自社の商品やサービスを「その企業ならでは」と認識してもらう企業ブランディングへの注目が集まっている。その背景としては、国内外の競争激化や物価の上昇などがある。しかし、大企業と違い、中小企業がブランド戦略を打ち出すのは容易ではないとされる。こうした中で、インターネットを活用してコストを抑制しつつ、効果的なブランディングを実施する中小企業やB to B(企業間取引)企業も出始めている。本連載では、ITなどを活用してブランディングを行っている事例を紹介する。

第24回はめっき加工を手掛ける日本電鍍(でんと)工業(大阪市)を取り上げる。同社はホームページに「めっき相談所」というコーナーを設け、質問や疑問に答えている。めっき相談所は商標登録して自社のブランディングにも活用している。寺内亮一社長は「当社に相談すれば何とかしてくれるというイメージを持ってもらうことが重要だ」と話す。聞き手はZenkenの本村丹努琉(もとむら・たつる)氏。

  • 日本電鍍工業 代表取締役 寺内亮一氏

日本電鍍工業 代表取締役 寺内亮一氏
大阪大学大学院工学研究科生産科学専攻修了後、松下電工(現 パナソニック)を経て、2005年3月に伯父の経営する日本電鍍工業に入社。2012年5月に同社の代表取締役社長に就任(現任)。
従来からの亜鉛めっき事業および化学研磨事業に加えて、機能性めっき事業を展開。2023年にはR&Dセンターを開設。自社の有するめっき加工技術やノウハウを生かして、「めっき相談所」として問題解決や提案型の営業スタイルを行っている。大学新卒生採用を積極的に行い、若手責任者の育成をしている。めっき工場では珍しく働く人の半数が女性。経営理念は「ONE RANK UP!」。
会社全体で、資格取得や新しいことに取り組んでいる。自身も今年から博士後期課程に進学し、博士号取得を目指す。

ポイント

①ブランディングは潜在顧客に自社を連想してもらうための有力な手段
②パソコンに映るホームページの画面の大きさは大企業も中小企業も同じ
③ホームページの「めっき相談所」で情報発信。商標登録でニッチトップをアピール
④ブランディングに熱心なだけではダメ。ブランディングに見合う企業の実力が重要

本村:日本電鍍工業は企業向けにめっき加工などを手掛けています。御社の概要と強みを教えてください。

寺内:当社は金属へのめっきなど表面処理を手掛けており、関西を中心に取引先が常時120~150社あります。特徴は顧客のニーズを詳しく聞きとり、めっきの性能や役割を丁寧に解説して最適な対応ができることです。当社には「電気めっき技能士特級」の資格所有者など専門人材がたくさんおり、優れた加工技術も備えています。私自身も大学の工学部を卒業しており、大手メーカーの研究職の経験があります。

当社のお客様の中には、めっき処理に詳しくない方も多くいます。メーカーから製造を委託されても、めっき処理の質が良くないと言われて困っている企業もあります。そうしたときに「専門知識や技能レベルの高い日本電鍍工業なら問題を解決してくれる」と頼ってもらえるのが当社の強みだと考えています。

めっきの技術を職人技に頼らないところも当社の特徴です。温度や湿度、時間や電流の強さなどを徹底して検査して数値化しています。量産した際にも同じ数値になるかなども検査し、確実に一定水準を上回るめっき処理ができるようにしています。

  • 日本電鍍工業は金属などへのメッキ加工を手掛ける

    日本電鍍工業は金属などへのメッキ加工を手掛ける

本村:御社のブランディング方法には、自社はもちろんですが、業界自体の認知度も上げようという意思を感じます。御社は企業ブランディングについて、どう考えていますか。

寺内:当社にとってブランディングとは、誰かがめっき処理をしたいという場合に日本電鍍工業を選択肢として連想してもらえるようにすることです。めっき業界にとってもブランディングは重要です。表面処理には塗装やアルマイト、めっきなど複数の手段がありますので、表面処理をする際にめっきの価値を理解して選択肢に入れてもらう必要があるためです。めっきという技術にブランドがなければ業界は価格競争に陥り、どの企業の収益率も悪化してしまうでしょう。

本村:中小企業やB to B企業にとってブランディングは難しいという声があります。寺内社長はどう考えますか。

寺内:私たちのようなB to B企業は選択肢が限られ、土俵が小さい傾向があります。これは対象顧客の幅が広いB to C(対個人取引)企業よりも有利なところです。しかし、どこに潜在顧客がいるかが分かりづらいため、ブランディングやマーケティングがしにくい面もあります。また、PR会社など外部パートナーはB to C企業のPRには慣れていても、B to Bには慣れていないことが多く、適切な対応が取れていないことが多いように思います。

