もうひとつの楽天騒動

年々早まる「クリスマスセール」に辟易していたら、今年はハロウィンが終わる前から「お節料理」の予約が始まっていました。地球温暖化による異常気象はセールの世界にまで及び「季節感」はすでに崩壊しています。とはいえ、クリスマスまで1カ月を切ったこれからが年末商戦の本番。大手企業に限ればバブル期に準ずるボーナスの増加率を記録し、来春の消費増税前というタイミングからも、セールの盛り上がりが期待されています。

セールといってイメージするのはやはり「安い」でしょうか。店側とすれば安く売れば利益が減るので、数を多く売ることでカバーしようとするのですが、時には足が出てしまうこともあります。それでも「セール」を実施するのは、新規客をゲットすると同時に、日頃から利用してくれるお客様への感謝の気持ちの表現だからです。ところが、前回とりあげた楽天市場の優勝セールに「セール0.2」をみつけます。

セールなのかと訝る声

プロ野球「東北楽天ゴールデンイーグルス」の優勝を祝したセールで、最初にネットで話題になったのは二重価格の疑いではなく

"アマゾンの方が安い"

です。セール開始直後から「2ちゃんねる」で報告されていました。特価と謳うテレビゲームや高級時計が、アマゾンの方が安いのです。さらに時間を区切った特売の「タイムセール」で、ミネラルウォーターが楽天では1本当たり「33.8円」なのに、同じ商品がアマゾンでは、いつでも32円で販売されています(本稿執筆時も)。価格は楽天市場に出店する各企業が設定しますが、楽天市場では俗に「楽天税」と呼ばれる売上に応じた手数料の「2.0~6.5%」が徴収されます。単純計算でこの分だけ、楽天市場の商品は高くなるのです。楽天が自身の保有する球団の優勝を祝して行うセールであっても、期間中の手数料の免除や減免をしたという話しは聞こえてきません。

そして破格値を謳う目玉商品に売り切れが目立ったのもネットで話題になっていました。楽天市場に出店する業者は中小が多く、日常的に価格競争に晒されていることもあり、特価商品を数多く用意する体力がありません。なかには16時から開始のセールが、開始の1分前に売り切れていたという報告までありました。(※筆者注、ネット取引では秒単位の誤差は避けがたく、楽天市場や当該ショップが不正したということではないと見ています)

社風から見える衰退

通常売価より高く、目玉商品がいつも品切れのセールが「0.2」であることは言わずもがな。安いと信じて買ったら高かった、折角足を運んだのにいつも品切れ。まるで客に嫌われるためにセールを行っているようです。ところが週刊プレイボーイの取材に、楽天の20代の女性社員はこう答えます。

"ネットで叩かれている割に、社内ではあんまり反応ないですね。売り上げがよかったから気にしていないんだと思います(苦笑)"

驕れる平家は久しからずという言葉が浮かびます。社内の公用語が英語になったせいで、日本語による批判をヒアリングできなくなったのかもしれません。

首都圏近郊のベッドタウンで、テレビゲームの小売店を営むF氏。大手チェーンのフランチャイズから独立した最大の理由はチラシでした。テレビゲームは同じ市区町村内でも、周囲の住宅事情により売れ筋商品が変わるのですが、全国一律に同じ商品を掲載するフランチャイズ本部が作るチラシでは、地域の需要を反映することができなかったのです。独立の直後から、独自のチラシ作りを目指し、そして楽天のセールと同じ手法を編み出します。

ネット乞食を集める施策

同業他社が悲鳴を上げるほどの破格値商品を「目玉」としてチラシに掲載します。すると目玉商品を呼び水として来店者が増加します。開始から1年、近隣にあるライバル店の存立を危うくするほどの集客に成功します。しかし、目玉商品はいつも、ひとつかふたつしか用意しておらず、開店直後に売り切れます。その他の掲載商品も「セール価格」と打ち出しながら、近隣店舗より高めに設定することで、目玉商品の赤字と広告費以上の利益を得る狙いです。

お客はバカではありません。徐々に客足が離れていきます。それでもセール初日の行列は変わらず、これがF社長の判断を狂わせ、同じ手法を繰り返し、結果的に閉店に追い込まれます。行列に並んでいたのは目玉商品狙いのお客だけでした。だから売り切れが分かると三々五々、何も買わずに帰って行きます。そして目玉商品をゲットした幸運なお客は、その足で近隣店舗に向かい「下取り」にだします。店舗間の価格差を利用して小銭を稼ぐ、いわゆる「せどり」で、セールのチラシは、彼らを集める効果しかなくなっていったのです。

「ネット乞食」とは、破格値の商品や価格誤表記などをみつけては群がるネットの住民を揶揄する表現です。彼らの中には四六時中ネットをパロールし「せどり」を狙うものがおり、特売期日を予告されたネットセールは狩り場です。そのとき限りのお買い得品だけを購入し、貯まったポイントも、同様にお買い得品の購入…いや、「仕入れ」にしか使いません。

つまり楽天のセールで恩恵を得るのはネット乞食だけ。また、セール価格がアマゾンの平常価格に負けていることも明らかになりました。繰り返しますが、お客はバカではありません。驕れる楽天市場の栄華は意外と短いのかも知れません。

エンタープライズ1.0への箴言


「特売しか買わない客を集めた店は衰退する」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」