デジタル庁が2021年9月1日発足しました。
2001年に内閣に設置された「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)」や、その運営を担ってきた「内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室」などの機能を引き継ぎ、より権限を強化したのがデジタル庁ということになります。
デジタル庁発足から1カ月が経過しました。今回は、デジタル庁のもとで進められることになるマイナンバー制度の改革について、今後どのような展開が予定されているのか、現状とあわせて見ていきたいと思います。
デシダル庁のミッション・ビジョン
デジタル庁では以下のようにミッション・ビジョンを提示しています 。
ミッション
誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化を。
一人ひとりの多様な幸せを実現するデジタル社会を目指し、世界に誇れる日本の未来を創造します。
ビジョン
Government as a Service
国、地方公共団体、民間事業者、その他あらゆる関係者を巻き込みながら有機的に連携し、ユーザーの体験価値を最大化するサービスを提供します。
Government as a Startup
高い志を抱く官民の人材が、互いの信頼のもと協働し、多くの挑戦から学ぶことで、大胆かつスピーディーに社会全体のデジタル改革を主導します。
ミッションでは、「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化を。」を掲げています。これからのデジタル改革の基本法となるデジタル社会形成基本法の基本理念を引き継いだ内容となっているわけですが、「誰一人取り残さない」ことにこだわりすぎて、ビジョンの説明にあるような「大胆かつスピーディー」なデジタル改革を妨げることにならないようなバランスの取り方が課題になるのではないでしょうか。
ビジョンには「Government as a Service」と「Government as a Startup」が掲げられています。「Government as a Service」では「あらゆる関係者」を「有機的に連携」し、「ユーザーの体験価値を最大化するサービス」を提供するとしています。この「あらゆる関係者」と「有機的に連携」することは、これまでうまくできているとは言えないだけに、是非実現してほしいビジョンです。「Government as a Startup」でキーワードとなるのは「高い志を抱く官民の人材」、「多くの挑戦から学ぶこと」「大胆かつスピーティ」「社会全体のデジタル改革」といったワードになりますが、この通りスタートアップの精神でデジタル改革に取り組んでほしいと思います。
企業ではミッション・ビジョンを示すことで、社会に自らの存在意義や目指す価値などを明らかにすることは珍しくはありませんが、行政機関がミッション・ビジョンを明確に提示することは、これまでほとんどなかったと思います。デジタル庁が、掲げたミッション・ビジョンの実現に向けて、これからどのような活動をしていくのか注目していきたいと思います。
デシダル庁のもとでマイナンバー制度の改革は進むのか
(図1)は、デジタル庁のもとで開催される会議体について、提示されたものです。
この図にある「デジタル社会構想会議」の第1回が、2021年9月28日に開催されました。この「デジタル社会構想会議」については、「デジタル社会形成基本法の趣旨を踏まえ、我が国経済の持続的かつ健全な発展と国民の幸福な生活の実現に寄与するデジタル社会の形成に向け、同法に基づく重点計画等について調査審議を行うため、デジタル社会構想会議を開催する。」(デジタル大臣決定「デジタル社会構想会議の開催について」よりとされています。
会議の参加者は、民間の有識者や地方自治体の長などで構成されています。
この第1回の会議では、以下の議事のもと進行されたようです。
1.新たな推進体制について
2.これまでの経緯等について
3.自由討論
1.2.についてはデジタル庁から資料が提出され、3.については構成員からの資料が提出され、それらをベースに討論が行われたようです。 これらの資料の中で、マイナンバー制度の今後については、デジタル庁提出資料「これまでの経緯等について」で(図2)のような項目が列挙されています。
特にマイナンバー制度に焦点が当てられているわけではないですが、(図2)の「国民に対する行政サービスのデジタル化の推進」のページでは、これでもかというくらいマイナンバーカードが出てきています。
コロナ禍でデジタル化の遅れが顕在化したことに対する課題では、すでに話題になっている「マイナンバーカードを利用した公金受取口座の登録」の他にも、「マイナンバーカードも活用して、ワクチン接種証明のスマートフォンへの搭載を実現する。」としています。ワクチン接種証明のデジタル化への取り組みがこれからというなかで、「ワクチン接種証明のスマートフォンへの搭載」になぜマイナンバーカードが必要なのか、ここでは説明されていません。
2021年9月1日時点のマイナンバーカード交付枚数は4,761万枚強、人口に対する交付枚数率は37.6%となっています(総務省「マイナンバーカードの市区町村別交付枚数等について」より。(図2)にも記載されている通り、昨年の同時期の人口に対する交付枚数率は19.4%でしたので、1年間で8.2ポイント伸びてはいますが、まだ全人口の40%未満にとどまっています。
「ワクチン接種証明のスマートフォンへの搭載」はウィズコロナで社会生活をおくるうえで非常に大事になる機能だと考えています。確かにマイナンバーカードがあればよりスムーズにことを進めることができるのでしょうが、個人にかかわることだからといってなんにでもマイナンバーカードを使うという施策の建て方は問題ではないでしょうか。普及率が全人口の40%未満にとどまっているマイナンバーカードを使わなくても、接種した方へのスムーズな「ワクチン接種証明のスマートフォンへの搭載」が進むようにすべきだと思います。