また、ITは中小企業のブランディングの味方です。展示会などに出展する場合は、会社の展示スペースの大きさに投資余力の差が出ます。一方で、潜在顧客のパソコンの画面に映るホームページの画面は、会社の規模と無関係ですべて同じです。

本村:確かにパソコンの画面は大企業と同じですから、中小企業もコンテンツの質で勝負できます。御社のITブランディングの成功例を教えてください。

寺内:当社はホームページのトップページに「めっき相談所」というコーナーを設けています。例えば「漆黒の黒色皮膜が欲しいが、環境に負荷のかかる物質は使用したくない」といった相談事例を掲載し、それに対する解決策を簡潔に示しています。その上で「無料相談はこちらから」というボタンを設けて、潜在顧客がクリックすると相談フォームや問い合わせ番号が出てくる仕組みです。

工場などリアルな製造現場の写真を掲載し、当社自身がめっき処理をしていることも強調しています。ページの基調を赤で統一し、一目で当社だとわかるようにも工夫しました。

  • 日本電鍍工業のホームページ

    日本電鍍工業のホームページ

めっきはニッチな分野であり、こうした対応策を示しているサイトは少ないのが現状です。当社の「めっき相談所」を読んで、潜在顧客の方々が「あそこなら相談しやすい」「あの会社なら何とかしてくれる」と思ってくれるようです。

口コミで当社のホームページのことを聞いて、プリントアウトした紙を握りしめて来社される方もいます。他社のことを調べてから当社のホームページに回帰して問い合わせてくる人もいます。ホームページからの問い合わせは月10件以上に上り、集客の最大の武器となっています。

本村:だからこその相談所なんですね。マーケットの内容が分かりづらかったり限定されたりしている場合、それを分かりやすく解説して情報を発信することは大事です。御社はそれを徹底的にやるから強いのだと思います。

寺内:私はZenkenの担当者と打ち合わせをする中で、特定の狭い分野では高い競争力を誇る「ニッチトップ」になることの重要性を痛感しました。「めっき相談所」を商標登録したのも、きめ細かくめっきについて相談を受け、的確な対応をすることでトップになるという本気度を示したかったからです。こうした取り組みは真似されたり、批判されたりすることもあるかもしれません。しかし、模倣やアンチが出てくるのは、自社が本物である証拠だと考えています。

本村:顧客がホームページをプリントアウトした紙を握りしめて御社を訪問することがあるという話もありました。

寺内:潜在顧客が当社を訪問するのは、すでにめっき処理をすることを決めている証拠です。気になるホームページをプリントアウトして熟読し、どんな会社なのかを確認しにくるわけです。

このため、ブランディングを熱心に進めるだけでなく、潜在顧客が当社を訪れた際にきちんと説明できること、つまりブランディングに伴う実力があることも重要です。

本村:失敗例はありますか。

寺内:一度、外部のPR関連の会社に、社長の私自身にフォーカスすれば売り上げが増えると言われて、依頼したことがありました。確かに私のインタビュー広告記事などが複数掲載されましたが、売り上げが増えることはありませんでした。その際に、ブランディングやマーケティングでは当社の特徴を他社と比較してもらい、顧客に選んでもらうことがより重要だと実感しました。

本村:Zenkenのサイトに御社が掲載されています。

寺内:Zenkenのめっき加工専門メディアには、月間で1500人程度が訪問しています。そのうち平均30人程度がホームページに流入している状況です。メディアの情報を読み、当社の特徴をしっかり理解した上でホームページに流入してきたユーザーであるため、その多くが問い合わせにつながっています。改めてブランディングの重要性に気付かせてくれました。

(編集協力 P&Rコンサルティング)

本村 丹努琉(もとむら・たつる)

Zenken株式会社 取締役 eマーケティング事業本部長

通信機器販売やエネルギーコンサルティングなどのベンチャー企業3社で営業責任者として組織構築に従事。1人のカリスマだけに頼らない組織営業スタイルを確立し、収益増に貢献した。2009年に全研本社株式会社に入社し、ウェブマーケティングを担当する「バリューイノベーション事業部(現:グローバルニッチトップ事業部)」の立ち上げに参画。コンテンツマーケティング黎明期から、オウンドメディアを基軸としたWEBブランディングを提唱し、14年間で約8000社のインサイドセールスを構築した。