昨今では「ドローン」というと無人の飛行物体全般、中でも空撮用の電動式マルチコプターを指す場面が多くなってしまった。しかし、ことに軍事航空の世界では、ドローンというと、昔から無人標的機のことである。

標的機が必要になる理由

戦闘機は空対空ミサイルや機関砲を搭載しているし、艦艇の多くは艦対空ミサイルを搭載している。陸上にも対空機関砲や地対空ミサイルといったものがある。いずれも、飛行機やミサイルとの交戦を企図している。

そうした対空武器のテストを行ったり、対空武器を扱う要員を訓練したりするには、対空武器を撃つ相手が必要になる。だからといって、(実戦の場面以外では)生身の人間が乗っている、本物の飛行機に向けて撃つわけにはいかない。

機関砲の射撃では、バナー・ターゲットといって、曳航式の「的」を戦闘機がケーブルで引っ張りながら飛ぶやり方がある。しかし、それでは本物の戦闘機と同様の激しい回避機動をとるには無理がある。

こうした事情から、対空戦闘に関わる試験、あるいは訓練では、無人標的機を使用するのが一般的。ところが、シンプルな見た目とは裏腹に、無人標的機というのは意外と難しい製品である。

無人標的機に求められる条件

まず、無人標的機はできるだけ、本物の敵機に似ていなければならない。といっても外形の話ではない。飛び方の話である。例えば、超音速機を相手に交戦するという想定なのに、無人標的機が音速未満の速度でしか飛べないのでは、想定している状況を再現できず、試験も訓練も成立しない。

速度だけでなく、機動性についても事情は同じ。特に、機動性が高い戦闘機を相手にする試験や訓練であれば、戦闘機と同レベルの機動性を発揮できる標的機でなければ仕事にならない。

そして、撃ち落とされることが前提になるから、無人標的機は安くなければならない。十分な飛行性能(速力や機動性)を発揮するために最先端の材料を惜しげもなく使う、というわけにはいかないのだ。

実際には、対空ミサイル、あるいは対空砲の弾には近接信管を組み込んでいることがほとんど。つまり直撃しなくても、ターゲットの近くを通過すれば近接信管が作動して、弾頭が起爆する。

だから標的機を相手にする訓練でも、「撃ったミサイルや弾が、標的機から○○メートル以内のところを通過すれば、直撃でなくても命中とみなす」というルールになっている。こうすると、同じ標的機に対して何回も撃つ機会を用意できるので、標的機にかかる経費を抑える役にも立つ。

ただし、その「○○メートル以内を通過した」ことを把握する手段が必要になるから、標的機には近くを通過する物体を検出するセンサーを用意しなければならない。もっともこれは、地上・艦上のレーダーで代用できるかもしれないけれど、それには相当に高い分解能が必要になる。やはり標的機で検出するほうが確実だ。

こんな事情があるので、標的機というのは意外と難しい製品。ゆえに、標的機を得意とするメーカーがいくつか出てくることになる。

  • 米空軍で使用している、コンポジット・エンジニアリング社製のBQM-167A標的機 写真 : USAF

    米空軍で使用している、コンポジット・エンジニアリング社製のBQM-167A標的機。これは亜音速で飛行するが、他のモデルで超音速で飛行する標的機もある 写真 : USAF

標的機に求められるIT分野の能力

そこで「軍事とIT」という観点から標的機という製品を見てみよう。

まず、無人で飛ばなければならないのだから、オートパイロットは必須だ。地上・艦上からの遠隔指令を受けて針路・速力を変換できる機能も必要になる。想定している交戦シナリオに合わせて、さまざまな速度、さまざまな飛翔パターンで飛べるようにする必要があるだろう。もちろん、回避機動も再現できないと困る。

そして、前述したように「撃ったミサイルや弾が近所を通過したら反応する、探知装置」も必要だ。これが信頼できないと、命中あるいは外れの判断があやふやになり、訓練の成果が上がらない。

さらに、リアルな訓練をやろうとすれば、本物の飛行機と同様に、妨害電波を出したり、チャフやフレアを撒いたりする機能も必要になる。

最近、アメリカ海軍の航空システム軍団(NAVAIR : Naval Air Systems Command)がノースロップ・グラマン社のイノベーション・システムズ部門に、GQM-163Aコヨーテ標的機にチャフ発射機を組み込むためのスタディ契約を発注した。これは、ロシアが開発している新型対艦ミサイルを模擬するため。

  • GQM-163Aコヨーテ標的機 写真 :Business Wire

コヨーテ標的機の製品情報ページ

対艦ミサイルというと、亜音速で海面スレスレを飛翔する「シースキマー」と、それよりいくらか高い高度を超音速で飛翔するタイプがある。ところが最近の新顔として、「亜音速で目標まで接近したところで、切り離された先端部だけが超音速まで加速して突入する」というタイプが出てきた。

これを手持ちのコヨーテ標的機で模擬するために、チャフ散布機能をつけるのだという。コヨーテ自体はもともと超音速で飛翔できる製品だが、そこからチャフを撒けば、そちらは動力源がないから置いてけぼりを食う。ということは、コヨーテ本体は超音速で飛ぶ弾頭部を、撒いたチャフは切り離されて減速するミサイル本体を、それぞれ模擬するのであろう。

弾道ミサイルの標的もある

実は、ミサイル防衛システムのテストを行うために作られた、弾道ミサイル模擬標的というものもある。弾道ミサイルは射程距離によって、上昇する高度や飛翔速度に違いがあるから、それをリアルに再現できるような標的を用意しないとテストができない。

また、弾道ミサイルは本体がそのまま突入するだけでなく、先端に格納した再突入体を切り離して突入させることもある。その再突入体が、1つではなく複数ということもある。

もちろん、本物の弾道ミサイルを使ってもいいのだが、そのために北朝鮮あたりから弾道ミサイルを買い付けてくるわけにも行かない。結局、想定しているターゲットの飛翔プロファイルを再現できる標的が必要になる。

弾道ミサイル模擬標的は、本物と同じように陸上から撃つこともあれば、飛行中の輸送機から投下して空中発射させることもある。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。