売れ筋商品、月別・時間別傾向、年齢、男女比など、さまざまなデータ分析が可能なPOSレジは飲食流通小売業の基盤を支えるツールの1つといえる。POSレジとは、POSシステム(point of sale system)を搭載したレジのことで、商品を販売した時点の情報を取得・管理する仕組みにより、「いつ、だれに、いくらで、どれだけ売れたか」の情報を分析し、商品の売れ行きを把握したり、在庫数の管理などが行える高性能レジだ。スーパーやコンビニで、バーコードから商品情報を読み取る姿は見慣れた光景だろう。

高性能なだけに、POSレジの導入費用は数十万~数百万円と高額だ。小規模の個人経営の店舗では、高価なPOSレジに手が出ずスタンドアロン型のレジを活用するケースも多い。しかし、近年、POSレジ業界に変化が起きている。大型で高性能なPOSレジに匹敵する機能を搭載したスリムな「iPadレジ」が低価格で参入しはじめたのだ。

持ち運び可能なiPadレジで小型飲食店にもイノベーション

東京都港区の飲食店「BISTRO Borracho」では、2013年冬に「Airレジ」(リクルートライフスタイル提供)を導入した。同店は、店舗面積は約9坪、席数はカウンター6席を含む22席の小型店舗で、新橋から徒歩2分の立地から夜になれば仕事を終えたサラリーマンが立ち寄る憩いの場所として賑わっている。

マネージャーの下田曜一氏は、仕入れや注文、配膳、会計、掃除などすべて1人で切り盛りしている。

BISTRO Borracho マネージャー 下田曜一氏

「料理は、近くにある1号店でシェフが担当していますが、それ以外のオーダーを取ったり、カウンターから飲み物を運ぶのは、1人でやっています。飲食業は時間に追われることが多い仕事なので、iPadでレジや集計分析が可能なのはとても助かっています」(下田氏)

Airレジは、スマートフォンやスマートタブレットをレジとして利用したり、売り上げや顧客の管理、分析に利用できる便利なツールだ。事前にAppleストアからアプリをダウンロードし、Airレジサイトでアカウントを登録すれば、初期費用・運用費用は一切かからずiPadレジが活用できる。

使いやすい操作性が「活用したいレジ」に

使い方は至ってシンプルだ。最初にAirレジにログインして、商品やテーブル数、支払方法などの情報を設定すれば、その日からすぐにiPadやiPhoneをレジとして利用可能になる。

オーダーを受けたらテーブル番号を選択し、「注文入力」ボタンを押して、画面から商品名ボタンと個数をタップするとiPadの中に伝票が作成される。

「カウンター顧客ならその場で注文を聞いてiPadに打ち込めるし、テーブル席でもオーダーを取る際にiPadを持参してそのまま注文を登録できるので、紙の伝票は不要です」(下田氏)

会計時には、テーブル番号で集計された金額を顧客に伝え、顧客から受け取った金額をiPadに入力して「会計」ボタンをスライドすればBluetoothで繋がったキャッシュドロアが開きお金の受け渡しができる。プリンタと接続しておけばレシートや領収書の発行も可能だ。

テーブルごとに伝票管理ができる

注文商品をタップすると金額が計算される

会計の際はテーブルごとの伝票で会計

スライドして会計を押すとレシートや領収書の発行画面が表示される

「商品名のボタンや割引メニュー、支払情報も店舗で自由にカスタマイズできるので便利です。Airレジは、ボタンや配置が、昔のレジの形態を真似しているので、懐かしい使い慣れた感じがします。ITに不慣れでも直感で使いこなせる感じがすごくいいですね」(下田氏)

レジで受けた売上情報は、リアルタイムでクラウドサーバーに連携され、「売上管理」画面で売り上げ状況を確認できる。売上データは、自動で会計データとして取り込むことが可能だ。

「閉店の2~3時間前の段階で、『今』どれだけ売上げがあり、『何が』どれだけ売れたかが、一目瞭然に分かるようになりました。店の状況をリアルタイムに把握できるようになり、仕事の仕方が変化しました」(下田氏)

