無礼千万な若者

「マジっすか?ぶっちゃけ俺のトークどうでした」

開いた口がふさがらないという慣用句をリアルに体験したのは電気工事会社のY社長。発言の主はビジネスマッチングサイトの説明にきた若者。一般的には「営業」と呼ばれるものですが、「説明」という言葉を用いることで、お客の心理的抵抗感を弱め、対面に漕ぎ着けます。コピー機のリースや、マイラインで多用されている、お客を騙す迷惑な営業手法です。

若者が販売するビジネスマッチングサイトは、神奈川で悲劇の舞台となった「ベビーシッターサイト」と同じ。原則として受発注者それぞれの責任において取引が行われ、サイトはすべての責任を逃れます。にもかかわらず、利用料は月額3万円。「出会いの場」を得るコトで、ビジネスチャンスが拡がるというのが、若者の説明です。しかし、建築関連業界は未曾有の好景気。同時に人手不足は深刻で、中小の会社が億単位の案件を断る、いわば「仕事を選ぶ」状況下で、わざわざ金を払ってまで、見知らぬ客と知り合うインセンティブは皆無です。また「マジっすか」に代表されるように、敬語もろくに使えない若者の話しを信じるようでは、社長業は勤まりません。

当然ながらY社長が断ると、若者はさらにぶっちゃけます。

「マジ、自分どうすれば、契約取れますかね」

業界で大躍進中

何かを得ようとしたのか若者は、勝手に自己紹介をはじめます。

"自分は大学生で、サイトを運営する会社に「インターン」として参加している。

1、2度先輩社員と同行し、同じようなトークを展開しているつもりだが、契約が取れない"

腹の底では「しらねーよ」とつぶやきながらも、電気工事業界が置かれた状況を簡単に説明し、いまのやり方では契約は取れないと諭したのは、1秒でも早く帰って欲しかったからだとY社長は溜息をつきました。

ビジネスマッチングサイトを運営するのはS社。そのホームページをのぞくと、IT業界では急成長の大注目される企業だと自画自賛しています。あながち嘘ではないようで、主力商品のネット通販システムはそこそこ売れ、派生する分野を拡充させたことが功を奏し、事業は拡大し、大手広告代理店の出資を受けています。また、創業期からメディア露出に重点を置き、常に手柄を針小棒大に拡散してきたことで成長を加速させました。

偶然と幸運

S社の代表は「良い組織を作る」ことを経営目標に掲げます。それはソニーやホンダといった、戦後を代表する企業は、トランジスタラジオやスーパーカブを作ろうとして起業したわけではなく、良い組織・人材が試行錯誤した結果、成長したという結果論に依ります。

確かにS社の社歴を辿ると、ネット通販システムの販売で創業した直後、仮想空間「セカンドライフ」に手を出すなど、むしろ明確なビジョンもミッションもなく、美味しそうな話しを見つけては飛びついている印象を受けます。

また、未経験で実績ゼロの代表に、200万円でプログラム開発を発注する「知人」の存在があり、それが起業のきっかけとなるなど、いわば「偶然と運」に任せている印象は否めません。これらを否定はしません。「偶然と運」はすべての会社において成長の必須条件だからです。しかし、いただけないのは、組織マネジメントも「偶然と運」に頼っていることです。

特別なバカを外に出す愚

S社のサイトには、既に働く社員の声が紹介されています。いくつか要約して紹介します。

"入社直後は飛び込み営業をやらされました"

"右も左も分からない別の部署に配属されました"

"入社1ヶ月でアプリ開発を任され、納期は1ヶ月後でした"

短いスパンで部署も職務も変わっているのです。新興企業のスピード感といえば、それまでですが、穿った見方をすれば、「ハマる」部署に当たるか、退社するかのどちらかを待っているような人事政策、即ち「偶然と運」です。そこに「育てる」という概念がないのは冒頭の若者から明らかです。

インターンとは、学生が社会を知るチャンスを提供する社会貢献という面と、自社向きの人材を確保する青田刈りの両面があります。両者の思惑が合致するので決して悪いことではありません。しかし、S社のインターンとは、社会人として未熟以前の若者を、教育もせずに他社に送りこみます。いわば「ありのまま」の学生と接することになったY社長は、自分の会社の社員を教育する時間を奪われ、S社の人材育成に協力させられた「インターン0.2」です。

この若者が特殊だったのでしょうか?違います。若者が特別なバカだった可能性は否定しきれませんが、まともな会社なら、そんなバカを単独で営業に行かせたりはしません。それは会社の恥を拡散し、他社に迷惑を掛ける行為と知っているからです。つまり、S社には社会的常識のない人間が多く、それが異常だと気がつかない会社組織だということです。これがS社の代表が目指す「良い組織」だとすれば、ソニーやホンダに到達することはないと断言します。お客に迷惑を押しつける会社は、世界のどこでも嫌われるからです。

ちなみにこの若者が配った名刺の住所はIT企業の多い「S区」ですが、ホームページでは「M区」になっています。インチキ臭い会社です。

エンタープライズ1.0への箴言


「他社に迷惑を掛けるな」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」