日本で日々を過ごしていると、イラク戦争なんて遠い昔に終わった出来事で、自爆テロが起きて○○人が死亡、という類の報道があったとしても気に留めることは多くない。その報道を翌日まで覚えていることはまずない。だがイラク国内はいまだ、終わりの見えない紛争状態にある。外国人へのテロ攻撃も深刻な問題だが、イラク国内に住む人びとにとってよりつらいのは、イスラム教の宗派どうしの闘い - Shiite(シーア派)とSunni(スンニ派)の争いに鎮静化の兆しが見えないことだろう。そしてこれらの争いは、大量の戦争未亡人(war widows)をイラク国内に生み出した。

If we give the money to the widows, they will spend it unwisely because they are uneducated and they don't know budgeting. But if we find her a husband, there will be a person in charge of her and her children for the rest of their lives.

--Mazin al-Shihan

もし、この未亡人たちに金を直接やったとしても、彼女たちは無分別に使ってしまうだろう、なぜなら教養がないし、金の管理ということも知らないからね。でももし、我々が彼女に夫を見つけてやれば、その女とその子らの残りの人生を預かれる人間が生まれるというわけだ

オリジナルはこちら → With Need Dire and Aid Scant, Iraq's Widows Struggle

イラク国内に現在いる戦争未亡人は約74万人と推定されている。つまり、15歳から80歳の女性のうち、11人に1人が未亡人という計算になる。この数は日々増え続けていて、1日あたり100人の女性が未亡人になっているという。

政府から何らかの援助を受けることができている未亡人はうち12万人にしか満たない。だがその援助の内容とはいうと、1カ月あたりわずか50ドルの給付金を受け取れるというもの。子どもがいる場合は1人あたり月12ドルが加算されるが、「ガソリン5リットル=4ドル」という物価を考えればとても暮らしていける額ではない。それすらも十分に行き渡らない現状に、「なぜ戦争未亡人の救済に真剣に取り組まないのか」という声は、もちろん各所から上がっている。

これに対して「未亡人にではなく、新たに彼女の夫となる者に給付金を出そう」と提案したのが、今回の発言者のMazin al-Shihan氏である。"Baghdad Displacement Committee"という機関の監督者を務める彼は、街に増え続けるホームレス化/物乞い化した未亡人を救うにはこれしかない!と、くだんの発言となったわけだ。同氏はさらに、This is according to our tradition and our laws.(この案は我々の伝統と法に適っている)と続けている。ちなみに女性の側には、次の夫を誰にするかを決める権限はない場合がほとんどだ。

自然に使いこなしたい英文法 - if …, but if --

Ifの重要性についてはにも触れたが、何度でもしつこく。ここでは、発言者は「未亡人に金をやれば…となる、でもその夫にやれば -- になる」と前の条件に比べ、後の条件がいかにすぐれているかをifを使って強調している。自分なりに自信をもっている案だからこその言い方だ。ちなみに今回も仮定法ではなく直説法が使われている。現在の状況と異なることを述べているわけではないので、仮定法を使う必要はない。

ではもし彼女たちに教育があれば、どうするというのだろうか - If they were educated and they knew budgeting, would you give them the money?

ニュアンスを覚えておきたい表現 - in charge of

英文で頻出する表現のひとつで「…に責任をもって、…を預かって、…の担当で」と訳されるが、ニュアンスに注意。やや古い英会話のテキストなどには、「私が経理の担当者です - I'm in charge of accounting.」のような例文が載っているが、CFOでもない限りこれだとちょっと大げさに聞こえる。担当責任者レベルなら、I'm responsible for accounting.ぐらいがちょうどよい。

上の引用句の、a person in charge of her and her children for the rest of their lives - 彼女と彼女の子どもたちの残りの人生すべての責任を負う人物、という使い方でもわかるように、chargeに課せられた責任は非常に重い。対象がモノでもヒトでも、chargeを負うことができるのは(基本)一人だけ、と覚えておこう。

イヤでも覚えるべき英語の論理 - because

外国人と話していて疲れるのは、こちらがやっとの思いで言ったひとことに、Why?とすぐに切り返されることだ。とにかく簡単には会話を終わらせてくれず、向こうが理解できるまで説明することを求めてくる。ビジネスともなれば、その傾向はさらに顕著だ。そういうときのためにも、なるべくbecauseを使って文を作る(考える)訓練をしておきたい。理由がないことなんて、英語にはないと思ったほうが無難。

内容的には疑問の余地が大いにある発言でも、英語の論理に適っていれば少なくとも耳を傾けてもらえる。その逆もありで、いくらすばらしい内容でも、英語の型にはまっていなければ、まったく相手にされないこともある。今後も時おり、この"英語の型"について触れていきたいと思う。