前回のテーマが陸軍の「野戦防空」だったので、その次に海軍の「艦隊防空」を持ってくるのは自然な流れだろう。野戦防空が地上軍を防護するのに対して、艦隊防空は艦艇や商船を護衛する。商船が相手なのに「艦隊」は変だが、いちいち「船舶護衛」と分けることはしないのが常のようだ。
発端は特攻機
さて。米海軍が艦隊防空の体制について真剣に考えるきっかけを作ったのは、太平洋戦争の末期に日本が送り込んだ特攻隊(特別攻撃隊)である。実のところ、レーダーと無線通信と戦闘機を活用した米海軍の防空網に阻まれた特攻機が多く、日本側が期待したほどの戦果は挙がらなかったのだが、それでも「これはいかん」と考えたわけだ。
まして、戦後になればジェット機時代で飛行機の速度は速くなっている。言い換えれば、来襲を探知してから対応行動をとるまでの時間的余裕が減っている。しかもその後には対艦ミサイルまで登場した。ミサイルは航空機より小型だから探知が難しい。
そこで米海軍が取った手は、大きく分けると2種類ある。1つは艦対空ミサイルの開発で、いわゆる「3T」(射程が長いほうから順にタロス、テリア、ターターという名前だったので、頭文字をとってこういう)がそれである。
もう1つが本稿の本題で、情報処理のコンピュータ化と、データリンクによる情報共有の実現だった。それが1954年に計画をスタートさせたランブライト計画、後の海軍戦術情報システム(NTDS : Naval Tactical Data System)である。
基本的な考え方はこうだ。個々の艦にコンピュータを搭載して情報処理を担当させる。レーダーが探知した敵機の位置情報はもちろん、味方の艦や航空機に関する位置情報なども送り込んで管理・表示させる。
ただし、情報の収集や処理を個々の艦で完結させるのではなく、艦同士をデータリンクでつないで情報をやりとりすることで、艦隊を構成するすべての艦が同一の状況図(pictureという)を見られるようにする。後に早期警戒機が艦隊に加わったので、艦載レーダーだけでなく早期警戒機もネットワークに加えることになった。
艦上ならではの難しさ
艦隊防空をコンピュータ処理する際の基本的な考え方は、本連載の第116回で取り上げたSAGE(Semi Automatic Ground Environment)システムと似ている。場所がアメリカ本土から、洋上を移動する艦隊に変わっただけだ……というほど簡単な話では済まない。
まず、軍艦は陸上と比べるとスペースに限りがあるから、コンピュータのサイズをできるだけ小さく、軽くまとめる必要がある。今ならともかく1950年代の話だから、当然ながら真空管の時代である。場所はとるし、電気は食うし、発熱は大きい。ただし幸いなことに、周囲に水だけは大量にあるから、艦載コンピュータでは水冷式になっているものが少なくない(最近はそうでもないかもしれない)が。
もう1つの問題は通信手段。SAGEならレーダーサイトも防空指揮所も陸上にあるから、有線の通信線で結べばよろしい。ところが、軍艦は洋上を移動しながら交戦するのだから、有線で通信させるわけにはいかない。無線通信が必要である。
しかも、必要な情報をやりとりできるだけの伝送能力を持たせる必要があるし、戦闘指揮の要となるものだから妨害にも強くないと困る。もちろん、敵が通信に割り込んできてニセの情報を流してくるようでも困る。
ということで、コリンズ社が開発したデータリンクがリンク11。極超短波(UHF : Ultra High Frequency)と短波(HF : High Frequency)を使用するもので、伝送能力はHF使用時で1,364bps、UHF使用時で2,250bps。1980年代末期に使われていたアナログモデム並みである。
そんな時代のことだから、当然ながらコンピュータの性能にしても(今の目から見れば)まるで「大したものではない」のだが、それでも一応、艦隊防空のための戦術情報処理装置として機能することはできた。
その後の発展
ところが、これで「めでたしめでたし」とはならない。対艦ミサイルの脅威は増す一方である。
小型のミサイルが海面スレスレを飛翔してきたり(この場合、探知が困難になるので、やっと探知したと思ったら近所まで来ていたということになる)、大型のミサイルが超音速で飛翔してきたり(この場合、早く探知できるが、速度が速いので時間的余裕は減る)、しかもそれらが一度に四方八方から大量に飛来する可能性も考えなければならなくなった。
そこで、NTDSを発展させてACDS(Advanced Combat Direction System)に改良したり、特に対艦ミサイルからの自衛に重点を置いたSSDS(Ship Self Defense System)を開発したり、艦対空ミサイルの交戦可能範囲を水平線以遠まで拡大するNIFC-CA(Naval Integrated Fire Control-Counter Air)を開発したりと、攻撃側と防御側が終わりのない"いたちごっこ"を展開している。
そういえば、NIFC-CAのキー・コンポーネントである共同交戦能力(CEC : Cooperative Engagement Capability)については第8回や第112回で触れているが、NIFC-CAについては第114回で名前を出しただけだった。これについては別途、回をあらためて取り上げてみることとしたい。