浜の砂子は尽きぬとも

あけましておめでとうございます。今年も本欄にお付き合いいただければ幸いです。

Windows 95より数えて21年を経た、現在になっても「ネット」への誤解は多く、さらにはその専門家を名乗る人々が、企業の進化を妨げている事例は枚挙にいとまがないわけです。それは事業規模の大小を問わず、今年もネタが尽きる気配はありません。そこで2016年の第1回は直球の「ネット専門家0.2」に成長を阻害されたケースを紹介します。

家族を除けば、「昭和」から奉公する老齢社員だけの、小さな服飾業「N」。「ユニクロ」に代表されるSAP業者の台頭、またそのビジネスモデルでもある、海外生産によるコストダウンの波に直面し、事業廃止も視野にはいるほど追い詰められていました。苦境を脱するために「ネット」に活路を求め、Webサイトをリニューアルし、繁華街に大型の「Webサイトの広告(看板広告)」を出稿しました。

ネットの専門家の正体

「広告=看板」とは昭和時代の発想です。看板を見てサイトをアクセスするお客など微々たるもの。そこで知人を頼りに「ネットの専門家」を探します。

その彼のアドバイスもまた「広告」でした。こちらは検索結果に連動して表示される「リスティング広告」を提案します。目の付け所だけは間違っていなかったということです。

しかし、結論は大失敗。十数万円の広告費を使って、上がった売り上げは数千円、ポロシャツ一枚ほどのものです。リスティング広告のチョイスそのものは間違いではありませんが、成功のカギは「売り上げが見込めるキーワード」の選定にありました。

つまりNがここで必要としたのは「ネットに詳しいだけの専門家」ではなく、「マーケティング」や「広告(販促)」の専門家だったのです。

企業におけるネットへの誤解の最たる例といっても良いでしょう。一般的に「ネットの専門家」とは、あくまで「ネット」に詳しいだけで、ビジネスやマーケティングのプロを意味しないのです。

さらに、「ネット」と一口にいっても、通信技術についてのプロフェッショナルと、ネットワーク効果の経済学的研究者では、得意とするフィールドが異なり、ブログなどでビジネスを語っていても、「ググる」で集めた「コピペ文学」レベルの人物が多いのが実情です。

つまり、そもそも論でミスマッチな「専門家0.2」が、ネット界隈には掃いて捨てるほどいて、彼らが各所で365日、誤解を量産しています。

振り向けばテレビ埼玉

ネットの専門家は、事業規模の大小を問わず企業を振り回します。最後発でネット局(中継局)も少なく、低予算と揶揄される「テレビ東京(テレ東)」は、永らく視聴率最下位が指定席でした。そこから生まれた、テレビ業界の慣用句が、

「振り向けばテレ東」

です。テレ東に追いつかれるほどの低い視聴率という意味です。しかし今やテレ東は人気番組を連発。その「姿」に振り向くことが増えた某キー局の不振のひとつは「専門家0.2」にあります。

民放キー局は、週に一回程度、自局の放送内容を検証する番組を放送しています。テレ東の背中を見つめる某局が、年末に4人の専門家を集めて、一年を振り返っていました。

それぞれの肩書きは元新聞記者の大学教授、ジャーナリスト、ネットの専門家、雑誌編集者。番組を仕切るのは同局アナウンサー2人。映像作家、脚本家、放送作家はそこにいません。

つまり「テレビ(コンテンツ)」の専門家は、そこに1人もおらず、客である視聴者すらいません。制作者という仲間と、客(視聴者)の声にも耳を貸さず、専門外の専門家の意見に耳をかたむけているようでは、テレビ東京どころか、関東ローカルの「テレビ埼玉」の背中を眺める日も近いことでしょう。

轍がひとつに重なる不思議

「部外者だから客観的な意見を言える」という反論があるかもしれませんが、その主張は"部外者が業界に通じる専門家"である前提においてのみ成立します。元新聞記者やジャーナリストは、隣接する業界ではありますが、それは同じ商店街にいるからと、魚屋が売る刺身について、隣の八百屋が批評するようなものであり、リアルな街角なら殴り合いになるほど無礼な話です。

さらに「ネットの専門家」は、昨年のテレビ報道をこう解説していました。

「テレビがネット情報を無批判に報道していた」

彼については「ネットの専門家」にも疑問符がつきます。何故なら、昨年浮き彫りになったのは、連載でも繰り返し指摘したように、テレビを筆頭とした既存メディアにおける「報道しない自由」だからです。

「サノケン騒動」や「ぱよちん事件」のように、ネットで話題が沸騰していても、都合の悪い事件をテレビは報道せず、ネット情報の選別=検閲が強化されたのが昨年です。

これを、知らないのなら「ネットの専門家」に値せず、そのアドバイスなど何をか言わんや。それを裏付けるのが、彼のその局への出演と視聴率の関係性です。彼がその局に出演を始めた時期と、同局の凋落は見事に重なり、レギュラー出演した番組はことごとく打ち切り、今も出演する番組は低空飛行ばかりが目立っています。

と、今年も高飛車に世相と企業を切っていくと宣言しつつも、今年は366日ありました。お詫びして訂正する年始めです。

エンタープライズ1.0への箴言


ネットの専門家には、それぞれ専門分野がある

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」