自社の商品やサービスを「その企業ならでは」と認識してもらう企業ブランディングへの注目が集まっている。その背景には、国内外の競争激化や物価の上昇などがある。しかし、大企業と違い、中小企業がブランド戦略を打ち出すのは容易ではないとされる。こうした中で、インターネットを活用してコストを抑制しつつ、効果的なブランディングを実施する中小企業やB to B(企業間取引)企業も出始めている。本連載では、ITなどを活用してブランディングを行っている事例を紹介する。

第28回は粉末成形用プレスの製造・販売を手掛ける三庄インダストリー(大阪府 東大阪市)を取り上げる。同社は商品名を工夫して親しみやすくすることで、潜在顧客の目を引くことに成功。ホームページへの掲載や大学への無償提供で認知度を高め、ブランディングにつなげている。山本努社長は企業ブランディングの意義について「顧客や潜在顧客からの自社への信頼を獲得できること」だと話す。聞き手はZenkenの本村丹努琉(もとむら・たつる)氏。

  • 三庄インダストリー 社長 山本努氏

三庄インダストリー 社長 山本努氏
同志社大学工学部化学工学科 装置工学研究室卒業後、三興空気装置(株)の商事部門 三興商事株式会社に入社。ファインセラミックス製造装置システムの開発、販売を担当する。14年のサラリーマン生活後、一念発起して独立、三庄インダストリー株式会社を創設。
大学時代から勉強をしていた粉体工学を活かし、粉砕機や混合機、成形装置を開発。全自動の粉末成形プレス装置「振動ウェーブ成形機」は人工セラミック歯の成形では60%のシェアを誇る。最近では有機ELディスプレイのフィルム上にコーティングするためのターゲット材成形装置を、LGやサムスンにほぼ100%供給している。

ポイント

①中小企業のブランディングの最大の意義は「信頼」を獲得すること
②中小企業のブランディングや信頼獲得で重要なのは「継続性」
③成功例は自社商品に「ニュートンプレス」と名付け、親しみを持ってもらったこと
④DMの低返信率に失望。ダイレクトレスポンスマーケティングの手法も取り入れる

本村:貴社の製品は多くの機器の製造に使われています。会社の概要と強みを教えて下さい。

山本:当社は1997年に創業し、粉末成形用プレス機器などの製造と販売を手掛けています。当社はセラミックのほか、銅やタングステン、ニッケルなどの金属の粉末の新たな成形工法を開発し、「ニュートンプレス」と名付けました。ニュートン力学の法則の一つである「作用と反作用」を応用し、上下から均等に荷重をかける仕組みです。

成形する粉をピストン式の振動装置で最適なタイミングで叩いて揺らすのも特徴です。振動により粉の間に含まれる空気を抜くことで隙間が減り、均質な密度の成形品を作れます。取引先からは高い品質が評価され、半導体製造装置、有機ELの素材成形などに活用されています。

  • ニュートン力学を応用し製品開発につなげている

    ニュートン力学を応用し製品開発につなげている

本村:成形品の均質な密度など、高い品質が強みということですね。最近は、企業が「自社の強みや特徴を知ってもらおう」とブランド作りをする動きが強まっています。

山本:私たちのような中小企業がブランディングをする最大の意義は、顧客や潜在顧客からの自社への「信頼」を獲得できることです。企業ブランドは潜在顧客からの知名度や安心感につながります。リピーターが増え、価格競争にも陥りづらくなります。名前を聞いたことのないような企業は残念ながら信頼されづらく、取引も増えません。

当社も創業当初からホームページを自前でつくって商品を掲載し、ブランディングやマーケティングを始めました。関連製品が集まる展示会にも毎年出展し、業界内で認知度を高めるよう努めてきました。現在では「粉末成形を考えているなら三庄インダストリーに相談した方が良い」と言ってもらえるようになり、潜在顧客からの問い合わせも増えました。インターネットでも好意的な口コミが多くなりました。

本村:潜在顧客からの信頼を獲得する具体的な方法を教えて下さい。

山本:重要なのは継続だと思います。例えば、10年以上継続的に展示会に出店することで、安定感があり、安心できる会社だと認識してもらえます。展示会では、一見して当社だと分かるように青、黄、赤をベースとしたカラーのブースにしてブランディングにつなげています。

