前回はイントロということで、「極超音速飛翔体とはなんぞや」という話を取り上げた。今回はその続きで、「飛来する極超音速飛翔体を探知・追尾する」という課題について検討してみる。まず飛来する脅威の探知・追尾ができなければ、迎え撃つも何もあったものではないからだ。

回転式アンテナでは間が開きすぎる

レーダーというと一般的に想起されるのは、回転式のアンテナがぐるぐる回っている姿ではないだろうか。空港に設置されている管制用のレーダーは、大抵このスタイルである。

  • 海上自衛隊で使われている、OPS-24レーダー(右)とOPS-14レーダー(左)。一般に「レーダーのアンテナ」というと連想されるのは、この手の回転式だろう

このタイプのレーダーでは、全周を同時に見ることはできない。例えば、アンテナが毎分10回転するレーダーであれば、特定の方位について探知情報が得られるのは6秒に一度である。ということは、探知目標の速度が速くなるほどに、あるスイープと次のスイープの間に探知目標が移動する距離は増える。500km/hと5,000km/hなら10倍違う。

ちなみに、5,000km/hを秒速に直すと1,389mである。6秒間隔だとすると、その間に探知目標は8,333mも移動してしまう。小田急小田原線でいうと、新宿駅から千歳船橋-祖師ヶ谷大蔵間ぐらいまでの直線距離だ。そんな悠長な探知をしていたのでは、防空の役に立たない。

回転式アンテナを使用するレーダーで回転速度が速いレーダーというと、BAEシステムズのサンプソンやレオナルドのEMPAR(European Multi-function Phased Array Radar)といった艦載レーダーがあり、どちらも毎分60回転。つまり1秒で一周する。このうちサンプソンは背中合わせに2枚のアンテナを持っているから、0.5秒ごとに探知できる計算になる。とはいえ、極超音速の領域に達すると、これでも十分といえるかどうか。

だから、回転式アンテナを使用する艦載対空レーダーで「弾道ミサイルの探知もできます」といった場合、弾道ミサイル探知のモードに切り替えて、アンテナを脅威の方向に固定するものと考えなければならない。その一例がタレスのSMAT-L MMで、アクティブ・フェーズド・アレイ化したアンテナを持ち、特定範囲内に限定して高速に走査できるようになっている。

その点、電子的にビームの向きだけを変えるフェーズド・アレイ・レーダーは有利だ。事実上は同時にといっていい頻度で、四方を同時に監視できる。以前に本連載で取り上げたことがある、レイセオンのAN/SPY-6(V)1 AMDR(Air and Missile Defense Radar)にしろ、ロッキード・マーティンのAN/SPY-7(V)1やLRDR(Long Range Discrimination Radar)にしろ、アクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーであり、広範囲の同時監視に強い。だから、高速で移動する探知目標の追尾にも具合が良い。

  • 海上自衛隊の「あきづき」型護衛艦が搭載するFCS-3Aも、アクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーのひとつ。ただしこれが極超音速飛翔体を探知・追尾できるかどうかは知らない

シグナル処理という課題

しかし、探知頻度の問題だけではないところが難しい。

前回にも書いたように、大気中を極超音速で飛ぶ飛翔体の周囲では、空気のプラズマ化現象が起きるとされる。それによる影響として、例えば外部から電波で指令を送るようなことができなくなるという。プラズマ化した大気で、電波の伝搬が阻害されるということか。

とすると、これはレーダー探知にも何らかの影響を及ぼすと考えられる。レーダーは御存じの通り、電波を発信して、それが何かに当たって反射してきたときに、反射波を受信することで探知を成立させる機材だ。だから、たとえば反射波の強度が落ちたり、広い範囲に拡散したりすると、探知は困難になる。

そこで問題になるのが、シグナル処理。第2次世界大戦の頃に使われていたレーダーは、受信した反射波の強弱がそのまま、スコープの波形として現れていた。強い反射波を受信すればピンと立った波形が表示されるし、弱い反射波を受信すれば、立ったかどうか定かでないような波形が表示される。

しかも、本物の探知目標に加えて、背後にある余計なものからの反射波もごっちゃになって現れる。その中から本物の探知目標を見分けるのは大変だ。

そこで、受信した反射波のシグナルをデジタル化してコンピュータに取り込み、コンピュータに処理させるようになった。特定の条件を与えて、それに合致するシグナルだけ拾い出すようにすれば、本物の探知目標を拾い出すのは容易になる、と期待できる。例えば、移動している探知目標ならドップラー効果によって周波数が変わるはずだから、そういうシグナルだけ拾い出せば良いという理屈だ。

では、極超音速飛翔体ではどうか。例えば、プラズマ化した大気の影響によって、反射波に何らかの明瞭な特徴が生じてくれれば、仕事はいくらか楽になる。その「明瞭な特徴」に合致するシグナルを拾い出すように、シグナル処理用のソフトウェアを書くという理屈だ。

しかしそれをやるには、まず「明瞭な特徴があるか、あるとしたらどんなものか」を知らなければならない。それがわからないのにシグナル処理のソフトウェアは書けない。そして、ソフトウェアを書いたら、それが能書き通りに機能するかどうかをテストしなければならない。テストするためには、実際に極超音速で飛ぶターゲットを飛ばす必要がある。

現時点で、「うちのレーダーは極超音速飛翔体を追尾できます」「うちのレーダーは極超音速飛翔体を追尾するモードがあります」といっているメーカーはいくつかあるが、それを実現するために何をどうしているか、どのレベルまで実現できているかは秘中の秘であろう。

なんにしても、ソフトウェアによるシグナル処理にはメリットがある。過去には不可能だった探知・追尾がソフトウェアの更新によって可能になるとか、探知・追尾の精度がソフトウェアの更新によって向上するとかいった具合だ。ハードウェア処理では、こうはいかない。機能の追加や改良に際しては、いちいちハードウェアを取り替えなければならない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。