例年この時期に閣議決定される「世界最先端IT国家創造宣言」、今年はタイトルに「官民データ活用推進基本計画」を加えて5月30日に閣議決定され、公表されました。これは昨年12月に「官民データ活用推進基本法」が公布・施行されたことを受けて、従来の「世界最先端IT国家創造宣言」の流れに、データ活用の推進という軸が加わったことを意味します。
今回は、今年の「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」で、政府は何を目指そうとしているのか、また、今後の具体化されていく計画が事業者や個人にどのように影響してくるのか、みていきたいと思います。
政府の問題意識はどこにあるのか
5月30日に閣議決定された「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」 以下「宣言2017」)は、以下のような構成になっています。
第1部 総論 Ⅰ. IT戦略の新たなフェーズに向けて(「データ」がヒトを豊かにする社会の実現)
Ⅱ. 「官民データ利活用社会」のモデル構築に向けて
Ⅲ. 推進体制
第2部 官民データ活用推進基本計画
Ⅰ. 官民データ活用推進基本計画に基づく推進の施策
Ⅱ. 施策集
(「宣言2017」のなかで何度もでてくる「ヒト」とは、ヒトがその構成員となり活動する法人等の組織も含むとされています。)
昨年の「世界最先端IT国家宣言」では、「国から地方へ、地方から全国へ」をメインな課題として以下のような3つの重点項目を掲げていました。
[重点項目1] 国・地方のIT化・業務改革(BPR)の推進
[重点項目2] 安全・安心なデータ流通と利活用のための環境整備
[重点項目3] 超少子高齢社会における諸課題の解決
この昨年からの流れで言えば、個人情報保護法の改正により個人情報を匿名加工処理した上で、本人同意なしで利活用を可能とする枠組みの整備が行われ、さらに「官民データ活用推進基本法」が施行されたことなどにより、今年の「宣言2017」では、大きくデータの活用に舵を切ったようにみえます。
そのような政府の姿勢に係る問題意識は次のような文書から見ていくことができます(「宣言2017」第1部Ⅰ-4. 「データ」がヒトを豊かにする社会、「官民データ利活用社会」のモデル構築 より)。
『我が国は世界の中でも最も早いスピードで超少子高齢社会に突入しており、この人口構造の変化への対応が急務となっているが、例えば、データの利活用を前提とした「ネットワーク化された」AIやロボット等の開発は人間の諸活動を補助し、生産年齢人口世代をカバーするのみならず、健康寿命の延伸により急増する高齢者が持つ知識や知恵を共有化・再現するとともに、高齢者の再活躍の場を提供するなどの効果をもたらす。』
『データの利活用は知識や知恵の共有につながるが、各々のデータが相互につながってこそ様々な価値を生み出すという認識を、官(国、地方公共団体等)・民(国民、事業者等)双方において共有することが必要であり、そのためには、これからのデータ利活用社会に対する意識の向上、官民の保有するデータの可能な限りの相互オープン化(オープンデータ)、データの分野横断的な連携の仕組みの構築、データの品質や信頼性・安全性の確保、データ利活用のための人材育成や研究開発等、総合的な対策を講じていくことが必要である。』
『最終的なゴールとして、全ての国民がIT 利活用やデータ利活用を意識せず、その便益を享受し、真に豊かさを実感できる社会である「官民データ利活用社会」~データがヒトを豊かにする社会~のモデルを世界に先駆けて構築する観点から、我が国全体の IT 戦略の新たなフェーズに向け、「世界最先端 IT 国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」を策定し、必要な施策を着実に実施していくこととする。』
まず、超少子高齢社会にすでに突入した我が国において、データの利活用を前提とした「ネットワーク化された」AIやロボット等の開発が経済活動を持続させるためには不可欠であるという問題意識が示されています。ただし、データ利活用に対する現状は認識レベルでも十分ではないため、各々のデータが相互につながってこそ様々な価値を生み出すという認識を、官(国、地方公共団体等)・民(国民、事業者等)双方において共有することが必要とし、データ利活用社会に対する意識の向上を手始めに、官民のデータの相互オープン化、データ連携の仕組みの構築、データの品質や信頼性・安全性の確保、人材育成や研究開発など総合的な対策が必要としています。
そして、これらの対策が有効に機能したその先の最終的なゴールとして、全ての国民がIT 利活用やデータ利活用を意識せず、その便益を享受し、真に豊かさを実感できる社会である「官民データ利活用社会」~データがヒトを豊かにする社会を世界に先駆けて構築するとしています。
「宣言2017」ではいろいろな切り口でデータの有用性を語っていますが、最終的なゴールとしている「データがヒトを豊かにする社会」を今ひとつ具体的にイメージできないのは、データが相互につながってこそ様々な価値を生み出すという認識さえ官民で共有できていない現実があるからですが、もうひとつ、ここまでの政府のIT戦略が、2001年の「e-Japan戦略」以降、常に電子政府の実現を掲げながら、いまだ電子政府というには不十分な現状にとどまっている現実があるからにほかなりません。
なぜいま「データの利活用」なのか
「宣言2017」では、データの利活用には以下の2つの効果があるとしています(「宣言2017」第1部Ⅱ-1. ITをめぐる諸動向 より)。
① データの「見える化」・比較分析による無駄の排除等
あらゆる事象を数値・画像等によって「見える化」することで、例えば、他の同様事例との比較分析が可能となり、新たな課題への気付き、更なる効率化や生産性の向上等が見込まれるという効果