こうした努力を通じて、大学や産業技術総合研究所の先生たちに当社の名前や事業内容を知ってもらうことができ、その結果として顧客を紹介してもらうこともあります。継続的なブランディングが奏功し、現在では粉体技術の業界雑誌の巻頭言に寄稿させていただけるまでになりました。

  • 展示会にも毎年出展し信頼性を高める

    展示会にも毎年出展し信頼性を高める

本村:ブランディングを通じて、知名度だけでなく貴社の業界内の地位も向上しているのだと思います。ただ、多くの経営者からは「中小企業がブランディングするのは難しい」との声が聞かれます。

山本:当社も従業員15人程度の中小企業ですから、その悩みはよくわかります。中小企業は知名度がなく、資金や人材が不足しています。知名度を上げるために広告宣伝をしようにも、豊富な資金がなく実現は困難です。このため、多くの企業はまずは売上を増やしたり、利益率を引き上げたりすることが優先課題となってしまうことが多いのだと思います。

本村:貴社はそうした難しい状況の中でも、自社製品の認知度を高めてきました。ブランディングの成功事例を教えて下さい。

山本:最も大きな成功例は、開発した主力商品を「ニュートンプレス」と名付けたことだと思います。ニュートン力学を応用した商品だったことから、発想を得ました。一般的な産業関連の製品の名前はアルファベットや数字の羅列のことが多いので、なかなか親しみがわきません。当社は小学生でも知っている「ニュートン」という親しみのある名前を使ったことが、普及に一役買ったと思います。

また、大学の先生に無償で提供することで、多くのメーカーにニュートンプレスを紹介してもらいました。さらにホームページにも電子版のカタログを掲載して、潜在顧客に商品を宣伝しました。創業期からマーケティングの本を読んで広告宣伝のコツを勉強してきたことが役立ったと思います。

  • ニュートンプレスという名前をHPなどで広めている

    ニュートンプレスという名前をHPなどで広めている

本村:これまでブランディングに取り組む中で、失敗もあったかと思います。

山本:もちろん失敗したこともあります。当社は「ダイレクトマーケティング」を創業時から実施してきました。ダイレクトメールを約200人ほどに送っていましたが、非常に返信率が低かった時期がありました。

なぜ失敗したのかを調べたところ、イエスまたはノーで答えさせるような質問が多かったことに気付きました。そこで、アンケート対象者の目的やニーズを聞くような質問にしたところ、返信率が上昇しました。加えて、レスポンスのあった顧客にアプローチする「ダイレクトレスポンスマーケティング」の手法も取り入れました。

本村:一口にニーズといっても、ターゲットごとに異なると思います。現在はどのようにブランディングやマーケティングをしていますか。

山本:潜在顧客のターゲットを絞って、仮説を立てた上でメッセージを送るようにしています。例えば、「粉末に上部から圧力をかけて成形品が緊密な密度になると思っていますか。具体的にこうすれば改善できます」といったメッセージを潜在顧客に伝えるようにしています。

本村:Zenkenのサイトに貴社の記事が掲載されています。

山本:2023年5月からZenkenのメディアに当社の記事を掲載してもらっています。サイトへの訪問は月に800件以上あり、当社のホームページにもその一部が流入し、顧客獲得につながっています。第三者が客観的な目線で記事を書いてくれていることが、当社のブランドを向上させていると感じています。

(編集協力 P&Rコンサルティング)

本村 丹努琉(もとむら・たつる)

Zenken株式会社 取締役 eマーケティング事業本部長

通信機器販売やエネルギーコンサルティングなどのベンチャー企業3社で営業責任者として組織構築に従事。1人のカリスマだけに頼らない組織営業スタイルを確立し、収益増に貢献した。2009年に全研本社株式会社に入社し、ウェブマーケティングを担当する「バリューイノベーション事業部(現:グローバルニッチトップ事業部)」の立ち上げに参画。コンテンツマーケティング黎明期から、オウンドメディアを基軸としたWEBブランディングを提唱し、14年間で約8000社のインサイドセールスを構築した。