前回の記事では、市民開発の正しい定義と、市民開発に必要な3つの要素(ヒト・ツール・仕組み)について解説しました。

ここで注意しなければならないことがあります。

それは、この3つの要素がすべて完璧に揃った状態で市民開発を始めてしまうと、かえって失敗につながることがあるということです。

例えば、初めからガバナンスをガチガチに固めた状態で市民開発をスタートさせてしまうと、「作りたいものが作れない」「申請や承認が厳しすぎて挑戦できない」といった状況に陥り、現場の意欲が削がれてしまうことがあります。

市民開発は、ツールを導入すれば達成できるものでも、市民開発者という人材がいればすぐに実現できるものでもありません

市民開発とは、何かを「導入する」ものではなく、組織文化として「育てていく」ものなのです。

今回の記事では、今の自分たちがどこにいるのかを可視化し、次のステップを明確にするためのフレームワーク、「市民開発成熟度モデル」について解説します。

よくある失敗:いきなり「理想の姿」を目指してしまう

市民開発の導入を検討する企業でよく見られる失敗パターンがあります。

それは、いきなり理想の“完成形”を目指してしまうことです。

多くの企業が「市民開発」と聞いて思い描くのは、「社員がノーコードツールを使ってガシガシとアプリを量産し、次々に業務改善が進んでいる姿」ではないでしょうか。

確かにそれは理想的な状態だと思います。しかし、その理想を最初のゴールに設定してしまうと、結局うまくいかないことが多いのです。

なぜなら、その段階に至るまでには、組織内での認知の獲得、小さな成功体験の積み重ね、経営層からの承認、そして現場の学びと慣れという、段階的なステップが必要だからです。

まずは、「そもそも市民開発とは何なのか?なぜヒト・ツール・仕組みの3要素が必要なのか?」という市民開発の定義の理解から始めること。

そして、現場の従業員が1つでもいいから業務アプリを作ってみること。

これが、市民開発を進める上での本当のファーストステップです。

市民開発成熟度モデルとは?

では、どのように段階的に進めていけばよいのでしょうか?

そこで役立つのが「市民開発成熟度モデル」です。

市民開発成熟度モデルとは、組織が市民開発をどの程度効果的に実践できているかを客観的に評価し、次のステップを計画するためのフレームワークです。

導入から定着、そして文化として根付くまでの道のりを示した「地図」のようなものだと考えてください。

市民開発の成熟度は、以下の5つの段階に分類されます。

成長の5つのステップ

  • 市民開発成熟度モデル

1:発見段階:市民開発の入り口に立つ段階です。

  • ゴール:市民開発の基礎知識と、3要素(ヒト・ツール・仕組み)の重要性を正しく理解すること。
  • 行動:まずは「市民開発とは何か」「自社にどのようなメリットがあるか」を知り、その可能性を認識することから始めます。

2:認知段階:組織内での認知を広げるための「種蒔き」を行う段階です。

  • ゴール:小規模なプロジェクトでノーコード開発の価値を実証し、社内での認知を獲得すること。
  • 行動:いきなり大きなシステムを作るのではなく、身近な業務で「小さな成功事例」を作り、「これは使える」という効果を体感することに集中します。

3:試行段階:市民開発の正式承認を獲得する

  • ゴール:経営層からの正式承認を得て、IT部門と連携しながら推進できる体制を確立すること。
  • 行動:段階2で作った成功事例を材料に、現場だけの活動から組織公認の取り組みへと発展させます。ここが「シャドーIT」になるか、健全な「市民開発」になるかの分かれ道です。

4:確立段階:市民開発が本格的に稼働していく

  • ゴール:市民開発が組織の正式な業務改善の手段として定着し運用体制が確立された状態を実現する
  • 行動:特定の部署だけでなく、複数の部門へ展開し、組織全体での標準化に取り組みます。

5:浸透段階:市民開発が組織の血となり肉となる

  • ゴール:市民開発が事業価値を生み出す中核として機能し、現場が自律的に進化し続けている状態。
  • 行動:特段の号令がなくとも、現場から自然とイノベーションが生まれ、市民開発が組織文化として完全に溶け込んでいます。この段階では“市民開発”という言葉も組織の中からは消えているでしょう。

スタート地点で最も重要なこと

ここで大切なのは、「遊び心」です。

市民開発者を選ぶ際、「IT人材」や「ITに強い人材」を選ぼうとする企業が多いのですが、実はそれは正解ではありません。

IT知識よりも大切なのは、「熱量」です。

  • ITが好きな人
  • 業務を変えていくことにワクワクする人
  • 新しいことに挑戦したい人

こうした「想い」を持った人を選ぶべきです。

年齢や役職は関係ありません。「若いから」「部署が違うから」という理由で候補から外すのはもったいないことです。

時には、「料理が好き」という人が市民開発者に向いていることもあります。

なぜなら、料理を作る感覚と、業務プロセスを設計する感覚には共通点があると感じる人もいるからです。

そう考えると、どんなに小さな会社であっても、市民開発者の素質を持った人材は必ずあなたの会社にもいるはずです。

市民開発者が挑戦しやすい環境をつくる

市民開発の第一ステップで何より重要なのは、市民開発者が挑戦しやすい環境を会社や上司が許してあげることです。

具体的には、

  • ツールを触ってもいい時間を業務の中で確保する
  • トライアル環境を整える
  • 市民開発者が業務アプリを作れる雰囲気作りをサポートする

会社の業務に影響しない範囲の中で、まずは遊び心で業務アプリを作ってみるという第一歩が、ものすごく大事なのです。

  • 発見段階における重要点

焦らず、段階的に育てることが成功の鍵

この成熟度モデルは、組織が迷わずに進むためのガードレールとなります。

重要なのは、すべての組織がいきなり「浸透段階」に到達できるわけではない、という点です。

市民開発は一朝一夕で完成するものではありません。

各段階での成功体験を一つずつ積み重ねていくこと。この堅実な歩みこそが、結果として最短ルートになるのです。

まずは自社の現在地を正しく把握しましょう。

そして、適切な段階からスタートを切り、焦らず段階的に発展させていく。

この地道なプロセスこそが、市民開発の真の価値を引き出し、組織を変革する確実な方法です。