② 分野横断的なデータの組合せによるイノベーションの創出等
これまでつながっていなかった分野横断的なデータの組合せにより、サービスの革新や異業種の連携が起こり、更なる付加価値の向上や新しいサービスやイノベーションの創出が見込まれるという効果
民間事業者では、IT化を進めるなかで顧客データなどの社内での共有や活用は当然のように行われています。そうしたなかで、データの「見える化」はもちろん、様々な部門のデータを組み合わせることで事業活動に有効に活用し、かつそうしたデータから課題を見出して付加価値の高い新しいサービスを創りあげていくことも、IT活用・データ活用の成果として生み出しています。もちろん、現状でIT化を充分に進められていない中小企業にとっては、こうした効果を得るためのIT化への取り組みは課題といえます。
ただ、このように見てくると、国・地方公共団体等のほうが、ここに挙げられている効果を得られるようなIT化や連携ができていないから、新たな付加価値の創造ではなく「無駄の排除」といったことが効果に挙げられているのではないかと考えてしまいます。
そのためか、「宣言2017」の第1部Ⅱ-3-(2) 官民データの利活用に向けた環境整備では、以下のように国・地方公共団体等といった言葉が各所にでてきます。
- 国、地方公共団体等のオープンデータの促進
- 紙中心の文化からの脱却
- 官民データの取扱いに係るルール整備
- 官民データ連携のための標準化等の促進
- デジタルデバイド対策、研究開発、人材育成、普及啓発等
- 国と各地方公共団体等の施策の整合性確保
これら6項目のうち、「国、地方公共団体等のオープンデータの促進」、「紙中心の文化からの脱却」、「国と各地方公共団体等の施策の整合性確保」は、まさに国・地方公共団体等の課題であり、国と地方公共団体などの施策の不整合や行政手続きにおける紙中心の考え方が、民間事業者の事業活動の効率化の妨げになっているとさえいえます。(図1)はこの官民データの利活用に向けた環境整備について図で示されたものです(図1)のなかの「◯条」は、「官民データ活用推進基本法」の条文を示しています)。
この図の右のほうに、国・地方公共団体等の諸課題が並んでいますが、まずこの部分で民間の事業者にも関係する課題を解決していくことが、官民データの利活用に向けて最も重要ではないでしょうか。それができて初めて、図の左に置かれているデータ流通基盤の整備としてデータ利活用のためのサービスプラットフォームが機能することになると考えます。
官民データ活用推進基本計画が指定する重点分野
「宣言2017」の第2部「官民データ活用推進基本計画」では、基本計画で実施する各種施策の効果を最大限に発揮するために、あれこれ手を出すのではなく、選択と集中が必要として、8つの重点分野が指定されています。まず、現在の我が国が集中的に対応すべき課題として、①経済再生・財政健全化、②地域の活性化、③国民生活の安全・安心の確保の3つの課題をあげ、これらとの関連から8つの分野が指定されています。3つの課題と8つの分野の指定は以下のように説明されています(「宣言2017」第2部Ⅰ-1-(2) 重点分野の指定 より)
①経済再生・財政健全化の課題解決に資する分野
「電子行政分野」
社会保障制度改革を含む行財政改革の推進については、IT化・業務改革(BPR)による国民の利便性の向上、事業活動の促進や行政コストの削減等が期待される
「健康・医療・介護分野」
AI、IoT などの技術や官民データの利活用による、効果的な治療、重症化予防等を通じた社会保障費削減等が期待される
「ものづくり分野」
生産性の向上、イノベーションの創出と人材の強化、働き方改革の実現については、AI、IoT などの技術と官民データの利活用を通じた産業の革新(コネクテッド・インダストリーズへの変革)等により、例えば、中小企業等における効率的な在庫調整等を通じた、労働生産性の向上や工員等の働き方改革等が期待される
「金融分野」
FinTech等による新サービスやイノベーションの創出等が期待される (そのほか上記の生産性の向上、イノベーションなどと関連する分野として「観光分野」「農林水産分野」「移動分野」も挙げられている)
②地域の活性化の課題解決に資する分野
「観光分野」
AI、IoT などの技術と官民データの利活用により、新たに掘り起こされる観光需要に応じた地域の高齢者等の雇用創出等が期待される
「ものづくり分野」「農林水産分野」
中小企業や篤農家の匠の技の蓄積・継承等による、生産性向上や雇用創出等が期待される
③国民生活の安全・安心の確保の課題解決に資する分野
「健康・医療・介護分野」
AI、IoT などの技術と官民データの利活用により、個人の生活や身体に合わせた健康管理のアドバイスや、遠隔医療の活用、エビデンスに基づく効果的な治療・介護等が期待される
「インフラ・防災・減災等分野」 有線・無線ネットワークの多重化やLアラート(災害情報共有システム)等をベースとして、平常時における災害リスクの予防・予知や、発災・復旧時の円滑な支援策等が期待される
(図2)は以上みてきた3つの課題と8つの重点分野の関係を示したものです。
まずトップに行政改革として「電子行政分野」がきていることは前項まででみてきた課題認識から評価することができますが、その他の分野についてもさまざまな規制改革という行政側の改革なしでは、各分野でのデータの利活用にいたるまでの道すじを創ることはできないと思われます。そういう視点からは、政府が国と地方公共団体、その他行政機関等で施策の整合性を取るとともに、電子行政を先行して実現していけるのかが、この基本計画の成否をにぎっていると考えます。
次回は、「電子行政分野」をはじめいくつかの重点分野における基本計画の内容についてマイナンバー制度の今後の展開との関係も含めてみていきたいと思います。
中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。