順天堂大学医学部呼吸器外科学講座の鈴木健司主任教授は、胸腔ドレーン挿入法(胸腔ドレナージ)の安全性を高めるために、AR(拡張現実)を活用したシステム構築とその技術開発を進めており、そのためのクラウドファンディングを2022年4月18日に開始した。

では、この胸腔ドレナージとはどのようなものなのか、ARを活用することでどのようなメリットがあるのか、今回はそんな話題について触れたいと思う。

胸腔ドレナージとは?

胸腔ドレナージを耳にしたことはあるだろうか。

まずドレナージとは何か説明したい。ドレナージとは、体内に貯留した血液・膿・浸出液・気体などを体外に排出することをいう。このドレナージとは、普通に医療現場において行われている処置だ。

そして、胸腔ドレナージとは、肺と胸壁(きょうへき)の間の胸腔に“胸腔ドレーン”と呼ばれるチューブを挿入し、溜まった液体や空気を取り除くこと。

ちなみに、胸壁とは、皮膚から胸膜までの壁になっている部分で肋骨(ろっこつ)や筋膜(きんまく)、血管などからなる部分を指す。順天堂大学医学部附属順天堂医院では、この胸腔ドレーンの挿入事例は年間1,300例ほどに上るという。

胸腔ドレナージにARを活用するメリットとは?

胸腔ドレナージについてご理解いただいたところで、ARを活用した胸腔ドレナージとはどのようなものなのか紹介したい。

それは、あらかじめ撮影したCT画像を、臓器、血管、神経の位置関係を立体的に把握するために3D画像データとして処理し、医師が装着しているARグラス上で患者の画像に重ね合わせることで、あたかも目の前の患者の体内を透視しているような環境下で、安全にドレーンチューブを体内に挿入することを可能にするものだ。

  • ARを活用した胸腔ドレナージのイメージ

    ARを活用した胸腔ドレナージのイメージ(出典:順天堂大学)

ドレナージを安全に実施するためには、体腔内の状況をできるだけリアルタイムで認識することが重要だ。

腹腔の場合は、超音波によって臓器の位置や腹水の貯留状況を知ることができるが、胸腔の場合は、気体が内在しているため、超音波が気体に跳ね返されてしまい、超音波検査が不可能だという。

そのため、胸腔ドレナージを行う場合は、あらかじめ胸部CTを撮像し、手術を担当する医師が事前に頭の中で詳細に分析し、シミュレーションしたうえで、患者さんのベッドサイドでドレーンを挿入する必要がある。この方法でももちろん、安全にドレナージを行えるのだが、実際には胸膜の異常な肥厚や、胸腔のドレナージスペースの狭小化などがある場合には、ドレナージが極めて難しくなるのが現状だ。

また、胸腔ドレーン挿入時にしばしば発生する胸腔臓器損傷は重大な合併症を引き起こす可能性もあるという。

このような課題を解決するために、ARを用いて胸部CTの情報をARグラスに反映して“体腔内を透視した状況”でドレナージを実現し、安全な挿入をサポートするシステムの開発を進めているのだ。

いかがだっただろうか。2022年4月18日に順天堂大学はこのARを活用したシステム構築とその技術開発を進めるためにクラウドファンディングを開始している。

そして、順天堂大学医学部呼吸器外科学講座の鈴木健司主任教授はクラウドファンディング開始のプレスリリースで次のように述べておられる。

「患者さんにとって“より安全に”医療を受けることができる未来、そして医師にとっても、テクノロジーの力を借りて“より簡単に”施術ができる未来を目指して」と。

  • 鈴木健司主任教授

    鈴木健司主任教授(出典:順天堂大学)