今回から、サプライチェーンリスクの話について書いてみようと思う。「軍事とIT」という看板からはいくらか外れる部分もあるが、電子部品もサプライチェーン問題の1つだし、企業経営の観点からすると無視できない大問題ではある。
親会社が中国企業!?
2019年6月の半ば、イギリスで「F-35のサプライチェーンに、中国企業の傘下にある企業が加わっていた」という話が報じられて騒動になった。
「テレグラフ」(2019年6月14日付)によると、これは英国防省が明らかにした話で、「エンジン、灯火、燃料、航法など、F-35の多くの中核機能をコントロールしている部分の部品」だという。
英国防省はこの件について、「サプライチェーンをリスクに晒すものではない」としている。とはいえ、スカイ・ニュースの報道で指摘されたように、「カスタマーがあずかり知らない形で、機能に変化が加わる懸念は残る」というのが正直なところであろう。
問題の会社は、イギリスのイングランド西部、グロウセスターシャーにあるエクセプションPCB。1977年にイギリスで創設、2000年にアメリカのDDI社傘下に入ったが、その後、2013年に中国の深圳興森快捷電路科技(Shenzhen FastPrint)が買収して傘下に収めた。
エクセプションPCBは、事業としてペイさせるのが難しい、比較的少量の回路基板生産を迅速に実現できることを売りにしている企業だ。なお、PCBといってもポリ塩化ビフェニルではなくて、プリント回路基板(Printed Circuit Board)のことである。
この会社の取引先は多岐にわたり、航空宇宙、防衛、医療、自動車、通信、再生可能エネルギー、産業用ロボットといった分野にわたる。そして、航空宇宙・防衛分野が最大の売上比率を占めており、その数字は23%となっている(2017年の数字)。
防衛関連では、BAEシステムズ、キネティック(QinetiQ plc)、GEエヴィエーション、レオナルド、サーブ、タレス。民生向け電子機器メーカーではARM、クアルコム、モトローラ、ダイソン、シーメンス、マクラーレン、ボッシュ、フィリップスといった取引先があるという。なじみ深い名前ばかりだ。
問題の本質はどこか
では、中国企業の傘下にある企業がF-35のサプライチェーンに加わっていたという問題の本質は、どこにあるのか。
まず、製品そのものに関する信頼性が疑われる。無論、納入する製品に関する何らかの検証は行われていると考えるのが自然だが、誰かが本気で何かしらの細工をしようとすれば、簡単にわからないようにするぐらいのことはするだろう。
それよりもむしろ、F-35で使用している電子機器の「生の姿」が、中国サイドに流れる危険性のほうが大きなリスク要因といえるのではないか。電子機器の構成や機能に関する情報が漏洩した時に、どうすれば機能不全を起こさせることができるか、といった類のことを考える事態になっても驚きはない。
なんにしても、どの部分で使用している、どんな機能を受け持つ回路基板がエクセプションPCBで作られていたのかが分からなければ、影響の度合いを推し量るのは難しい。
F-35統合計画室やロッキード・マーティン社は当然、問題の回路基板がどこで用いられているのかを把握しているだろうが、その情報が表に出てくる可能性は低いと思われる。それをやったら、それこそ藪蛇だ。
このほか、資本関係にあれば当然、親会社の深圳興森快捷電路科技から役員が送り込まれてくると考えられ、それは企業の意思決定に何らかの影響を及ぼす。そのことも留意しておく必要はあるだろう。
当然の反応というべきか、当のエクセプションPCBでは「我が社と親会社の間には明確なファイアウォールがある」と説明している。ロッキード・マーティンでも「エクセプションPCBは、機微情報へのアクセスはできないようになっている」としている。
ここまでクリティカルではなさそうだが、我が国でも「防衛装備品の納入元の親会社が……」という類の話はある。それが、陸上自衛隊でヘリコプター操縦者を訓練するために使用しているエンストロム製のヘリコプター「エンストロム480」(陸自での名称はTH-480B)。そのエンストロム(Enstrom Helicopter Corp.)の親会社は誰か。
実は、エンストロムは2012年12月に、重慶直昇機産業投資公司(CQHIC : Chongqing Helicopter Investment Co., Ltd.)の傘下となっている。つまり陸自のヘリコプターに中国資本のメーカーが関わっている製品が存在する事態になっている。
もっともこれは、陸自が2010年にエンストロム機の採用を決めた後で資本関係が変わってしまったので、陸自に手抜かりがあったわけではない。アメリカの国防総省や商務省が動くならまだしも、陸自が買収阻止に向けて動くにも行かなかっただろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。