売上や来店客数などを集計・グラフ化してわかりやすく表示する

「この週は、このワイン・料理を重点的に売ろうというとき、1週間後に狙った商品がきちんと売れたのか、先週と比べてどうだったかの分析は、手書き伝票ではとてもできません」(下田氏)

Airレジがあることによって、商品管理を随時行えるので、「これが売れていない」「ではどうするのか?」といった「次の一手」への対応がスムーズにできるようになった。

「1日サボったものを2日目に取り返せるという商売ではないので、毎日が勝負ですから、売り上げ分析はよく活用しています。欲しいデータをすぐに表示できるので、ついつい使いたくなるレジという感じです」(下田氏)

終電で帰宅しているため、閉店後にすぐに店を出られるのも便利だという。

「Airレジはクラウドなので、場所を選ばず作業でき、閉店後にiPadをそのまま持ち帰って家でも作業が可能です。通常のレジの場合、レジ締め業務の時間も考慮して閉店処理が必要ですが、それを気にせずすむので楽ですね」(下田氏)

大きくてかさばるレジは、実は置き場所に困る代物でもあった。

「電気製品なので、水気にも気を使いますし、一度置いたら移動させることもできません。iPadレジなら、例えば店が貸切でレジは不要なときは、裏に置いておくこともできます」(下田氏)

顧客管理でリピート顧客を確実に把握

東京都 港区青山にある惣八では、2014年3月からAirレジを導入し、顧客管理ツールとして活用している。64席で座敷での宴会も可能な同店は、神宮球場にほど近い立地のため、イベント帰りの顧客や野球ファンが多く入店する店舗だ。

惣八 店長 齋藤洋一氏

「イベントや野球観戦後に入店いただくお客様は、席に座ってからすぐにお飲み物をお出しできるかどうかが勝負です」と語るのは、店長の齋藤洋一氏だ。その後の滞在時間と利用金額が大きく変わってくるのだという。

Airレジに予約顧客の情報を登録し管理するようになってから、顧客への対応がスムーズになったという。スタッフ側から、「前回こちらのお飲み物を頼まれていましたが今回はいかがですか?」などと顧客にアプローチすることで、オーダー時間が短縮でき、スタッフが効率よく顧客のテーブルを回ることができる。

「以前ご来店いただいたお客様かどうか、事前に情報があるだけで、スタッフの動きが全然違ってきます。来店の際に、『見たことがあるお客様』という状態よりも、予約のお電話をいただいた時点で、『前回いつご来店されたこのお客様』だと分かっているのではお迎えする準備がまったく変わります。履歴が残っているのは本当に助かります」(齋藤氏)

1度Airレジに顧客登録すると、次回の予約からは電話番号で検索すれば履歴がヒットし、前回の来店有無や注文履歴も確認できる。今までは、紙の顧客台帳で予約をメモしていたが見返すことはなかった。そもそも紙の台帳は、日付ごとに予約をメモするのみで、顧客名などで過去の履歴を検索するには不向きだった。

来店情報登録画面、登録すれば、人数・空席・席ごとの経過時間を簡単に管理できる

登録後は、スケジュール確認画面で店全体の座席の状況を把握できる

「ご来店いただいた際に、『何度も来てくれているのでサービスしますよ!』とお伝えするとびっくりされますね。今までも頻繁に来ていただいていたかもしれないのに、履歴を管理するツールがなかったので分かっていなかった。今では何回目というのがご予約の際に分かるので、より細やかなおもてなしが可能になります。リピーターを増やすきっかけになると思います」(齋藤氏)

Airレジで店舗とつながり新しいWeb広告業態を構築

Airレジの開発経緯とその狙いについて、リクルートライフスタイル ネットビジネス本部の大越知高氏はこう語る。

「もともと『ホットペッパー』や『ホットペッパービューティー』といった無料誌やネットメディアで飲食店や旅館、美容系サロン、小規模店向けの広告媒体を運営している背景があり、ビジネスパートナーである店舗の課題やニーズを把握していました」(大越氏)

