本連載の第7回で、「弾道ミサイル防衛のキモは、探知・追尾・交戦を司る指揮統制システム、すなわちC2BMC(Command, Control, Battle Management and Communications)である」と書いた。それと併せて、「探知や要撃を担当する資産を広い範囲に展開してネットワーク化している」とも書いた。

そこで、いささか話が前後するが、今回はそのネットワークに関連する話を取り上げてみよう。ミサイル防衛に限らず、現在のウェポン・システムは、程度の差はあれネットワークのお世話になっているものだが。

リンク16とは?

まず、最初に取り上げるべきは、NATO加盟国を初めとする、いわゆる西側諸国の標準戦術データリンクとなっている、リンク16だろう。

戦術データリンクとは、彼我のユニット(部隊、車両、艦艇、航空機など)の所在に関する情報や、味方ユニットのステータス情報など、戦術面で重要な意味を持つ情報をやりとりするものである。基本的にはテキスト・ベースのデータのやりとりとなるため、テキスト・ベースで情報を記述するためのデータ・フォーマット、いわゆるJシリーズ・メッセージに関する規定もある。

同盟国同士で連合部隊を編成して戦闘任務に就く場合には、戦術データリンクを介した情報共有を同盟国同士で相互に行えなければ具合が悪い。さもないと、一緒に戦っている同盟国同士で「情報格差」が生じて、情報面の不足に見舞われたところが弱点になってしまう。

そこでNATOが作成しているさまざまな標準化仕様書の中で、戦術データリンクについての規定も行い、標準型戦術データリンクとして皆がリンク16を使用するようにしている。これにより、相互接続性・相互運用性を確保できる。

なお、リンク16にはUHF無線通信を使用する見通し線圏内通信用と、衛星通信を使用する見通し線圏外通信用がある。たとえば、空母戦闘群を構成する艦艇と航空機の間で使用するなら前者だけでたいていの用は足りるが、弾道ミサイル防衛では水平線の向こう側まで資産を展開するので、後者が必須の存在となる。

リンク16は周波数ホッピング通信

つまり、リンク16では2種類の無線インタフェースを使い分けているわけだが、そのうちUHF通信がどういう仕組みで動作しているのか、かいつまんで説明しておこう。

リンク16は耐妨害性の確保や秘匿性の確保といった観点から、スペクトラム拡散通信のうち、いわゆる周波数ホッピング(FH-SS : Frequency Hopping Spread Spectrum)を使用している。使用する周波数範囲は960~1,215MHz(969~1,206MHzとする資料もある)で、この範囲のうち他の用途と重複する分を除いたエリアを51分割して、その範囲内で周波数跳飛を行っている。

同じリンク16のネットワークに参加するユニット同士で周波数ホッピングのパターンを同調させれば通信が可能になるが、パターンが同調しなければ通信はできない。そして周波数ホッピングの特性上、特定の周波数範囲で聞き耳を立てていても、断続的にしか通信が入ってこない。

この周波数ホッピングを用いたスペクトラム拡散通信によって「線をつないだ」状態にすると、JU(Joint Tactical Information Distribution System Unit)と呼ばれるクライアントがネットワークに参加できる。しかし、複数のJUが同時に勝手に喋り出すと収拾がつかなくなるので、12秒のフレームを1,536分割した0.0078125秒のタイム・スロットを割り当てる、いわゆる時分割多元接続(TDMA : Time Division Multiple Access)を用いて、ネットワークに参加した複数のJUが「順番に喋る」ようにしている。

伝送速度は、音声通話では2.4~16kbps、データ通信では31.6kbps・57.6kbps・115.2kbps・238kbpsのいずれかで、さらに1.137Mbpsのモードも加わっているようだ。

リンク16の用途はいろいろ

リンク16はNATOの標準戦術データリンクだから、さまざまな場面で使われている。たとえば、艦艇同士、艦艇と航空機、航空機同士、航空機と地上部隊、といった具合に、対応する端末機とデータ・フォーマットがあれば、さまざまな分野のユニットを接続できる。

日本では、海上自衛隊の護衛艦が以前からリンク16を導入しているが、航空自衛隊でもF-15Jの近代化改修でリンク16の端末機を搭載する計画を進めている。これが実現すると、AWACS(Airborne Warning And Control System)機のE-767・護衛艦隊・F-15近代化改修機が情報を共有しながら交戦する、なんていうことも、理屈の上では可能になるだろう。もちろん、これから導入するF-35Aは最初からリンク16に対応している。

標準的なリンク16端末機のひとつ・MIDS-LVT (出典 : US Navy)

ソフトウェア無線機化した新型リンク16端末機・MIDS-JTRS (出典 : US Navy)

ネットワークとミサイル防衛

こうした戦術データリンクをミサイル防衛に持ち込むと、冒頭で述べたような「広い範囲に展開させた資産同士の情報共有」はもちろん、それ以外にもさまざまな応用が可能になる。

たとえば、イージス艦が自艦のAN/SPY-1レーダーで弾道ミサイルの飛来を探知するよりも早く、もっと前方に展開した別のセンサー(それは航空機でも地上配備のレーダーでも別のイージス艦でもよい)からデータリンク経由で受け取った探知データに基づいて、SM-3を発射して交戦する、といったことが可能になる。

また、複数のイージス艦がネットワークを介して連携し、ある艦が発射したSM-2ミサイルを別のイージス艦に誘導してもらう、といった使い方も可能だ。実際、米海軍は過去に「アーセナル・シップ」という構想をぶち挙げて頓挫したことがあったが、これはその名の通り、艦対空ミサイルや巡航ミサイルの保管・発射に特化した「武器庫」である。発射に必要なデータや指令は他の艦に依存しており、それをリンク16経由で実現する構想だった。

こういった具合に、アイデアさえあれば、さまざまな資産のネットワーク化によって世界が広がるのである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。