自社の商品やサービスを「その企業ならでは」と認識してもらう企業ブランディングへの注目が集まっている。国内外の競争激化や物価の上昇などが背景にある。しかし、大企業と違い、中小企業がブランド戦略を打ち出すのは容易ではないとされる。こうした中、インターネットを活用してコストを抑制しつつ、効果的なブランディングを実施する中小企業やB to B(企業間取引)企業も出始めている。本連載では、ITなどを活用してブランディングを行っている事例を紹介する。
第29回はテントの企画・販売を手掛けるマクライフ(岡山県 津山市)を取り上げる。同社は省庁などが開催するピッチコンテストに参加し、聴衆を前に事業を説明。報道や自社のホームページなどを通じて認知度を高めている。牛垣和弘社長は企業ブランディングの意義について「自社の目指していることや思いを外部の方々に知ってもらうことだ」と強調する。聞き手はZenkenの本村丹努琉(もとむら・たつる)氏。
結婚を機に、妻の実家であるテントを中心としてあらゆる膜素材の加工、施工、販売を行う有限会社ファインアートかわばたに就職。2004年に代表取締役に就任。2011年に発生した東日本大震災での天井落下事故をきっかけに、膜材で真に安全な天井をつくりたいと天井の開発に着手する。膜素材の加工・施工の技術を生かし、重い吊金具を使用せず一枚の大きな膜材を壁で引っ張って作る新発想の膜天井「マクテン」を開発。2017年、マクテンの専門販売会社として株式会社マクライフを設立し、マクテンの全国への普及活動に取り組む。
ポイント
①中小企業のブランディングの意義は、自社の思いを伝え理解してもらうこと②ピッチコンテストに参加し受賞したことをHPやSNSなどで伝え、問い合わせが増加
③SNSでは画像を多用し、閲読率を引き上げ
④多くのアドバイスを積極的に取り入れ、トライ&エラーで改善繰り返す
本村:貴社はテントの企画や販売を手掛けています。会社の概要と強みを教えて下さい。
牛垣:当社の特徴の一つは、私自身が社長を務めるグループ会社が開発している、従来にない「膜天井」です。東日本大震災で見た天井事故の報道をきっかけに、天井落下のない安全な天井を作りたいと考えました。
ガラス繊維の強靭なシートに強い張力をかけて、平らに隙間なく張り詰めれば、軽くなり落下しにくくなります。建築家をはじめ、建築科の大学や工業高校、専門学校の先生たちに「一緒に膜天井を作りませんか」と呼びかけ、吊り金具が不要で自在に設置できる天井システムをグループ会社と協力しながら開発し製造しています。
膜の加工や取り付けのノウハウがあることも当社の強みです。当社は従業員5人の中小企業ですが、クライアントの要望にオーダーメイドで丁寧に応えることができます。クライアントの要望とは、例えば生地の種類や虫よけの加工、湿気対策、ほこりよけなどです。当社やグループ会社では、試作段階からクライアントと協力して製品を開発・製造していきます。
本村:貴社にとってブランディングの意義とは。
牛垣:ブランディングは、自社の目指していることや思いを知ってもらうことだと考えています。当社は東日本大震災での悲しい経験をもとに、安全性を重視しています。例えば、今大きな地震が発生したとしても高齢者の方々の安全を確保できるような世界を目指していきたいのです。こうした思いは外部の人に知られなければ、注文も来ません。
本村:中小企業のブランディングは難しいとの声もあります。
牛垣:確かに難しいと思います。手元資金の潤沢な大企業はお金をかけて不特定多数に自社のイメージを作れます。しかし、中小企業は資金もノウハウも専門的な人材も持っていません。相談相手もおらず情報を集めるのも難しい。一つ一つ手探りでノウハウを蓄積していくしかありません。
本村:手探りでやってきたということですが、どんなことをやってきましたか。
牛垣:当社も従業員15人程度の中小企業ですから、その悩みはよくわかります。中小企業は知名度がなく、資金や人材が不足しています。知名度を上げるために広告宣伝をしようにも、豊富な資金がなく実現は困難です。このため、多くの企業はまずは売上を増やしたり、利益率を引き上げたりするというのが優先課題となってしまうことが多いのだと思います。
本村:貴社はそうした難しい状況の中でも、自社製品の認知度を高めてきました。ブランディングの成功事例を教えて下さい。