小規模な店舗では、在庫管理・仕入れ・備品購入・接客など、オーナーが多くの業務をこなさなければならない。売り上げ分析をしたいが手が回らず、POSレジは高額すぎて導入できない、大型のレジは店舗で置き場に困るなど、忙しいのに効率的な業務ができない課題があった。

ネットビジネス本部 クライアントソリューションユニット リアルマーケティング開発グループ Airシリーズチーム プロデューサー 大越知高氏

「IT導入が進み、世の中がネットワークやタブレットで便利に情報を得られる時代において、新技術の恩恵にあずかれない部分を感じていましたので、課題を解決しながら、我々の広告業も並行できるようなサービスはできないかと考えました」(大越氏)

従来のネットメディアは、店舗側から写真を提供してもらったり、広告文を考えてもらうなど、運用自体が店舗の手間になっていた部分がある。

「店舗とiPadを通してつながることで、広告や集客のしくみ自体をより効果的かつ効率化する狙いもありました。店舗で役立つアプリを開発して、活用してもらうことで弊社とのつながりを作ろうと考えたとき、お店で必ず使うものといえばレジでした」(大越氏)

こうしてAirレジは誕生した。初期費用・月額費用無料で利用できるサービスにして、POSレジは高価だと諦めていた店舗でも気軽に利用できるようにした。導入を検討しているユーザー向けにiPadやプリンタなどの無料レンタルが受けられる「スターターパック無料キャンペーン」も何度か実施している。

ネットビジネス本部 クライアントソリューションユニット リアルマーケティング開発グループ 古川祐也氏

「キャンペーンではセルラーモデルのiPadを配付しました。開発段階ではWi-Fiモデルを想定していたのですが、導入実験の結果、Airレジに相性がいいのはセルラーモデルという結論になりました」と語るのはアプリ開発に関わった古川祐也氏だ。

「熱海の商店街でAirレジの導入実験を行ったところ、『繋がらない』との問い合わせが多発しました。現場に行ってみると、アプリの不具合ではなく、Wi-Fiの設定ができていない状態でした」(古川氏)

故障ではないが、誰かが現地まで行ってサポートしなくてはならない状況では、広く配付する目的に合わない。セルラーモデルなら、Wi-Fiが切れてもシームレスで通信キャリアのデータネットワークに切り替わるのでユーザー側のITスキルを意識せず利用できる。

Airレジの狙いをリクルートライフスタイルでは、次の動画のように説明する。


諸サービスとの連携で便利な活用が可能に

同社は、集計システムの「freee」(簿記の知識がなくても簡単に使える個人事業主や中小企業のためのクラウド会計ソフト)と連携し、無料で会計帳簿作成から決算書の作成まで会計業務全般を完結できるソリューションや、スマートデバイスでクレジット決済を可能にする「Square」と連携して個人商店のクレジットカード決済を促進するなど、既存のサービスを連携することでAirレジを各種サービスの窓口として提供している。

「例えば、日本はクレジットカードの利用率が低い国ですが、今後オリンピックで海外顧客の需要が高まると見込まれています。中小の店舗でもAirレジを通じてクレジットシステムを手軽に取り入れられることで、課題解決を支援できればと考えています」(古川氏)

今後は、レジサービスの仕組みと並行して、本業の広告集客サービスにも力を入れる。Airレジと「Airウォレット」を連携することで、店舗の空席情報を会員顧客に配信するなどのサービスも始めている。

「お客様がAirウォレットアプリをダウンロードしてQRコードをAirレジにかざすことで、リクルートポイントがリアル店舗の会計時に『使える・貯まる』サービスで、集客効果が見込めます」(大越氏)

ほんの数年前まで、開発にも運用にもコストがかかり、大手企業でないとなかなか導入できなかったPOSレジは、iPadレジの参入により小規模店舗でも手軽に導入可能なツールになった。今後は小規模店舗でも、データをもとにした売上分析や効率的な在庫管理、AirレジのようなマーケティングWebサービス企業によるiPadと連動した効率のよい集客サービスの活用が可能になり、ITの力を利用した新しい形の店舗運営が可能になるだろう。