前回は、歩兵の情報武装化を図るために個人単位でネットワーク化を図るための通信インフラについて取り上げた。すると次は、その通信インフラを介して得られた情報を表示したり、逆に個々の歩兵から情報を上げたりするための端末機器をどうするか、という話になる。
安く、小さく、軽く
本連載の第61回で指摘したように、ただでさえ歩兵が持ち歩くべき装備の数や重量は多い。だから、そこに将来個人用戦闘装備が加わることで「荷物運びのロバ」みたいになってしまい、身動きが取れなくなったのでは困る。そこで使用する機材は、できるだけ小さく、軽くまとめる必要がある。
そして、なにしろ歩兵というのは陸戦の基本であるだけに数が多いから、その全員に支給するためには、できるだけ安価に仕上げることも重要である。情報化というのはどんな分野でもそうだが、組織全体まで行き渡らせないと意味がない。
そういう意味では、ノートPCは歩兵に対する個人レベルの情報化には向かないデバイスである。しつこいようだが、すでに歩兵が持ち歩く装備の数も重さも相当な量に達している。そこに、本体だけで1kg以上もあり、しかも画面サイズもそれなりにあるノートPCが加わったら、もう仕事にならないだろう。
第一、いちいちディスプレイを開いてキーボードで操作するのでは、目立ちすぎるし、迅速に使えない。暗闇の戦場で大きなディスプレイが光ったら、敵兵を吸い寄せる誘蛾灯の役割を果たしてしまうという懸念もある。
そうなると、昔でいうところの携帯情報端末(PDA : Personal Digital Assistant)みたいな機材の方が向いている。だいぶ昔の話になるが、マイクロソフトのWindows CEを使用するコンパック社(当時)製の「iPAQ」というPDAがあったが、それを耐衝撃用の保護ケースに収めた軍用製品が作られたことがあった。
しかし今なら、スマートフォンをそのまま、あるいはそれをベースにした製品にするのが現実的だろう。むやみに大型化するのは望ましくないし、両手を空けておきたいところだろうから、その気になったらバンドで腕に固定できる程度のサイズにできれば望ましい。
もちろん、スマートフォンならノートPCと比べるとバッテリ持続時間が長いし、本体が小型軽量にまとまるから、荷物を減らす役に立つ。このメリットは大きい。
スマートフォンを利用する利点
スマートフォンを軍用の個人向け情報端末に転用する利点は、まだいろいろある。
まず、もともと3Gや4Gの移動体通信、そしてIEEE802.11無線LANといった通信デバイスを内蔵しているから、改めて外付けの通信機器を用意して接続する手間がかからない。そこで、前回に言及した「戦場に持ち込む基地局」に3Gや4GやIEEE802.11の設備を流用すれば、容易にネットワークへの接続性を確保できる。
また、ハードウェアもオペレーティング・システムも既製品を利用できるから、使用する兵士の多くが操作に馴染んでいるだろうし、もちろん調達・教育にかかるコストの低減にもつながる。
そして、ソフトウェア開発環境が整っているから、あとは軍用に適したアプリケーションソフトを開発すればよい。実際、レイセオン社のRATS(Raytheon Android Tactical System)を初めとして、スマートフォン向けに「軍用アプリ」を開発した事例はすでに存在する(参考 : RATSの製品情報ページ)
RATSの場合、たとえば米軍が使用している情報共有・配信システム、DCGS(Distributed Common Ground System)にアクセスするための「軍用アプリ」がある。これを使えば、手元のスマートフォンから最新情報のデータベースにアクセスできるわけで、まさに「指先で情報を(information at your fingertips)」を地で行っている。
さらによくしたことには、静止画や動画を扱うための環境がもともと整っているし、メッセージング機能もある。だから、無人偵察機から動画の配信を受けたり、兵士同士でテキスト・メッセージをやりとりしたりするのは(プロトコルさえ同じものを使用すれば)すぐに実現できる。そもそも最近では、軍用システムで動画を扱う際の各種規格からして、民生品と同じものを使用するケースが増えている。
ただしもちろん、軍用に使用するものだからセキュリティ対策をどうするかという課題はあり、そこでは独自の工夫が求められる。ことに、端末を紛失したり、破壊された端末が戦場に残されたりする事態にどう対応するか、といったあたりで、軍用品に独自の工夫が求められるだろう。
だから、市販の製品を何でも好きなように使ってよいわけではなく、軍の情報システム部門が検証やシステム開発を行った「公認製品」に限って導入を認めるのが現実的だ。
ちなみに、本稿では陸軍の歩兵の話をメインにしているが、米空軍で航空機の整備員に持たせる情報端末機器として、ノートPCの代わりにiPadを試用する事例も出てきている。こちらの方が軽くて扱いやすいのだそうだ。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。