新聞救済をめぐる議会での論議が米国で始まった。4月22日、米下院司法委員会は米新聞産業界の現状について公聴会を開き、不況カルテルの適用などによる救済策を行うべきかどうかを議論した。

米議会では"マスコミ・バッシング"の演説多数

しかし、ワシントン・ポストによると「議員達のこの問題への関心は低く、欠席議員が目立った」という。日ごろから募らせているマスコミへの不信感を反映してか、出席した議員からは、"マスコミ・バッシング"の演説が続き、さらにはリベラル対保守という民主、共和両党の党派的対立が際立つ結果となってしまった(Washington Post, April 22, 『In congress, No love lost for Newspapers』)

例えば共和党保守派のラマー・スミス議員(テキサス州選出)は、「米国の新聞がリベラルすぎると感じる国民は、保守的と感じる人の倍もいる」と、その"偏向ぶり"を批判。「何でこのような業界を助けなくてはいけないのか」と言わんばかりだ。

これに対し、民主党のジョン・コンヤーズ委員長(ミシガン州選出)は、保守的な論調で知られるニューズ・コーポレーションのルパート・マードック社主を、「メディアがいかに重要で、好きなように行動でき、成長しなければならないか、を我々にお説教しようとしているのか」と皮肉った。しかし新聞業界の救済については、政府の救済を受けた自動車産業になぞらえて「彼ら(新聞業界)は突然、それも直ちに多額の救済を求め始めた」と述べて、新聞救済論儀に疑問を呈する点では共和党のスミス議員と歩調を合わせた。

政府側を代表して司法省独占禁止局のカール・シャピロ補佐官は、「われわれの街から新聞がなくなってしまうことはだれの利益にもならない」としながらも、「現段階で我々としては、新聞業界に独禁法上の追加的恩典措置を与える必要はないと考えている」という見解を表明した。

商務委員会で「新聞救済法案」論議へ

一方、この委員会に参考人として招かれたペンシルバニア大学法律大学院のエドウィン・ベーカー教授は、「政府の腐敗をチェックしていくためには新聞と、多くの読者が不可欠だ」と新聞ジャーナリズムが持つ調査報道能力の重要性を強調した。

米国新聞業界の名誉のために言えば、今のところ彼らは政府救済を求めてはいない。苦境に立つサンフランシスコ・クロニクルズやボストン・グローブの発行地を選挙区に持つ民主党のナンシー・ペロシ下院議長や、同じく民主党のジョン・ケリー上院商務委員長らが救済を訴えているというのが実情だ。

そのケリー委員長は、今週にも商務委員会で、本コラム第25回で取り上げた民主党のベンジャミン・カーディン上院議員(メリーランド州選出)が提案した「新聞救済法案」を論議するという。

ただ、これも繰り返しになるが、社会の公共的財産として非営利団体扱いにするというカーディン議員の主張は、さまざまな問題を含んでいる。さらに米国の新聞社は、公職者の選挙に当たって支持、不支持を鮮明にしているから、救済策を議会で審議すると深刻な意見対立に陥ることは避けられないだろう。

ちなみにボストン・グローブは長年、ケリー上院商務委員長を支持してきているし、サンフランシスコ・クロニクルズもペロシ下院議長支持を鮮明にしてきた。

新聞とネットの「パイの奪い合い」が激化

このように難しい問題はあっても、状況が、「待ったなし」になりつつあることは事実。それを強烈に印象付けたのが、4月21日発表されたニューヨーク・タイムズの2009年第一四半期(1-3月)決算である。

決算内容を伝えるSillicon Alley Insiderは、悲しいかな沈没したタイタニック号にニューヨーク・タイムズをなぞらえてしまった(下図)。

ニューヨーク・タイムズが沈没したタイタニック号に戯画化された(出典:Sillicon Alley Insider)

発表によると、広告売り上げが2008年同期比27%と悪化したのが響いて、7,447万ドル(約74億円)の赤字となった。成長を維持してきたインターネット事業が前年同期比で5.6%と初めてのマイナス成長となったことも痛い。この状態が続くと、昨年来言われてきた「5月危機」が現実のものとなりかねない。

こうした中、米メディア界ではまたぞろと言うか、さまざまなニュースを集めて提供するGoogleなど検索プラットフォームと、新聞社・通信社との利害対立が深まっている。

これまではアグリゲィターから自社のサイトに飛んでくるアクセス数で広告増収が望めることから、両者間の利害対立はあまり深刻化してこなかった。

しかし昨年来、スポンサーの出稿意欲が急激に低下したため、「パイの奪い合い」が激化したのは当然の成り行きと言える。この戦争でも火を付けたのは、ルパート・マードック氏である。

4月初め、ワシントンでの有線放送業者の年次総会での演説で、同氏は、「我々はGoogleが我々の著作権を盗んでゆくのを放置しておいてよいのだろうか」と語りかけた。「ニューヨーク・タイムズやウォールストリート・ジャーナルのようなブランド力があるメディアがそんなことを許す必要はない」と強調してニューヨーク・タイムズもオンラインニュースを有料化するように促した。その声にAP通信が同調した。


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。