ビジネス環境の激変に大きな影響を与えているものの一つがITです。しかもクラウドコンピューティングの波は今までのITと全く違う変化を社会に及ぼそうとしています。実はクラウドは技術的には大きな変化ではありません。しかし、IT以外のビジネスに大きな影響を及ぼし、変えようとしています。クラウドによる変化とは一体なんなのでしょうか。

クラウドが変えたものの一つは、ITへの挑戦リスクをゼロにしたこと

セミナーなどでクラウドを紹介する際、私はよく「サイボウズのクラウドが売れるのは、初期費用不要で1カ月でも解約できるからだ」と言います。

今ではITの導入といえば企業にとっては大きなリスクでした。何百万もかけて構築したシステムが全然使い物にならずに、埃を被ったまま放置されるようなことは、残念ながらよく聞く話でした。

車雑誌を買いあさって、教則本を穴の開くほど読んだところで、運転免許のない人が上手に車を運転することも、ドライビングの感触を語ることもできないのと同じように、ITシステム導入の経験のない人がどんなに真剣に考えても、IT導入のドライビングを完璧に想像することはできません。

いわば今までのIT導入は、免許のない人に理想のドライビングフィーリングの実現を求めたものといえるでしょう。

運良くハマる場合もあるでしょうが、大方は1年もしないうちに理想と現実のギャップを知り、運用に無理が生じ、そして1年もすると戦略事態が変わってしまい、結果として満足できない状態になってしまいます。

しかし、システム導入は通常は5年程度の償却を前提に行っていますので、5年間は変更できずに悩むことになります。そういう話が巷に山のように転がっているので、次から導入を考える人はなおさら慎重になり導入に時間がかかります。

しかし、クラウド時代はその変化のスピードが違います。単にソフトウェアやサーバだけではなく、世界中に広がるネットワークで運営できる大規模な情報システムを、初期投資も無く、使いたいときすぐに使えるようになっています。

さらにキーボードに馴染みのない職種でも、従来は専用の端末を高額で導入したのに比べ、スマートフォンやタブレットなど、どこにでも売っていて普段から使っている安いお馴染みの端末でやりたいことが実現できるようになったことです。

今まで情報ネットワークと無縁だった業種や職種、そして中小零細といった規模の企業でも、資金的な心配と失敗時の撤退リスクを考慮すること無く、情報ネットワークの恩恵を受けることができるようになりました。

これによって、今までは大企業のしかも企業内にとどまっていた変化の波が、企業間や中小零細企業にも及んできます。導入を慎重に検討する必要はなくなりました。半年かけて慎重に検討する人件費を考えれば、5人で1カ月使ってみて辞めても実費は1万もかからない場合もあります。そして違うシステムを入れることもできます。必要なのは資金や経験豊富なコンサルタントではなく、新しいものにチャレンジする好奇心です。つまり好奇心と想像力があれば、大企業と同じようにIT活用にチャレンジすることができるのです。

そして、結果として資金を蓄積した大手や老舗より先に、資金はないがチャレンジ精神に溢れるベンチャースピリットを持った経営者が導入し、会社を変えていきます。結果としてどんどんビジネス構造が変わっていくのです。

Googleとfacebookが変えた情報システムのあり方

情報システム部門にとって、クラウドは厄介な存在です。少し内部事情をお話すると、筆者の勤務するサイボウズでは当初パッケージソフトの売上が落ちて、その分がクラウドの新規導入につながると考えていました。ところが、実際にはパッケージの売上の推移とは関係なく、クラウドの導入数は伸びています。

よく分析してみると、クラウドの導入数を支えているのは、それまでとは違う業種、職種の管理者の方でした。特に士業の経営者や、中堅以下の企業の非IT部門のマネージャーが目立ちます。情報システム部門がない会社もありますが、情報システム部門をバイパスして発注している方も多いようです。

技術的な障壁が取り払われた結果、サーバ管理の知識がなくてもITを活用することができるようになったこと、そして初期投資が低くなったことで、計画的なロードマップや予算申請が必要なくなり、情報システム部門以外でもITを活用することが可能になったことが背景としてあるでしょう。

