今回でひとまず、F-35ライトニングIIの話題は終わりである。そこで最後に、F-35の操縦システムについて取り上げておこう。コンピュータ制御でなければ実現不可能な話なのである。

F-35Bは垂直離着陸が可能

日本で導入するF-35Aは普通に滑走路を使って離着陸するタイプだが、基本的に同じ機体やシステムを共用しつつ、空母発着艦が可能なF-35C(米海軍向け)と、垂直離着陸が可能なF-35B(米海兵隊向け)を同時並行開発しているのが、F-35計画の特徴だ。

このうちF-35Bは垂直離着陸を可能にするために、エンジンから前方に伸びたシャフトで駆動するリフトファンをコックピット直後に設けており、垂直離着陸時に上下の扉を開いて作動させる。それと併せてエンジンの排気ノズルを下に曲げることで、機体を支えるための推力を生み出している。

ただし、エンジンとリフトファンが発揮できる推力の合計が、機体の重量を下回ると垂直離着陸ができない。そのため、垂直離陸しようとすると、兵装や燃料の搭載量に制約が加わってしまって具合が悪い。こうした事情から、通常は短距離滑走離陸・垂直着陸で運用をする。滑走離陸すれば主翼の揚力が加わる分だけ条件が良くなるし、帰還の際には兵装も燃料も消費して軽くなっているから垂直着陸しやすい。

問題は、その短距離陸や垂直着陸の際の操縦である。普通の飛行機は以下のように3種類の操縦翼面を持ち、これらの動きを組み合わせることで上昇・降下・旋回を行っている。

  • 補助翼 : 主翼後縁部に取り付けてあり、前後軸を中心とする左右方向の傾きを制御する。操縦桿を左右に動かして動きを指示する
  • 昇降舵 : 水平尾翼に取り付けたり、あるいは水平尾翼そのものを動かしたりして、左右軸を中心とする前後方向の傾きを制御する。操縦桿を前後に動かして動作を指示する
  • 方向舵 : 垂直尾翼に取り付けたり、あるいは垂直尾翼そのものを動かしたりして、上下軸を中心とする左右方向の向きを制御する。左右のラダーペダルを踏んで動作を指示する

ところがF-35Bでは、さらにリフトファンを動かしたり止めたり、排気ノズルの向きを変えたりといった操作まで加わる。パイロットの手と脚は2本ずつしかなく、それらは操縦桿、エンジン推力を制御するスロットルレバー、そして左右のラダーペダルでふさがっている。そこからさらに、別のレバーでリフトファンや排気ノズルの向きを変えるのでは、忙しくて大変だ。訓練が大変になるし、操作ミスによる事故の危険性も出てくる。

フライバイワイヤとコンピュータ制御

実は最近の飛行機では、フライバイワイヤ(FBW : Fly-by-Wire)が主流になっている。操縦桿やラダーペダルを使って直に操縦翼面を動かすのではなく、操縦桿やラダーペダルの操作をいったん飛行制御コンピュータへの入力として、そこから飛行制御コンピュータが操縦翼面に、電気信号で動作の指示を出す方法だ。

こうすると、空力的に不安定な形状・配置の飛行機を安定して飛ばしたり、危険領域に入らないように無茶な操縦操作を自動的にカットしたり、ボタン操作ひとつで水平直線飛行に復帰させたり、といったことが可能になる。F-35も御多分に漏れず、FBWを使用している。

F-35Bの場合、その飛行制御コンピュータがさらに、排気ノズルやリフトファンの動作まで面倒をみている。だから、パイロットは「えーと、操縦翼面の向きがこうなっているのを、こう変更して、さらに排気ノズルの向きをこうして……」などと、いちいち考えながら操縦する必要がない。操縦桿やスロットル・レバーを使って「機体のあるべき飛び方」を指示するだけで、後は飛行制御コンピュータが自動的に、関連する操縦翼面の向き、リフトファンの作動/不作動、排気ノズルの向き、エンジン出力を制御してくれる。

ちなみにF-35Bの短距離離陸というのは面白くて、リフトファンを作動させてエンジンの排気ノズルを斜め下方に向けるだけでなく、昇降舵(正確には、水平尾翼全体が動くものでスタビレーターという)の向きが普通と逆である。

普通、滑走離陸の際には昇降舵やスタビレーターが前下がりになり、下向きの力を発生させる。それが機首を上に向ける方向に働くわけだ。ところがF-35Bの滑走離陸では、スタビレーターが前上がりになっている。すると上向きの力を発生させることになって機首が下がってしまいそうだが、そんなことはない。

推測だが、これも揚力を増やすための動作ではないだろうか。前方にはリフトファンがあるが、それにスタビレーターを加勢させれば、さらに揚力が増える。しかし、リフトファンの揚力とスタビレーターの揚力の間で適切にバランスをとるには、リフトファンとスタビレーターの作動角を統合制御しなければならず、そうなると飛行制御コンピュータの出番である。

通常モードで離陸するF-35B。排気ノズルは後ろを向いており、(角度が少なくて分かりにくいが)スタビレーターは一般的に前下がりになっている(出典 : USAF)

短距離滑走離陸するF-35B。コックピット直後ではリフトファン上下の扉が開いており、エンジンの排気ノズルも斜め下に向けている。通常の飛行機の離陸とは逆に、前上がりになったスタビレーターに注目(出典 : US Navy)

スタビレーターを前上がりの向きに作動させるには、離陸の際に操縦桿を引かずに前方に押さなければならない。ところが、それではパイロットが受けてきた訓練の内容からすると、「地面に突っ込んでしまう」と思われそうだ。しかも、この操作が必要なのは短距離離着陸のときだけで、通常モードの離着陸ではスタビレーターを普通の向きに動かす必要がある。モードによって操縦桿を押したり引いたりするのは混乱の元だ。

そのことを勘案すると、F-35Bでは短距離離着陸モードにセットした際に、飛行制御コンピュータが自動的に動作内容を変えて、スタビレーターを前上がりの向きに作動させているのではないかと考えられる。そうすれば、パイロットはモードに関係なく、離陸の際には操縦桿を引けばよい。こんな器用な仕掛けは、飛行制御コンピュータが介在していなければ実用にならない。

こういう調子だから、FBWのソフトウェア開発は重要な仕事であり、かつ、飛行試験に入る前に入念なテストを行っておく必要がある。実際、F-35ではないが、FBW関連のトラブルで墜落事故を起こした戦闘機もあるのだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。