脱法精神の象徴

脱法ドラッグを「危険ドラッグ」と呼び替え、条件付きながら、その保持者を免停にすることが検討されるなど、確実に包囲網が狭まっています。大麻などの「違法ドラッグ」よりも危険性が高いからです。そもそも「脱法」とは「合法」の対義語ではなく、自覚的に法の編み目をくぐる「違法」の類義語です。

Web業界も脱法が横行しています。最たるものが「SEO」です。SEOとは検索結果の上位表示を目指すアプローチで、合法とされる「ホワイトハット」と、違法と認定されている「ブラックハット」があります。国家による「法律」ではありませんが、検索エンジンの定めるルールの隙間をつく、「グレー」なアプローチ、すなわち「脱法SEO」があるのです。かつて時代の寵児と「ホリエモン」が呼ばれていた時代、「脱法」的な生き方を広言していたのは、Web業界には脱法を競争の一部とする空気があるからかもしれません。しかし「脱法」の危険性はドラッグだけではありません。ときに上場企業の株価を暴落させるほどのダメージをもたらします。

上場時はすでに曇り空

求人サイトのJ社は上場を果たし、創業者は当時最年少社長として注目されました。まだ幼さの残る風貌は、かつて欲望まるだしだった「ホリエモン」とは正反対の印象を与え、マスコミでも引っ張りだこになりました。彼は特集番組で成功理由を「SEO」と語ります。数多い求人サイトのなかからJ社が選ばれるのは、独自のノウハウにより、「アルバイト」「バイト」といったキーワードで、検索結果の上位に表示されるからだと豪語します。多くの求職者が訪問すれば、採用できる確率が高まることから、出稿企業が増加し、それがさらなる求職者を呼び込む好循環です。

経済的には「悪夢」と断定できる民主党政権に終止符が打たれ、アベノミクスが始まると、就職氷河期以来のトレンドが反転します。採用関連の企業は軒並み注目され、ご多分に漏れずJ社の株価も急騰し、1年間で4倍ちょっとへ跳ね上がりましたが、人手不足を叫ぶ声がより高まった10カ月後、株価は4分の1に暴落します。暴落の理由を株式市場は「SEO」にあると見ています。

自作自演という脱法

J社の社長が自慢したSEOのノウハウとは「バックリンク(被リンク)」を駆使するものと見られています。検索エンジン対策とは、事実上「グーグル対策」で、グーグルは有意のコンテンツは多くの人に参照(リンク)されると考えます。美人に多くの票が投じられる「美人投票」のようにです。そこでJ社はブログやサイトを量産し、そこから自社のサイトへ大量のリンクを貼っていたのです。一例を挙げると

「バイトレジェンド(仮名)」

と題したサイトを立ち上げ、アルバイトへの不満を述べる質問と回答の双方、それも何カ所もJ社に掲載された求人情報へのリンクが貼られていました。なかには日本語として成立していない質問と回答があり、「捏造」されていることは明らかです。

昨年来、グーグルはバックリンクへの規制を強化しました。不正を見逃せば、検索結果の信頼性が揺らぐので当然です。脱法SEOとは、必ず駆逐される「脱法0.2」なのです。そしてJ社自慢のSEOは壊滅的打撃を受け、「アルバイト」での検索結果は本稿執筆時で40位。これでは求職者はJ社のサイトに辿り着かず、採用実績が悪ければ企業も出稿せず、業績悪化は自明の理で、先に述べた株価の暴落へとつながったというのが株式市場の見立てです。

ゲーム会社に負ける求人サイト

J社のひとつ上の39位は「Find Job!」。いまや『モンスターストライク』のヒットでゲーム会社の一角に数えられる「ミクシィ」の祖業の求人サイトです。その後塵を拝しているようでは、脱法の傷跡は根深いと言えます。野放図に拡散したバックリンクを解除するのは、手間暇のかかる作業で、ドラッグ依存からのリハビリのような根気が求められます。ちなみに「Find Job!」が「注目企業紹介」として紹介する一社は「株式会社ミクシィ」。これを自作自演というかは見解の相違レベルでしょう。なぜなら子会社が親会社を「注目」するのは当然だからです。

グーグルのルール変更に翻弄された。とは言い訳になりません。なぜならWeb業界において、自作自演のバックリンクはJ社の創業当時から「脱法」と認識されていたからです。Web業界では「常識」といってよいでしょう。つまり、脱法ドラッグのように、倫理を無視して手を染めていたのならば自業自得ですし、「知らなかった」のならサイト運営をしてはならないレベルの0.2です。

Web業界は公的な規制が少ないことから、倫理という名の自主規制に委ねられる部分が多く、故に「脱法」に手を染めるものが後を絶ちません。悪意によるものは論外として「幼稚」から手を染めるケースも少なくありません。J社もそのひとつかも知れません。先般東証一部上場企業となった「サイバーエージェント」の創業者が、創業まもなくのころ、あの「ホリエモン」と組んで、他社の権利侵害をしていたと、わざわざ自著で「自慢」したのも「幼稚」さからの勇み足でしょう。

エンタープライズ1.0への箴言


「脱法はいずれ違法となる」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」