過去2回に渡り、潜水艦の視点から、襲撃に際して必要になる目標運動解析(Target Motion Analysis)の話を書いた。そこで今回は視点を変えて、その潜水艦を駆り立てる側の話を取り上げてみよう。こちらも情報通信分野の進化による恩恵を受けている。

ソノブイとは

しつこいが、海中にいる潜水艦を探知するのにレーダーは使えないので、基本となるのは音響センサーである。

「潜水艦ぐらい大きな鉄の塊が海中にあると、磁場の乱れが生じる」という考え方から、それを検出する手段としてMAD(Magnetic Anomaly Detector)というものがあるが、それなりに暑い深度にいる潜水艦でなければ探知できない可能性があるし、潜水艦の側も消磁策を講じてきているので、これだけに頼るわけにも行かない。

P-3C哨戒機の尾部に取り付けられたMADブーム (筆者撮影)

その音響センサーだが、海底に固定設置するもの(いわゆる、SOSUS : Sound Surveillance System)、水上艦や潜水艦の船体に固定設置するもの、そして空から必要に応じて投入するものがある。その最後のものがさらに、ケーブルで吊って上げ下ろしできる吊下ソナー(ディッピング・ソナー)と、投下して海面にプカプカ浮かべるソノブイ (sonobuoy) に分けられる。

吊下ソナーは用が済んだら巻き上げられるので再利用可能だが、吊下中は停止していなければならないので、これはヘリコプターの専売特許である。そして1機につき1基の吊下ソナーしかないから、特定の点を見張ることしかできない。

対してソノブイは使い捨てだから費用がかかるが、一定の線上に沿って点々とばらまくことで、広い範囲をカバーすることができる。これをソノブイ・バリアという。投下した後は、ソノブイから報告が上がってくるのを待つ形になる。

ソノブイはアクティブ・ソナーを内蔵するものとパッシブ・ソナーを内蔵するものがあるが、いずれも得られたデータは無線で上空の飛行機に送る。だから、投下したソノブイごとに番号をつけておいて、「何番ブイで探知」となったらそこに駆けつける。

ソノブイにはアクティブ型とパッシブ型の違いに加えて、さらに指向性の有無という違いもある。だから、アクティブとパッシブのそれぞれについて指向性があるものとないものとで、基本的には4種類が存在することになる。

たとえば、パッシブ型で指向性があるDIFAR(Directional Low Frequency Analysis and Recording)とか、アクティブ型で指向性があるDICASS(Directional Command Activated Sonobuoy System)とかいったものがある。DICASSは "Command Activated" という名前の通り、母機からの指令を受けて探信を始める。

このうちアクティブ型については、常に探信し続ける形態と、投下母機からの指令を受けて探信を始める形態が考えられる。後者の場合、ソノブイから母機に情報を送るだけでなく、母機からソノブイに探信の指令を送る必要もあるので、通信は双方向になる。

ソノブイは内蔵する電池で作動するので、電池切れになったらもう使えない。電池切れになったソノブイは自動的に沈んで、敵の手に落ちないようになっている。決して安い品物ではないのだが、必要経費と割り切るしかない。

と書くと簡単そうに見えるが、考えなければならない課題は案外と多い。

ソノブイは数が多い

ひとつのソノブイ・バリアを構成するには、それぞれのブイのカバー範囲が少しずつ重なるような間隔で点々とソノブイを投下する。仮に有効半径1浬(1.852km)なら、2浬より幾らか少ないぐらいの間隔を置いてソノブイを投下する。20浬のソノブイ・バリアを構成するなら、最低11本は必要だ。念を入れるのであれば、もっと間隔を詰めたい。

ところが、投下したソノブイはその場所にじっとしていない。波や海流などの影響によってどんどん位置が変わってしまう。だから、何番のブイをどこに投下したかを記録するだけでは不十分で、いま現在、何番のブイがどこにいるのかを把握しておかないと仕事にならない。

昔だと、自動方向探知機(ADF : Automatic Direction Finder)でソノブイが出す電波の方位を調べて、そちらに機体を飛ばした。ソノブイの真上を通過した瞬間にADFの針がくるりと反転して後ろを向くから、それと分かる(これをオントップという)。分かりやすい方法だが、投下したソノブイの上を巡回して回る作業を、始終、続けていないといけない。

最近ではソノブイ参照システム(SRS : Sonobuoy Reference System)という便利なものがある。機体に複数の受信アンテナを取り付けておいて、同じソノブイから受信した電波の位相差を測り、それによってソノブイの位置を突き止めるもの。高精度の受信機とデータ処理用のコンピュータが要るが、これがあれば巡回してオントップする手間は軽減できる。

この「位置の把握」と並んで、情報通信系の課題がひとつある。ソノブイを複数ばらまいたら、それぞれのソノブイからの通信が混信しないようにしつつ、データを受けなければならない。つまり多チャンネルの受信機が要る。

投下できるソノブイの数は、受信機のチャンネル数に依存する。受信機が10チャンネルしかないのに、ソノブイを20個も投下できない。よしんば投下しても、それらを全部はモニターできないから監視に穴が空く。

特にアナログ通信だと、物理的に周波数を分けなければ多チャンネルにしづらいだろうが、デジタル通信であれば、同じ周波数でも符号を変えることで、混信を防ぎつつ、多数のソノブイからの通信を一度にカバーできそうではある。実際に現場でそうやっているかどうかは知らないが、筆者が思いつくぐらいだから、当事者が考えてもおかしくない。

そのソノブイの展開は、実はコンピュータ制御にできる。今は高精度の測位システムがあるから、それと自動操縦装置を連接すれば、指定したブイ・パターンに併せて機体を自動的に飛行させつつ、しかるべき場所でソノブイをひとつずつ投下していく、なんていうことが(少なくとも理屈の上では)実現可能である。

ちなみに、ソノブイを使用するのはP-3、あるいは海自の新鋭・P-1みたいな固定翼哨戒機ばかりではない。ヘリコプターでもソノブイを使うものがあり、海自のSH-60J/Kのごときは吊下ソナーとソノブイの豪華二本立てである。おかげで機内は機材だらけで狭苦しいが、任務優先である。

P-3C哨戒機の胴体下面に並ぶ、ソノブイ投下用の発射筒 (筆者撮影)

P-3の威力

このソノブイ・オペレーション、あるいはソノブイから上がってきたデータの処理をコンピュータ化したことが、P-3オライオン哨戒機における一大革新だった。不確実な要素が多く、手間をかけて、さらに経験とカンに頼らざるを得ない部分が少なくない水中戦の分野だからこそ、可能なところでコンピュータを援用することのメリットは大きい。そうすることで、乗員は人間でなければできない仕事に専念しやすくなる。

P-3の登場はずいぶん昔のことだから、その後の哨戒機、あるいはP-3用の改良型ミッション機材であれば、さらに性能・機能が向上しているのは間違いない。先日に機内の模様が公開された海上自衛隊の新鋭・P-1もまたしかりである。

哨戒機の場合、飛行性能よりも、こうしたミッション機材の性能が問題である。どんなに飛行性能が優れていても、ミッション機材のハードとソフトがポンコツではダメなのだ。情報通信技術の権化みたいな軍用機、それが哨戒機(特に対潜哨戒機)である。

コンピュータは昔と比べると小型軽量化や低消費電力化がおおいに進んでいるから、その分だけミッション機材は小型化できる… はずだが、実情はむしろ、その余裕で性能向上を図る方向に行きそうだ。ちなみに、業界にはSWaPという言葉がある。Size, Weight And Powerの頭文字である。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。