これが、企業の情報システムにどういう変化をもたらすか考えてみるとき、我々が普段使っているインターネットサービスを例えに出すとわかりやすいかと思います。

Googleがなかった頃、情報システムは杓子定規でした。何年もかかる構築計画を綿密に書き上げ、予算取りをして、自社の業務フローを膨大なフローチャートに記して、顧客や売上のデータベースを設計し、それぞれのフィールドにきっちりとしたデータをしかるべき規則で入れました。銀行のATMキャッシュサービスなどはそうやって何十年もかけて構築され普及してきました。

そして普通の企業の基幹システム導入も、誰かが代表でデータを決まった形式で入力して整合性を保ってきました。顧客データベースもその流れで設計され、同じような構築、運用を行っていることが普通です。しかし、インターネット上のさまざまな新しいサービスは、それをはるかに上回るスピードで成長しました。

Googleのデータ収集は、決まったフィールド枠に誰かが定形データを放り込んでいく方式ではありません。すでに広く知られているように、データ収集ロボットがインターネット中のデータを毎日巡回して収集してデータベース化していきます。ビッグデータと呼ばれるデータは概ねこうやって収集されます。

それは、入力する規則があって、係がいて、というのとはスピードも量もまるで違います。今日起きた世界中の出来事が、Googleの検索窓に単語や文章を放り込むだけで、誰でも得られるのです。

かたや、企業では今日の売上がいくらか1カ月経ってやっとわかるようなシステムが今でも主流です。セキュアではあっても硬直した情報伝達網のままであるため、企業合併や業績発表など、大企業の一大事でさえ、社員が社内システムではなく、Google検索で得ることがしょっちゅうです。

facebookもデータ収集のやり方が今までとは全然違います。顧客満足度向上や顧客管理を目標にコツコツと顧客データを集めている企業は枚挙に暇がありませんが、既存のお客様はともかく、今からの見込み客の情報が充実している会社はあまり聞きません。

しかし、Googleで企業の業績とニュースを調べ、facebookで役員や社員を検索すれば、幹部社員の誕生日から趣味、昨日何を食べたかまでわかります。facebookがそれを調べているわけではありませんし、お金をだしてデータを入手しているわけでもありません。ユーザーが自ら望んで長い時間をかけて、聞いても教えてくれないような個人情報をコツコツと入力して公開しているのです。

企業の情報システムは明らかに時代の流れについていけなくなっています。もし、自社のお客様がみんな会社のfacebookページに、「いいね!」してくれれば、顧客データベースは一瞬にして完成するでしょう。そして、クラウドはそれを投資らしい投資もなく現実にできる可能性を秘めています。

コンビニに見るこれからのビジネスモデル

クラウドは、このようにビジネス環境を一変させる可能性を秘めています。一部の大企業でしかできなかったビジネスモデルを創意工夫次第で誰にでも実現できるようになるのです。

例えば、コンビニエンスストアの場合、学生3人を3日間教育すれば、ひと通りの業務はこなせるようになります。たかが店番と思うなかれ、コンビニでできることはものすごく多岐にわたります。現金支払のレジはもちろんのこと、カードやICカードやクーポン、サービス券でも対応できます。そして宅配便の受付に公共料金の支払、その後ろではからあげクンを揚げて、隣ではおでんを温めながら棚卸しに商品の発注、コンサートチケットの予約販売、ATMと一昔前なら商店街を一周りしないと出来なかったことが可能になっています。

これを支えているのが、物流システムとITシステムです。売れた商品の数はすぐに本部に送られ、データとして貯められます。宅配便やチケットなど頻度が多くなくて扱いの難しい商品は、バーコードをレジで読み込むと、POS端末の裏にマニュアルが表示され、それを読めば誰でも手続きが進むようにできています。

このようにITの支援は多岐にわたりますが、店内にパソコンで使うようなフルキーボードはありません。「IT=PCとキーボード」というのはデスクワーカーや従来の情報システムの固定概念です。本当に先進的なITは、高齢者でも使えるものであり、誰でもその恩恵を受けられるものです。

今まではそれを何億という投資を行って、専用のネットワークを整備し、専用の端末を揃え、専用のシステムを一から構築して作ってきました。しかし、今はそれが市販のタブレットやスマートフォンとクラウドサービスの組み合わせで作れます。高度にシステム化されたコンビニをやるのは難しくても、飲食店のタッチ式の注文端末程度の導入はもう誰でも可能な時代です。このシステムを構築も、勉強や大きな資金は不要です。それより早くトライするほうが俄然有利です。

