製化しようとする誤ったアプローチです。開発の内製化からスタートし、高度な開発スキルを持つ人材の確保に奔走するものの、内製化に必要な文化や制度が整っていないために人材流出を招き、結果として取り組みが頓挫するケースが多くあります。

また、多くの企業では変化を恐れる文化や失敗を許容しない風土が根付いています。書籍「ユニコーン企業のひみつ」(オライリー出版)で指摘されるように、従来の企業は「内向き」「計画に従う」「トップダウン」「弱い権限」といったマインドセットに縛られ、内製化やDXの実質的な障壁となっています。

主体的な意思決定を取り戻すために

こうした内製化の課題を克服するために必要なことが、「データとインサイトに基づく主体的な意思決定サイクル」を自社に戻す取り組みです。

企業はその力の獲得により、「内向き」「計画に従う」「トップダウン」といった従来の姿勢から、「外向き」「学習する」「ボトムアップ」といったスタートアップ的な思考へ転換し、主体性のもとで内製化を推進し、現代の変化するビジネス環境に適応していくことができます。

では、そのために「オブザーバビリティ」がどう貢献していくのか?それについて、次回、後編の記事で明らかにしていきましょう。