北海道の地場ゼネコンとして道内売上高トップ(2012年度)の岩田地崎建設は、国内・海外に支店・営業所を配し、建築・土木・舗装工事などを手掛ける中堅の建設企業である。早くからパソコンをベースとした情報システム基盤を構築して、社内の情報共有や現場事務所と本社・支社とのネットワーク構築を実施してきた同社は、情報システムのモバイル化を重要課題と位置付け、iPad/iPhoneの導入に踏み切った。
建築現場に導入されたiPadは、突発的な事態に対応する場面で、現場作業者が問題個所の写真や動画を撮影し、その場から工事責任者や発注者に送って対処の指示を仰ぐといった、問題解決の時間短縮に実績を上げているという。
建設現場でのワークスタイル改革を目指してモバイル化を推進
ゼネコン社員は、ネットワーク環境が構築された現場事務所内で、パソコンを使って業務することが一般的だ。同社では1998年ごろには、現場事務所から社内の基幹系システムにアクセスして情報を取得できるネットワーク環境を整備していた。外出先ではノートパソコンとデータ通信カードを使って、VPN経由で社内システムにアクセスする環境も用意していた。
「こうしたネットワーク環境は十分機能していたのですが、スマートフォンが登場したことを契機に、当社の情報システムもモバイル対応を進める方針となりました。当社の社内情報共有システムは、電子掲示板のインタフェースを持ったポータルサイトを中核とし、そこからあらゆる情報にアクセスできる設計となっているのですが、iPhone導入以前は個人所有の携帯電話を業務でも使用していた関係で、あらゆる種類の携帯電話で使える専用インタフェースを作り込むのは、技術的にもコスト的にも難しいという課題を抱えていました」と情報システム部 部長 堀田繁夫氏は振り返る。
スマートフォンであればパソコン用に開発したWebシステムのインタフェースを利用できるため、モバイル対応の施策はスマートフォン導入を本命に検討を進めていた。
「そんな時、iPadが発売され、これは業務改革に使えると感じました。早速、発売直後のiPadを入手し、モデルとなる現場を選定してiPadを使うことでどのような業務改善ができるか検証を始めました」(堀田氏)
現場事務所にはネットワークに接続したパソコンが常設されているとはいえ、実際の工事が行われている現場とは物理的な距離があり、図面や資料などが必要になるたびに現場と事務所を往復していたのでは、作業効率は上がらない。iPadを導入すれば現場事務所のパソコンと同等の情報を常に携帯できるので、多くのメリットが生まれるに違いないと堀田氏は確信した。
現場の状況をリアルタイムで共有できるiPadの導入メリット
iPad導入モデルとなった現場の管理を担当する東京支店 土木部 次長 武井弘幸氏は、iPad導入のメリットを次のように語る。
「工事用の図面は1つの現場で数百枚にもなる場合がありますから、複数の現場を管理する自分にとって現場の図面をすべて持ち歩くことは不可能でしたが、今はiBooksに担当する現場のPDF化した図面や資料をすべて入れて持ち歩けるようになりました。100MBくらいのファイルサイズになっても、iPadで問題なく格納、閲覧できます。従来のA3判の紙図面は細かい部分の文字や線が見にくかったのですが、iPadでは拡大・縮小が簡単にできるのでとても便利です」(武井氏)
さらに、突発的な事態への対応でもiPad導入で大きな効果が上がっているという。
「例えば地下を掘っていたら想定外の障害物が出てきたとします。こうした障害物はいち早く処理しないと工事が遅延しますが、現場作業者だけではどう処理したらよいか判断できない場合も少なくありません。そんな時にiPadで写真や動画を撮影し、その場から現場事務所や本社・支店にいる管理者、さらには発注者様にメールで送って判断を仰ぐことが可能になりました。以前に比べて、問題解決に至るまでの時間短縮などに役立っています」と武井氏。
一方、現場事務所や会社のパソコンで利用する機会の多い工事関連資料は、ExcelやWord、PDF、画像といったさまざまなファイル形式で保管されており、そのすべてを工事図面のようにiPadへ格納して持ち出すのは、ファイル容量からいって現実的ではない。しかし現場や打合せに出ているときに、そうした資料を参照する必要に迫られることもあるという。
