自社の商品やサービスを「その企業ならでは」と認識してもらう企業ブランディングへの注目が集まっている。国内外の競争激化や物価の上昇などが背景にある。しかし、大企業と違い、中小企業がブランド戦略を打ち出すのは容易ではないとされる。こうした中で、インターネットを活用してコストを抑制しつつ、効果的なブランディングを実施する中小企業やB to B(企業間取引)企業も出始めている。本連載では、ITなどを活用してブランディングを行っている事例を紹介する。
第17回は、ビーコン(電波受発信器)を活用した屋内位置情報サービスを手掛けるビーキャップ(東京都中央区)を取り上げる。同社は自社の市場占有率が最も高いことを示す調査会社の市場調査を活用し、インターネットや営業資料などで情報を発信。企業ブランディングに成功している。岡村正太社長は「製品の性能に大きな差がないIT関連企業にとって、ブランディングは非常に重要だ」と強調する。聞き手は全研本社の本村丹努琉(もとむら・たつる)氏。
1983年横浜生まれ。ITベンチャー企業の新規事業責任者としてビーコン管理プラットフォーム「Beacapp」や所在把握サービス「BeacappHere」をリリースし、事業拡大のタイミングで分社化、当時の事業部担当役員と2名で2018年12月にビーキャップを設立。
「あらゆる現場を可視化する」をミッションとし、低コストで手軽に使うことができるIoTサービスとして「BeacappHere」を展開し、フリーアドレス採用企業を中心に200社12万人以上に利用されている。
最近はオフィス以外の領域においてもサービスを強化しており、病院向けの「Beacapp Here Hospital」の拡大やフィールド向けデータ収集サービス「Beacapp Here Research」の立ち上げに従事している。
ポイント
①特にIT企業にとってブランディングは重要。ターゲットを絞って実施することがコツ②中小企業のブランディングでは、資金不足から挑戦できないことが欠点となる
③調査会社のシェア調査でトップとなったことをネットなどで発信、ブランディングに成功
④ITマーケティングで自社の認知度を高め、効率的に集客
本村:御社はビーコンを活用した屋内位置情報サービス「Beacapp Here」の提供やアプリケーションの開発などを手掛けています。強みを教えてください。
岡村:ビーコンは、電波の受発信を通じて情報を伝達する手段です。一定の範囲内にビーコンの信号を受け取れる受信端末があると、信号を感知して位置情報をサーバに送信します。当社はこのシステムを通じて「あらゆる現場を可視化する」というミッションを掲げています。
しかしこのシステムは一般に導入コストが数百万~数千万円かかるなど、価格が高いのが欠点です。当社の強みは、事業をビーコンに特化することでコストパフォーマンスが高く、サービスを安く提供できることです。導入コストは一般的なシステムの10分の1程度です。
当社はビーコンの電波をスマートフォンのアプリが高い精度で感知する技術の特許も保有しています。現在、当社のシステムの導入企業数は累計で200社以上、利用者数は12万人にのぼっています。業績面でも、当社は2018年12月の創業以来、営業黒字を続けています。
本村:ビーコンのシステムを手掛ける御社にとって、企業ブランディングが与える影響は何でしょうか。
岡村:特に当社が属するIT業界にとって、企業ブランディングは重要です。プログラミングを通じてできるサービスや製品には大きな差はないからです。このため、ブランディングに成功した企業は有利になりますし、何もしなければ不利になります。例えば、シャンパンとスパークリングワインは似たような味であるにもかかわらず、人気も価格も大きく違います。
本村:シャンパンは世界中で飲まれており顧客のターゲットも幅広いですが、ビーコンの場合は対象が狭いように思います。違いはありますか。
岡村:ブランディングでは、ターゲットを明確にすることも重要です。自社のサービスを誰がどう使うのかをイメージしてブランド作りをする必要があります。当社の場合は、一定の価格帯・精度のシステムの導入を検討されている企業がターゲットになります。
中でも、特に総務部でIT社会に慣れている若い方々を意識しています。より具体的には、直接の担当となりやすく、細かいことにも気づいてくれる20~40代の女性が主なターゲットとなります。
