ここまで、「イージス艦と弾道ミサイル防衛」と題していろいろ書いてきた。イージス「艦」というぐらいだから、水上に浮かんでいる軍艦である。では、イージス戦闘システムやイージス武器システムは、水上に浮かんでいる軍艦の専売特許なのか。実はそうではない。
EPAAとイージス・アショア
アメリカのオバマ政権が、ヨーロッパに弾道ミサイル防衛網を展開するための計画見直しを表明したのは2009年のことだ。それがEPAA(European Phased Adaptive Approach)である。名称通り、複数のフェーズに分けて段階的に、各種の弾道ミサイル迎撃用資産を展開していくこととしている。
もともと、ブッシュ政権はミッドコース要撃用の大型地上配備ミサイル・GBI(Ground Based Interceptor)を東欧に配備する計画としていたが、そのGBIの代わりにEPAAで配備することにしたのが、イージス戦闘システムとSM-3の組み合わせだった。
その一環として、日米で共同開発を進めているSM-3の次世代モデル、SM-3ブロックIIAを将来のフェーズで使用することになっている。そのことが、日本の武器輸出三原則等を緩和する問題にも関わっている。日本が開発・生産に参画したミサイルを、日米以外の国に配備することになるからだ。ただ、その話は「軍事とIT」からは外れるので、これ以上は触れない。
もちろん、イージスBMDに対応したアーレイ・バーク級イージス駆逐艦をヨーロッパに展開する方法もEPAAに含めているが、広い陸地を持つヨーロッパでは、洋上からのカバーだけで用が足りるかどうか分からない。そこで出てきたのが「イージス戦闘システムの陸揚げ」である。それがイージス・アショアだ。
つまり、イージス戦闘システムを構成する各種の機器(AN/SPY-1レーダー、指揮管制システム、Mk.41ミサイル発射システムなど)を陸上の建屋に収容して固定設置するものである。イージス戦闘システムの試験用として、レーダーなどの機器を陸上の建屋に収容したものはアメリカ東部の某所にあるが、それは試験用で実戦用ではない。
イージス・アショアで使用する機器は、艦上搭載用のものと同じである。ソフトウェアも同じだ。ただし、艦載型では全周をカバーしなければならない(脅威がどちらからやってくるか分からないから当然だ)のに対して、東欧に配備するイージス・アショアはイランからの弾道ミサイル飛来を想定脅威としているため、アンテナはイランの方だけをカバーしておけばよい。そのため、AN/SPY-1レーダーはイージス艦の4面に対して、2面だけで済ませている。
イージス・アショア施設の想像図。左がレーダーやコンピュータを収容する建屋、右がミサイル発射器を収容する建屋 (出典 : US DoD) |
面白いのは、陸上固定設置ではあるものの、必要に応じて移設できる設計になっていることだ。当初は「120日あれば移設可能」という要求を掲げていたが、さすがにこの要求は引っ込めたらしい。しかし、一度据え付けたら動かせないというわけではなく、必要に応じて動かせることに変わりはないようだ。
モジュール化設計とオープン・アーキテクチャ
移設を容易にするには、システムを構成する各種の機器を全部ひっくるめて一体化するよりも、モジュラー化しておく方が合理的だ。実はイージス戦闘システム自体、大型コンピュータを中核に据えたシステムから、小型のコンピュータをネットワーク化した分散処理型の構成に変わってきているのだが、これもモジュラー化に貢献すると思われる。
それと併せてオープン・アーキテクチャ化を図り、モジュール間のハード的な、あるいはソフト的なインタフェース仕様を規定・統一することで、モジュール単位での換装や更新を容易にする。これは、能力向上や新機能の追加といった場面で威力を発揮するはずだ。
なにもイージス戦闘システムに限らず、その他のウェポン・システムの分野でも、この「モジュール化」と「オープン・アーキテクチャ化」は目下の流行りである。スパイラル開発手法の導入により、ライフサイクル全体を通じて継続的にシステムのアップグレードや能力向上を図るには、それを容易に実現できる土台が要るからだ。
多分、ウェポン・システムの世界に限らず、情報システムの世界でも、その他の「○○システム」と名のつくもの全般でも、程度の差はあれ同じような事情があるのではないだろうか。もちろん、能力向上や新機能の追加だけでなく、セキュリティ対策の導入や強化といった場面でも、こうした手法が役に立つかも知れない。
相互運用性などに関する課題
ヨーロッパに配備するミサイル防衛システムは、NATOが導入計画を進めているミサイル防衛網の一環である。だから、NATOは自前のミサイル防衛用指揮管制システムを導入することになっており、そこでイージス艦、あるいはイージス・アショアとの相互接続性や相互運用性、情報の共有、といったところの課題が生じる。単にハードウェアを据え付ければ終わり、ということにはならない。
日本でも、イージス艦やPAC-3といった交戦のための資産は自前で用意しているが、早期警戒に必要な衛星データはアメリカに依存している。だから、その早期警戒データをいち早く入手して活用することが重要であり、そのための体制作りや運用ノウハウの確立、担当する要員の訓練といったところも重要になる。
北朝鮮の「衛星打ち上げという名の事実上のミサイル発射」みたいな機会を逃さず、格好の実戦的訓練の場として活用したいところである(もちろん、実際になにか降ってこない限り「本番」にはならない)。さて、ヨーロッパではどうするのだろうか。もちろんシミュレーション訓練を活用するにしても、やはり本番に近い環境であるほど訓練効果はあるはずなのだが。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。