このようなニーズに対しては、現場事務所に配備されているNAS(ネットワーク接続型ストレージ)「LaCie」に、iPad/iPhoneからリモートアクセスできるiOS用アプリ「LaCie MyNAS」を経由して、現場事務所の外からでも必要な情報を取り出せる環境を構築することで対応している。NASは本社・支店のネットワークにもつながっているため、急に必要となったファイルを本社スタッフに依頼して、共有フォルダに入れてもらうだけで、現場にいながらにしてiPadから参照するといった使い方も可能である。
「私もかつて現場作業をしていたのですが、その頃にいちばん辛かったのは必要な書類やデータを取りに何度も現場と事務所を往復し時間を無駄にしたことでした。今なら図面はもちろんのこと、施工関係資料、工事資料、写真、安全関係資料など、あらゆるデータがiPadから見られる環境が整っているので、事務所に駆け戻ることはありません」(武井氏)
ほかにも武井氏の管理する現場では、GPSに連動した地図に設計図面の透過データをレイヤーとして重ねられる「カンタンマップ for iPad」、PDF化した図面にフリーハンドで文字を書き込める「UPAD」、雨に左右されやすい現場で重宝する降雨観測情報「XバンドMPレーダ」など、さまざまなアプリを使って、業務効率の改善に取り組んでいる。
iPhone導入により、さらなる業務改革が進行中
こうしたモデル現場での成果を踏まえ、同社は2013年1月より順次、355台のiPhoneを配付した。対象者はゼネコンとして現場を管理する立場の所長、監理技術者、主任技術者、各担当など。少ない現場で3名程度、多ければ10名くらいが配置され、実作業を行う協力会社ごとに担当者を決めて現場を動かす構造である。大きな現場では、1日の作業員は200人にもなる。担当者1人当たり50名程度の作業員を管理することもある。
「現場からは、社内メールをiPhoneで見られるようになり『緊急性のあるメールを受信と同時に開けるようになって非常に助かる』という声が上がっています。以前なら、現場を離れて事務所か本社・支店に戻ってパソコンを開かなければメールをチェックできなかったのですが、iPhoneを使えるようになってメールへのレスポンスは大きく向上しました」と語るのは、情報システム部 主任 明石学氏だ。
より現場に近い立場の武井氏は、情報収集の迅速化にiPhone導入のメリットを見だしている。
「物理的な距離がある現場と会社・事務所でいち早く情報を共有するには、画像と会話が一体化すると非常に効果が高まります。iPhoneで写真や動画を撮影してメールで送り、その画像を見ながら電話で情報を伝え、現場を監督する次長や部長に指示を受けると行った使い方はもちろんですが、FaceTimeを使って所長と現場がリアルタイムに状況を見ながら判断を行うといった使い方も始まっています」
同社の具体的な活用法については、以下の動画にまとめられている。
今後は設計事務所や発注者を含めたテレビ会議の実現を目指す
本格的なiPhoneの活用を進める同社は、1対多のテレビ会議システムの構築を目指している。複数人が遠隔地から参加するコミュニケーションが実現すれば、発注者や協力会社、設計事務所といった社外との情報共有のスタイルは劇的に変化するはずだ。すでに一部の発注者から、現場の進ちょく状況をiPhoneからリアルタイムで見られるようにしてほしい、という要望も寄せられているという。
また現状では、実際の施工を担う協力会社との情報共有は電話とファックスが中心だが、将来はモバイル端末に共通の工程管理アプリを入れて、より迅速で正確な情報共有を実現する計画もある。市販されている工程管理アプリを検証して、自社のニーズに合っている製品を選定する調査も始めているという。
規模の大きな建設・土木工事では、ゼネコンを中心に多くの施工業者が参加して工事を進めていく。そこでやり取りされる膨大な情報をモバイル端末で一括管理できれば、工期短縮などの業務効率化が進むに違いない。同社のようなゼネコンが率先して工程管理アプリやデバイスを選定して、グループ内へ展開すれば、建設業界のワークスタイル変革が促進されるだろう。