スマートフォンやスマートタブレットを導入して業務スタイルを変革する企業は珍しくないが、多くの導入担当者は両デバイスの機能は重複しているから、どちらか一方を導入すれば十分と考えるケースは多い。コスト面はもちろんのこと、セキュリティポリシーの策定といった端末管理の煩雑さや利用者の活用スキルを上げるための教育コストなど、導入担当者の負荷も"二刀流"をためらう要因となっている。
営業担当者のプレゼンテーション力向上にiPad導入
ネットワークインフラ機器・部材を専門に扱う中堅商社のサンテレホンでは、スマートデバイスの用途や配付範囲を絞り込むことで、iPadとiPhoneを効果的に平行活用するノウハウを蓄積している。スマートデバイスの導入担当者、管理本部 経営企画部 情報システム課 リーダーの中原亮氏は、導入経緯や使い分けてについて次のように振り返る。
「外出や出張の多い営業担当者に、メールやグループウェアを確認できるツールとしてiPadを先行導入しました。当社では2007年より業務用パソコンをシンクライアント化しているので、ネットワーク環境さえあれば自席のパソコンと同じ作業が可能な環境でした。ただデータ通信カードの配付数は限られており、パソコンのバッテリーが持たない、起動が遅いなどの理由で、外出先で常時メールを確認できる環境ではありませんでした」(中原氏)
iPadの導入により外勤者の通信環境は改善できたが、メールやWeb閲覧の利用だけではiPad本来の能力を使いきれていない。営業活動の支援にもiPadの活用範囲を広げようと、営業現場でもiPadの可能性を調査したと、情報通信本部 営業推進部 プロダクト営業課 リーダーの小坂康仁氏は語る。
「当部ではネットワークインフラ機器・部材を中心にネットワークカメラ・ソリューションを注力商材として営業推進しています。ノートパソコンを使った従来型のプレゼンテーションでは、あらかじめ用意しておいた動画をお見せするにとどまっていました。iPadの導入により、スムーズにデモ用のネットワークカメラからライブ映像をお見せできるようになり、画質や操作性などを直接体験してもらえます。お客様の反応は非常によく、訴求力が上がっているのを実感します。iPadのライブ映像により、引き合いの数は確実に増えています」(小坂氏)
このほかにも展示会に出展してネットワークカメラを販売促進する際、従来は大型モニターの前に来場者を集めてプレゼンテーションを実施していたが、個別の質問やニーズを効率よく聞き出すことはできなかった。iPad導入後は、ブース来場者へ営業担当者が個別にiPadから映像を見せる対応が可能になり、顧客の個別ニーズを拾いやすくなったという。
一般的な商材を扱う営業部門でも、iPadは営業資料の電子カタログ化による業務改善に貢献している。同社の取り扱う商材は数万点に及ぶため、すべてを紙資料で持ち運ぶことはできない。訪問先に応じた資料を選んで持参したところ想定外の商材に話題が及び、その場ですぐに回答できない状況も営業課題の1つだった。
「社内に仕入れ元のメーカー各社から提供される電子カタログや、営業担当者が作成したキャンペーン用資料などを格納できるコンテンツサーバを準備しました。『GoodReader』を使ってiPadとコンテンツサーバを同期させることで、外出先のiPadからもコンテンツサーバに格納された資料を開ける仕組みを提供しています」と語る中原氏。iPadからすべての資料を参照できるようになり、さらに電子カタログ化される前の最新商材であっても、メーカーのWebサイトから情報を取得できる。手元資料がないばかりに回答が後日になるという問題は解消された。
もっとも、同社では全営業担当者にiPadを配付してはいない。全国10拠点に勤務する外回りの多い営業担当者60名ほどに対して、20台のiPadを部門ごとに配付し、必要に応じて持ち出す運用方針だ。従来型の営業スタイルを好む者もいれば、価格交渉や契約書の締結など商品カタログを必要としない外出もあるため、必ずしも全員にiPad利用を義務付けず、必要なケースのみに限定利用することでコスト抑制を図っている。
セキュリティ向上とテザリング利用を目的にiPhoneを追加導入
iPadの導入に続いて同社では、外勤営業担当者全員にiPhoneを配付してリアルタイムな情報共有の環境を整えた。
「業務用電話機として利用していたフィーチャーフォンからは、メールやグループウェアが使いにくいとのクレームがありました。スマートフォンを所有する者も増え、BYODとして個人所有のスマートフォンから業務メールを利用したいという要望も寄せられるようになりましたが、BYODではセキュリティの担保が難しい。そこで外勤者全員にiPhoneを配付して、強固なセキュリティ対策を施したうえでメールやグループウェアの使い勝手を向上させました」(中原氏)