(図2)で次の課題として掲げられているのも、マイナンバーカードの利活用ということで、マイナンバーカードをめぐる施策が並んでいます。 このうち、この10月から始まるのが「マイナンバーカードの健康保険証としての利用」です。
2021年9月22日の日本経済新聞では「マイナ保険証10月20日本格運用 対応済み医療機関は6%」という記事が掲載されました。この記事では、「全国約22万9000の医療機関のうち、12日時点で準備が完了している施設は約1万3000施設だった。そのうち既に利用が始まっているところは、3502施設と全体の1.5%にとどまった。」としています。
この「マイナンバーカードの健康保険証としての利用」は、この連載118回でも取り上げたように、本来2021年3月運用開始とされていたものが、システムトラブル等により10月に延期されました。この間多くの医療機関にとっては、コロナ禍の状況の中、「マイナンバーカードの健康保険証としての利用」のための準備にリソースを割くことができなかったという事情もあると思いますが、医療機関側が投資対効果を見いだせていない状況があるのではないでしょうか。
日本経済新聞ではさらに2021年10月3日「マイナ保険証対応は医療機関の責務だ」という社説を掲載しています。この社説では、医療機関側の「マイナ保険証を使いたいという患者ニーズが出てきたら考える」という声を紹介しつつ、「だが患者のニーズを確認してから医療機関が対応するというのは順序が逆ではないか。政府は医療機関のインフラを先に整えることでマイナンバーカードの利便性を高め、国民の利用促進につなげる戦略を採ったほうがよい。」とし、「マイナ保険証に対応するかどうかを病院や薬局の判断に委ねていては、状況はなかなか変わらないだろう。医療機関には期限を定めて対応を義務付けるべきだ。」と主張しています。そして、「デジタル技術を使った医療の効率化に協力することは、公的な医療保険から収入を得ている病院や診療所、薬局の責務だ。マイナンバーカードの普及を後押しするためにも強い措置が要る。」といった文章で社説を締めくくっています。
医療分野のデジタル化は、「デジタル社会」を実現するための必須の課題だと思います。「マイナンバーカードの健康保険証としての利用」は、その入り口であり、ここでもたもたしているようでは、オンライン診療などの課題もなかなか解決できないのではないでしょうか。
ただ一方で、この社説にある通り、「マイナンバーカードの交付率は現時点で人口の4割弱にとどまり、保険証として登録されたのは交付済みカードの1割しかない」現実は、医療機関側に「マイナ保険証を使いたいという患者ニーズ」がないものとして受け止められるのも理解できます。そのためか、この社説では最後の一文で「マイナンバーカードの普及を後押しするためにも強い措置が要る。」としています。
この現状にデジタル庁がどのように対応するのか、(図2)に示されているそのほかの施策では、マイナンバーカードとマイナポータルを使って「全市町村で子育て等主要手続のオンライン申請を可能に」することが、有効な施策と考えられます。
日常生活で役に立って便利であれば、自然とマイナンバーカードは普及するはずです。「マイナンバーカードの健康保険証としての利用」もその一つであったはずですが、こうも医療機関の動きが鈍ければ、その効果が見えてくるのはまだまだ先になりそうです。
個人が地方自治体などに対して行う行政手続きを、マイナンバーカードとマイナポータルを使って徹底的にデジタル化し効率化すること、ここでは地方自治体がその方向で足並みをそろえて動くかどうかが課題になります。そこをデジタル庁が主導して突破し、便利さを体感できるサービスに仕上げていくことができれば、自ずとマイナンバーカードは普及していくのではないでしょうか。
また、医療機関に対しても投資対効果が見えるような形で「マイナンバーカードの健康保険証としての利用」できる体制を整えるよう勧奨していくこと、これらを是非スピーディーに進めてほしいと思います。
マイナンバー制度はマイナンバーカードだけが課題ではありません。
この連載120回で取り上げた「情報連携」の不備も早急に対応すべき課題です。
(図2)では、「社会保障・税・災害の3分野以外に情報連携を拡大し、各種添付書類の省略を実現する。」としていますが、まず社会保障・税・災害の3分野で十分に情報連携が機能していない点をすべて洗い出し、そこから改善していくことに取り組んでほしいと思います。マイナンバーを使った行政手続きで行政側の効率化は一定進んだのかもしれませんが、マイナンバーを提出した個人や、そのマイナンバーを管理せざるを得ない事業者には、マイナンバー制度のメリットが見える状況にはなっていません。
マイナンバー制度を制度として機能させ、デジタル庁がミッションとして掲げる「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化を。」に向かっていくためには、行政側の情報連携がきちんと機能し、手続きにおける添付書類の省略といったレベルに止まらず、より簡単な方法で様々な手続きが完了するような仕組みにしていくべきです。
まだ、デジタル庁が発足して1カ月ですが、政府の従来のデジタル化方針を踏襲するだけでは、おそらく何も新しさを感じさせるようなことはできないのではないかと危惧しています。
今回、取り上げたマイナンバー制度についても、「人に優しいデジタル化」に向かって制度が改善、運用されていくような取り組みに期待したいと思います。
中尾 健一(なかおけんいち)
1982年、日本デジタル研究所 (JDL)入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問