本村:御社の従業員は15名と伺っています。中小企業がブランディングをすることの苦労をどう考えますか。
岡村:資金不足から挑戦できないことが、中小企業の大きな欠点です。大企業の場合はブランディングでも営業戦略でも挑戦する資金的余裕がありますが、中小はそうはいきません。本来なら失敗する経験も必要ですが、中小はその余裕をなかなか持てません。
企業のブランド作りは重要ですが、その効果が出てくるまでには時間がかかります。中小企業では短期的な売り上げを求めるあまりに、中長期の施策が実施しづらい環境です。こうした困難を乗り越えて経営者がブランディングを実施しようと決めたとしても、社内にそうした能力を持つ人材がいないのも実情です。
本村:確かに資金力の豊富な大企業は広告も含めて全方位のブランディングが可能ですが、中小企業だとターゲットを絞ることが重要ですね。御社のブランディングの成功例を教えてください。
岡村:東京商工リサーチに2020年から22年まで当社の関連事業について市場調査を委託し、その結果をブランディングに活用しています。実施してもらった「オフィス向けビーコン(電波受発信器)位置情報サービスに関する調査」では、ビーキャップの製品を導入している企業や利用者数が日本で最も多いという結果が出ました。
こうした調査を営業資料に盛り込んだり、フェイスブックで調査開示をしたりしています。プレスリリースも発表しました。情報を積極的に開示することで、潜在顧客の当社への信頼を得やすくしています。
ビーコン導入を検討する際に、導入企業数の最も多い企業を無視する人はいません。競合他社も増えてきたことから、シェアナンバーワンの事実を提示するためにも、信頼性の高い企業イメージをつくるためにも、市場調査を行って非常に良かったと思っています。結果として、22年の当社システムの累積導入社数は20年の2倍以上に増えました。
本村:ブランディングの失敗例はありますか。
岡村:2022年初めごろのことです。FAXを利用して送るダイレクトメール「ファクスDM」に挑戦してみましたが、かえって当社の企業ブランドを傷つけてしまったことがありました。
このサービスは、企業や医療機関などに一斉にFAXを送ることで、商品情報や企業情報などを一気に知らせることができます。小規模の法人向けに商品やサービスを案内する際に効果的といわれており、当社のターゲットとなる病院への営業にプラスになると判断して始めました。
しかしまったく営業成果がなかった上、苦情まで受けてしまいました。忙しい際に欲しくもない営業DMを送られ、FAXも送信中、占拠されてしまったことにいら立ちを持たれてしまったようでした。相手のニーズをくみとった上でブランディングやマーケティングをしなければ、企業イメージを傷つけてしまうケースがあることを思い知りました。
本村:同じファクスDMでも、送られてきた内容が興味あるものなら、反感を買わなかったかもしれませんね。
岡村:例えば企業なら働き方改革の担当者、病院なら院長や理事長らに直接FAXを送れるのであれば、意味があったかもしれません。しかし、受け取る無関係の社員や職員の方々にとっては迷惑だったのだと思います。
本村:全研本社のサイトにビーキャップが掲載されています。
岡村:競合他社が増えてきたことで、将来的に当社がコンペに掛けてもらえない可能性が出てきました。大企業の場合は別の事業分野で多くの顧客基盤があります。ある大企業がビーコンの事業に新規参入した場合、自社の既存顧客にお願いして採用してもらうというパターンが多くあります。営業を受けた企業も、当社のような別の会社を探して比較検討する努力をしないケースがあります。このため、企業の認知度やブランド力の重要性や意味がよく分かりました。
こうした経験をもとに、当社は全研本社のサイトに2022年7月から掲載してもらっています。全研本社のサイトから当社のホームページに移動した方は増え続け、23年2月以降は1カ月当たり30人以上に上っています。
当社の関連事業についてのサイトがあることで同業他社と比較してもらえますし、当社のことも詳しく知ってもらえます。このため、潜在顧客が当社について一定の知識を持った上で問い合わせてくれます。結果として、成約率も高くなりやすいと思います。サイトに掲載されたことで認知度が上がり、「当社が携わっていない事業について勘違いして問い合わせしてくる」などということも少なくなっています。
(編集協力 P&Rコンサルティング)