同社の営業担当者は、自社の商材のiPhone用のバッテリーを常時装着してiPhoneを利用している。PRの意味合いもあるが、頻繁に電話をすると電池切れになることは多いので、実運用上も役立っているという。また、4ポートタイプの充電器も自社商材を利用している |
iPhone導入により、テザリングを活用できるようになったことも、営業担当者の業務改善につながっている。
「業務上の必要からPCを社外に持ち出す場合、以前はデータ通信カードの台数が足りず持ち出せないこともあり、ネットワークに接続する場所が限定され不便でした。iPhone導入後は、移動途中や顧客訪問の前後などの細切れ時間にもパソコンをネットワークに接続して業務を行えるようになり、利便性は大いに向上しました」(小坂氏)
2014年5月には、オンプレミスで運用していたグループウェアをGoogle Appsに切り替え、iPhoneからの社内ネットワーク接続時には証明書によるアクセス制御を導入してセキュリティを強化している。また、Google Appsで稼動するワークフロー・エンジンを利用して申請・承認フローの電子化も進めている。以前はメールベースだったワークフローは、外出先のiPhone/iPadからでも対応可能になり、意思決定の迅速化も実現しつつある。ほかにも、オフィスでしか使えなかった海外との連絡用のSkypeも、iPhone/iPadから利用可能となった。
「ネットワークカメラ・ソリューションの営業では、ネットワーク設置工事に関連する現地調査の際、iPhoneで現場の写真や動画を撮影しておき、機器設置の設計を検討する際や、工事の協力会社との打合せに活用しています」(小坂氏)
iPhone配付後に実施した社内ヒアリング調査によれば、「隙間時間の有効利用が可能になった」「お客様や社内への対応が早くなった」といった効果を挙げる声が多く、約9割がiPhone配付に満足と回答している。
2種類のセキュリティポリシーを使い分ける運用ノウハウ
iPadとiPhoneの同時利用で難しいのは、運用ポリシーの策定が複雑になること。導入担当者にとっては、どちらもセキュリティ強度を高めて不測の事態に備えたいが、制約を多く設けるとその分だけ利便性は下がるのが悩ましいところだ。
「iPadはプレゼンテーション用ツールと割り切って、一般に公開されているカタログデータのみを格納し、社員や顧客の個人情報や取引書類などは端末に入れないルールとしています。セキュリティはパスコードロックとMDM導入によるリモートワイプといった必要最低限にとどめ、アプリのインストールは利用者に任せています」(中原氏)
これに対して、メールや電話で個人情報を利用するiPhoneはパスコードロックとリモートワイプに加え、業務に不要な機能は無効化し、管理者側で許可したアプリ以外のインストールは禁止と厳しいポリシーを適用している。例えば、Skypeは海外との連絡業務に携わる者に限って管理者側でインストールして渡すといった運用だ。
「現場からはiPhoneへのアプリ・インストール緩和を望む声が強いので、今後は要望の多いアプリを精査してホワイトリストを作成するなど、弾力的な運用も視野に入れています」と語る中原氏。しかし、名刺管理アプリひとつをとっても複数のアプリが存在して、許可アプリに認定する1つを絞り込むのは大変で、ホワイトリスト作成には時間がかかっているという。
利用者の活用スキル向上も現在の課題となっている。iPhoneやiPad、さらにはグループウェアのGoogle Appsへの切り替え時には、同社の商材であるテレビ会議システムを活用して、全国の営業所へスキル伝達を行ったというが、全員を集めたレクチャーを開くのではなく、各部門から新しい技術やデバイスの習得に積極的な者を“エバンジェリスト”に指名して集中的にノウハウを伝達し、その後、エバンジェリストから各自現場へノウハウをカスケードする2段階のスキルアップ方式を採用した。顧客対応を優先せざるを得ない営業担当者を講習会に全員召集するのは難しいもの。エバンジェリスト方式ならば、現場の負担は最小限に抑えられる。
同社では、このように用途の切り分けや運用ポリシー、スキル伝達など独自のノウハウを蓄積し、iPhone/iPadの“二刀流”を進めている。情報通信機器を適材適所に活用する今回のような事例は、多面的なニーズを柔軟に解決する好例になるかもしれない。