前回は、ISR(Intelligence, Surveillance and Reconnaissance。情報収集・監視・偵察)の分野でUAV(Unmanned Aerial Vehicle)が重要な地位を占めるに至った経緯と、さらにそのUAVが武装化するに至った経緯について、簡単に解説した。
続いて今回は、米軍のMQ-1プレデターやMQ-9リーパーを例にとって、この手の武装UAVのオペレーションがどうなっているのかについて解説しよう。ITがおおいに関わっている分野でもある。
I have, You Have
突然だが、パイロットの世界には「I have」「You have」という言葉がある。正確には「I have control」「You have control」で、誰が機の操縦を受け持っているかを明確にするための掛け声みたいなものだ。たとえば、機長が副操縦士に操縦を委ねるときには、機長が副操縦士に対して「You have」、それを受けた副操縦士が「I have」ということになる。
なんでこんなことを書いたかというと、UAVのオペレーションでも同様に「I have」「You have」があるからだ。
実は、中東・南アジア・アフリカで米軍が運用しているMQ-1プレデターやMQ-9リーパーといった武装MALE (Medium-Altitude, Long-Endurance) UAVは、運用地域に近い飛行場に陣取る「発進・回収エレメント」と、アメリカ本土に陣取る「管制エレメント」の二重構造によって運用している。
離着陸と整備は発進・回収エレメントの担当だから、機体も当然ながら、それと同じ飛行場に配備している。そして、まず発進・回収エレメントのコントロール下で機体を離陸・上昇させる。するとあるタイミングで「You have」ということになり、そこから先はアメリカ本土の管制エレメントがコントロールを引き継ぐ。
MQ-1プレデターの拡大発展型、MQ-9リーパー。兵装搭載ステーションを6カ所に増やしただけでなく、レーザー誘導爆弾の運用も可能になった(出典 : USAF) |
ただし、アメリカ本土から地球の裏側に近いところを飛んでいるUAVをコントロールするわけだから、地上波通信では実現不可能で、衛星通信を使用する。それどころか、UAVのセンサーが捕捉した静止画や動画のデータも、衛星通信経由でアメリカ本土の管制エレメントに送られる。
それを受けてデータを表示したり、機体に操縦やセンサー作動の指示を出したりする管制ステーションは、こんな外見である。
MQ-1プレデターやMQ-9リーパーの管制に使用するステーション(出典 : USAF) |
頭に入れておいていただきたいのは、MQ-1にしろMQ-9にしろ、決してUAVが自ら勝手に目標を捜索・識別・交戦しているわけではなく、あくまでアメリカ本土にいる管制エレメントのオペレーターが判断や指示を行っているという点である。
だから、こうした武装UAVを「ロボット兵器」と呼ぶのは、UAVが自律的に交戦しているかのごとき誤解を振りまく危険性があるので問題がある。あくまで「遠隔操作している無人兵器」なのだ。そもそも、UAVが自律的に捜索・識別・交戦を行うようになれば、UAVが勝手に戦争を起こしたり、不適切な目標を攻撃して国際問題を惹起したりする危険性につながる。
もちろん、生身の人間でも同じように誤認や誤爆を行う危険性はあるのだが、それはまだしも責任の所在がハッキリしているし、事前に交戦規則(ROE : Rules of Engagement)という形で交戦の可否に関わる基準を明示することもできる。
では、UAVだとどうなるだろう? もしもUAVが自律交戦して誤爆を引き起こしたら、責任の所在はどうなるだろう? それは、UAVの自律交戦用ソフトウェアを開発したデベロッパーか、機体のメーカーか、機体を運用する軍か、軍の最高指揮官たる首相や大統領か。また、ソフトウェアの問題だとしても、バグなのか、それとも仕様上の問題なのかで責任の所在は違うはずだ。
この件に限らないが、技術面でのイノベーションに対して社会や法律や制度がついて行けていない場面というのは、どうしても出てくる。それを象徴しているのが、武装UAVのオペレーションかも知れない。
発進・回収と管制を分けることの意味
なんでわざわざ、発進・回収エレメントと管制エレメントを別々にするような面倒なことをするのか。
MQ-1やMQ-9クラスの機体になると、展開先の基地からでもそれなりに遠方まで進出することになる。それを実現できるだけの性能を持っているし、決して安価な機体ではないから後方の安全な基地に置いておきたいという理由もあるだろう。
なんにしても、遠方まで進出すれば見通し線圏外に出てしまうから、衛星通信リンクは必須である。そうなると、管制エレメントが中東や南アジアにあろうがアメリカ本土にあろうが、似たようなものである。距離が違うだけで、衛星通信リンクを介して遠隔操作するのは同じだ。
そして、米軍は自前で充実した衛星通信網を擁しているから、それを活用しない理由はない。実は、それでも足りずに民間の通信衛星からトランスポンダーを借り上げているのだが、その話は脱線になるので割愛する。
ともあれ、前記のような経緯により、オペレーターと管制エレメントをアメリカ本国に置いておく方が合理的という話になる。戦地に派遣する人の数や機材の数がいくらか減るし、それは兵站上の負担軽減にもつながる利点もある。
それに、普段は地元で任務に就くのが基本である州兵部隊の要員を使いやすい。実際、米空軍ではMQ-1やMQ-9に機種転換する州兵部隊が相次いでいる(ここでは州兵制度について解説する余裕はないので、Wikipediaの当該記事を参照していただきたい)。
ところが、戦場の空気の中で任務に就くのと違って、「基地から一歩外に出れば平和な日常生活」というのが、アメリカ本土から遠隔操作しているUAV管制エレメント要員の一般的な生活である。そうなると、メンタルヘルス上の問題が生じてきた。
「戦場」はハイビジョン画質での実況中継である。もしも自分の発射指示で目標が吹っ飛ばされれば、その模様もハイビジョン画質で実況中継である。しかも戦地に派遣されている兵士と違い、任務に就く度に「自宅」と「戦場」の間を行き来することになるので、仕事場から一歩外に出れば平和な日常生活だ。このギャップはかなりきついという。
さらに、有人機のパイロットからは「自らの身を危険にさらして任務に就いているわけでもないのに……」と言われることもあるらしい。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。