従来の情報システム部はITを活用してビジネスモデルを変えるなんていうダイナミックなアクションや思考をあまりやってこなかったわけですから、情シススキルによるアドバンテージはそれほど高くありません。むしろ先進的で斬新な考えを持つ、ITよりビジネスに挑戦的な人がやったほうが、既成概念にとらわれない大幅なコストダウンや革新的なIT活用を成し遂げるような気もします。

何度も繰り返しになりますが、IT投資はもう高額のものではありません。新車で用意していた社用車を一台中古車に変えれば、それだけで十分な原資が準備できます。

クラウドこそが中小企業ビジネスを救う

これからのビジネスモデルを考える上で、クラウドやモバイル端末の登場とあわせて重要なことは日本の人口は減ってゆくという予測です。特に国内の中小企業においては、顧客数の減少という意味で今後切実な問題になってきます。

統計資料によって、若干の差はありますが大規模な移民政策を取らない限り、2050年までに日本の人口は3割程度は減り、2100年までには確実に半分を切ります。そして急速に高齢化が進みます。2050年といえば遠い話に聞こえますが、平均寿命からして今の40代は9割くらいの確率で生きているでしょう。

バブル世代が経験した拡大をベースにしたビジネスモデルは、もう成り立たなくなってきています。成長期におけるビジネスは、新品を売って利益を稼ぎ、メンテナンスは持ち出しでというパターンも多かったのですが、新品が売れなくなってしまえばメンテナンスだけで利益を出さねばなりません。

そして急速な高齢化と過疎化です。高齢化と過疎化は、ビジネスにおける移動距離を増やします。エアコンの故障を半日かけて、見に行ったらリモコンの電池切れだったとしたら、人件費も含めた料金を請求できるでしょうか? この場合、リモコンの電池切れが現地に行かなくてもわかれば、移動費が節約できます。

またお客様だけではなく社員も高齢化していきます。再雇用や高齢者の雇用で若者並の記憶力や応用力を求めるのは難しくなるかもしれません。この場合もクラウドやタブレットは役に立ちます。手順やチェックリスト、マニュアルが手元に表示されれば、不足した記憶力や応用力を補うことも可能です。高齢化だからITがムリ、なのではなく、高齢化するからこそ、ITが必要になるのです。

ところで、このITやクラウドによるビジネス環境の変化は、ワークスタイルや労働観も変えようとしています。第一回で書いたように、イケイケな上の世代とクレバーだけどマイペースな若い世代に挟まれて悩むのがバブル世代。次回は、ビジネス環境の変化とクラウドへの対応から逃げられない40代が知っておくべき、クラウドがもたらす価値観の変化と求められるスキルについて考察します。

著者プロフィール

野水 克也(のみず かつや)
 サイボウズ 営業・マーケティング本部フェロー

1989年新卒で入社したプロダクションでテレビカメラマン(途中よりディレクター兼務)を勤め、報道からワイドショー、ドキュメンタリー、情報番組など多様な雑学と取材テクニックを学ぶ。

1995年に実家の零細建設業に入り半年後に代表取締役となる。業界団体の県統一積算プログラムの開発プロジェクトのリーダーを務めた際に本格的にITに興味を持つ。

2000年、中小企業でのインターネット普及の可能性を感じて、サイボウズ入社。IT業界一でベタだった広告宣伝を担当した後、営業マネジャー、製品責任者、マーケティング部長を歴任して現職へ。

テレビカメラマン、ディレクター経験を活かした成長企業の取材を元に、中小企業経営者向けの啓蒙記事の執筆や年間50回を超えるセミナー講演などで全国を飛び回っている。

セミナーでは経営者向けの真面目な話が主だが、得意のマーケティングでは意外性重視。IT業界一ベタと言われたネット広告はもちろん、首都圏の電車中にCD-ROMを吊り下げたり、社長に内緒でエイプリルフールに嘘製品をリリースをしたりやりたい放題。もちろんカメラ好きで、最近はダイエットを兼ねて自転車で被写体をブラブラさがすのが休日の定番。たま~にガジェット通信でも記事書いてます。バブル世代だが、バブル時代にはテレビ業界の底辺で奴隷以下の扱いを受けていた悲しい過去をもつ。

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