牛垣:いろいろな方に教えを乞い、その意見を手当たり次第にやってきました。ぶっつけ本番で、講演でもダイレクトメールでもまずはやってみるという姿勢で、トライ&エラーと改善を繰り返してきました。
本村:課題があったら、実行する企業と何もしない企業に分かれます。ブランディングを試行錯誤して身になったことも多くあるのではないかと思います。どんな成功例がありますか。
牛垣:事業内容を説明する「ピッチコンテスト」への参加が有効でした。2022年に岡山県の「イノベーションコンテスト」に出場したところ、最優秀賞を受賞できました。2023年には中小企業庁が主催する「アトツギ甲子園」に参加したところ、優秀賞を受賞できました。
コンテストの様子を画像付きで当社のHPやX(旧ツイッター)などのSNSで紹介したところ、多くの人がリポスト(リツイート)してくれて、名前が拡散されました。新聞社や地元のテレビ局などからも報道で取り上げてもらい、知名度や認知度が大幅に向上しました。
賞をとった企業として箔が付いただけでなく、受賞で当社を知った人が潜在顧客である建設会社などに紹介してくれたこともありました。中小企業庁関連のイベントや日本経済新聞のスタートアップ関連イベントなどで話をするチャンスもいただきました。
本村:そうしたピッチコンテストの開催を知らない中小企業も少なくないと思います。コンテストをどのように探したのですか。
牛垣:新聞社が広告で岡山県の「イノベーションコンテスト」の参加企業を募集していたのを目にして、社員である娘にやってみたらどうかと相談しました。
本村:たまたま目にした情報をきっかけにして、そのチャンスを膨らませているのですね。
牛垣:チャンスがあればチャレンジしますし、良い誘いがあれば断らないようにしています。コンテストでは、こんな商品でこういう世界をつくりたいという思いも含めて話せます。そうした意味では、安全性を重視する当社の商品はピッチコンテストと相性が良いのではないかと思います。
本村:XなどSNSでのアピールでは、画像を多用していますね。
牛垣:画像が多いとSNSでも読まれやすい傾向にありますし、文章がつたなくても分かってもらえる利点があります。Xに投稿するときも画像が大きく表示されるように工夫しました。
本村:ピッチコンテストをきっかけに具体的にプラスになったことはありますか。
牛垣:商品や会社への問い合わせが増えました。コンテストの前は年間に1~2件でしたが、コンテスト後は月2~3件、現在では月5件ほどの問い合わせがあります。それと同時に仕事の依頼も増え、売り上げにも貢献しています。企業イメージが向上し、既存のターゲット以外の企業からも問い合わせが来るようになりました。
本村:ブランディングの失敗例は。
牛垣:2年前に設計事務所などの潜在顧客に対してDM(ダイレクトメール)を1000枚送付したことがあります。節約のため、自分たちでこつこつ努力して郵送しました。10件くらい反応がありましたが、1件の契約にもつながりませんでした。
手あたり次第に郵送してしまったため、相手が何に興味があるのか、そもそもどんな相手なのかを知らない状態でDMを送っていたのが失敗の要因だったと考えています。この教訓を踏まえて、営業活動でもターゲットとなる潜在顧客が何を得意としているのか、どんなニーズを持っているのかを調べた上でアプローチするようになりました。
本村:ターゲティングを明確にすれば、DMも有効なのかもしれませんね。失敗をきっかけに改善したことは。
牛垣:DMに限らず、説明をシンプルにしすぎると私たちの思いは伝わらないと感じました。新商品をいくら作っても共感してもらえなければうまくいきません。このため、カタログについても30数ページの分厚いものを作って、当社のことを詳しくわかってもらうようにしました。
本村:Zenkenのサイトに貴社のことが掲載されています。
牛垣:2022年から掲載してもらっていますが、Zenkenのサイトを通じて平均月3件程度の問い合わせがあります。今まで営業活動できていなかった大手企業からの問い合わせも発生しています。問い合わせの数自体は多いとまでは言えませんが、地震被害で悩まれている施設や工場などから、当社の商品の特徴を理解した具体的な相談が来ています。「サイトを見て信頼できる会社だと感じた」と言ってくれるお客様もあり、契約してもらえそうな大型案件もあります。
(編集協力 P&Rコンサルティング)