今回のお題は野戦防空である。タイトルを見るとなんだか物騒だが、要するに「地上軍が移動しながら交戦する時、その頭上をどうやって守るか」という話である。
地上軍の天敵は敵航空機
特に第2次世界大戦の後半から確定的になった話ではないかと思われるが、強力な地上軍があっても、頭上を敵機が跳梁していたのでは有意な戦力とならない。地上軍が空から見える場所に姿を現して、それが敵軍に発見されれば、たちまち戦闘爆撃機や地上攻撃機が飛んできて袋たたきにされる。
西部戦線におけるタイフーン(ユーロファイターではなくホーカーのほう)やP-47サンダーボルト、東部戦線におけるIl-2シュトルモビクなど、地上部隊をたたきのめして名を挙げた戦闘機や襲撃機はいろいろある。おっと、ドイツ軍にもHs129やJu87スツーカといった機体があったか。
ましてや、今は米空軍のE-8 J-STARS (Joint Surveillance Target Attack Radar System) や英空軍のセンティネルR.1、NATOが計画を進めているAGS(Alliance Ground Surveillance)といった戦場監視機があるから、天気が悪くても夜間でも油断できない。合成開口レーダー (SAR : Synthetic Aperture Radar) によって上空から地上軍の動静を把握される可能性がある。
もちろん、味方の戦闘機を繰り出して敵機を追い払ってもらうに越したことはないが、戦闘機はひとつところにとどまり続けることができない。燃料や兵装を使い果たしたら基地に戻らないといけないし、天気が悪ければ飛べなくなるので、フルタイムで頼りにできるかどうかわからない。
そこで、地上軍も自前で対空兵器を持ち歩き、自らの頭上を守る必要に迫られる。そこで野戦防空という話が出てくる。
対象エリアは広くないが移動する
野戦防空の特徴は、対象となるエリアがさほど広くない一方で、それが移動することが前提になっている点にある。構成要素は市街地や重要施設における固定的な防空とそんなに変わらず、以下のような面々になる。
- 地対空ミサイル
- 対空機関砲
- ミサイルや機関砲の射撃管制レーダー
ミサイルと機関砲を併用するほうが望ましいのは、重層化のため。高いところを飛ぶとミサイルに狙われる、そこでそれを避けようとして低空に舞い降りると対空機関砲に狙われる、という図式にすれば、敵機にとっては居場所がなくなる(かもしれない)。どちらか一方しかないと、逃げ場所が残る。
もしも可能であれば、地対空ミサイルは低空をカバーする短射程のものと、高空をカバーする長射程のものと、二段構えで欲しい。そこまでやると、さらに層が厚くなる。
もっとも最近では、対戦車ミサイルや誘導爆弾の発達により、敵機が頭上どころか機関砲の射程内にも近づいてくれない傾向が強まっているので、対空機関砲の出番は減ってきているかもしれない。
いずれにしても、自分がカバーする範囲に見合った捜索レーダーと射撃管制レーダーを持つのが基本である。目標を捕捉・追尾して狙いをつけたりミサイルを誘導したりするには射撃管制レーダーが必要だが、そちらのほうが高い精度と分解能を必要とするので、使用する電波の周波数が高い。
これらの機材はできるだけ、車載化したり、車輪をつけて牽引車で移動できるようにしたりしておく。そうしないと地上軍の移動についていけず、仕事にならない。
この分野でもネットワーク化の波が
野戦防空は基本的に自己完結型というか、ミサイル発射機(あるいはそれらを束ねた高射隊)、あるいは対空機関砲が、自前のレーダーで目標を捕捉・追尾して諸元を割り出し、手元のミサイルや機関砲を使って交戦するという図式になる。
ところがそれだと、敵機が近くまで来てから「それっ」と対応する形になるので時間的余裕に乏しいし、敵機を自前のレーダーで探知できないと困ったことになる。そこで現場だけで完結させないで、他の資産とネットワークを組んで連携させる場面が増えてきた。
具体的に言うと、高性能の対空捜索レーダーを別に用意して、それが捜索を担当する。敵機の飛来を探知したら、ネットワーク経由で野戦防空部隊にデータを送り、そちらで交戦させる。このほうが時間的余裕が増すし、探知漏れの可能性を抑えられると期待できる。
ちょうど最近、2015年11月12日にアメリカ・ニューメキシコ州のホワイトサンズミサイル試験場(WSMR : White Sands Missile Range) で、IAMD(Integrated Air and Missile Defense System)システムによる巡航ミサイルの要撃試験が行われた。
これは、AN/MPQ-64センティネルというレーダーが対空捜索を担当するもので、交戦は日本でもおなじみのMIM-104パトリオットで実施した。パトリオットにもAN/MPQ-53という捜索/射撃管制レーダーがあるが、このレーダーは回転式ではないのでカバーできる範囲に限りがあるし、低空を飛来する巡航ミサイルの探知にはセンティネルのほうが強い。
そこで、低空を飛来するMQM-107標的機をセンティネルが探知して、そのデータをIBCS(Integrated Battle Command System)という指揮管制システムに引き渡す。IBCSが脅威の評価や武器の割り当てを受け持ち、IFCN(Integrated Fire Control Network)なる通信網を介してパトリオットの高射隊に指令を送り、PAC-3を撃って交戦するという内容だった。
つまり、パトリオットの高射隊が個別に交戦するのではなく、その上に捜索レーダーと指揮管制システムの「帽子」をかぶせて、統一指揮の下で連携させるというわけである。情報通信技術の発達によって、初めて可能になったお話である。