日本国内で自然災害が発生すると、航空自衛隊のRF-4E(またはRF-4EJ)偵察機が、被災状況把握のために出動する。元が戦闘機だから足が速いし、高い解像度で広い範囲を写真に収めることができるカメラも備えている。唯一の泣き所は……その話は追って書くことにして。

  • 航空自衛隊のRF-4E偵察機 撮影:井上孝司

    航空自衛隊のRF-4E偵察機

軍用機の発端は偵察機

古来、戦争では高所の奪い合いが発生していた。日露戦争における激戦の1つとして旅順攻略戦の激戦地となった「203高地」が知られているが、これも高所の奪い合いの一種だ。では、どうして高所の奪い合いになるのか。

理由はいろいろあるが、その1つに「高いところに登れば、遠くまで見渡すことができる」があるのは確かだ。低いところから近隣だけを見るよりも、高いところから遠方まで見るほうが、状況認識の面で有利である。なによりも、敵の来襲を早期に察知できると期待できる。

ところが、地べたの上を行動している限り、既存の山や丘などの高地を占領する以外に、「高所を手に入れる」手段がない。木の上に登る程度では、見通せる範囲が広くなるといってもたかが知れている。

空を飛ぶ手段を手に入れることができれば、その状況が一変する。だから、最初は飛行船、続いて飛行機によって、高所から偵察するという発想が生まれた。初めて登場した軍用機が、戦闘機ではなく偵察機だったのは、よく知られている通りである。

では、偵察の手段はどうするか。最初はパイロットとは別に偵察員を乗せて、目視、あるいは望遠鏡や双眼鏡を使って観測した。目視観測の場合、どんなものを見たかを報告する手段は、その偵察員の記憶と言葉しかない。報告の際に添えられるエビデンスがないのだ。こんな書き方をすると、偵察員の能力に疑義を呈するみたいで申し訳ないのだが。

ミッドウェイ海戦の時に、日本海軍が飛ばした偵察機の中の一機から「空母らしきもの一隻を伴う」という報告が上がったのは有名なエピソードだが、この報告は無線電信によって文字情報として送られていた。

だから、それを受け取った機動部隊の指揮官にしてみれば、文字情報に基づいて判断を下すしかない。写真が添えられていれば、それを受け取った側でも「これは何だろう?」と検討できただろうけれど。

写真偵察機の登場

では、偵察機が現場でどんなものを見たかを説明できるエビデンスを確保するには、どうするか。それには映像を記録する手段が要る。そこで、カメラを搭載した偵察機、いわゆる写真偵察機ができた。

昔は前述のように、人が眼で見て文字で報告する偵察機もあったから、それと区別するために、わざわざ写真偵察機という呼称を必要とした。しかし現在では、映像で報告を上げるのは当たり前だから、殊更に写真偵察機と呼ぶ理由はなくなった。

その映像も、当初は銀塩カメラでスタートした。情報を受け取る側の立場からすれば、「高精細な写真が欲しい」という当然の要求だけでなく、「広い範囲をカバーした写真が欲しい」なんていう話も出てくる。

しかし、同じ敵地の上空を何回も行ったり来たりしながら写真を撮っていたら、危なくて仕方がない。そこで、パノラミックカメラで左右の広い範囲をカバーしたり、複数のカメラを搭載して一度に多様な偵察写真を撮影できるようにしたり、といった工夫をしている。

  • RF-4Eの機首には、前下方、下面、両側面にカメラ窓が付いていて、複数のカメラを併用して一航過でまとめて撮ってしまう

さらに、「夜間でも偵察したい」という要求も出てくる。しかし夜間には可視光線は使えないし、撮影のために照明弾を投下すれば「今、頭上からのぞき見していますよ」と敵に知らせる結果になってしまう(実際には、レーダーで上空を捜索すれば分かってしまうけど)。そこで、夜間でも使用できる赤外線カメラを搭載する偵察機が出てきた。

合成開口レーダー(SAR : Synthetic Aperture Radar)を使用すれば、目標地域が雲に覆われていても地表のレーダー映像を得ることができるが、波長の関係で可視光線より質が落ちるのは致し方ない。

偵察手段のデジタル化

われわれが使用するカメラがデジタルに移行したように、偵察機が使用するカメラも銀塩からデジタルに移り変わってきた。

「いや、実は銀塩のほうが高精細な写真が撮れるんですよ」といっても、戦術的観点からいってデジタルの優位は覆せない。コンピュータで処理したり保存したりできるほか、撮ったその場でデータを送れるからだ。銀塩だと、撮って持ち帰ってきたフィルムを現像して、それを印画紙に焼き付けるまで結果が分からない。

というわけで次回からしばらく、この「現代の航空偵察システム」についていろいろ書いてみようと思う。意外なほど情報通信技術が活用されている分野だ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。