JFEエンジニアリング(横浜本社、横浜市鶴見区)は、環境・エネルギー・鋼構造物などの社会インフラ整備を手がける総合エンジニアリング企業である。近年携わったプロジェクトには、東京国際空港D滑走路、シンガポール「マリーナ・ベイ・サンズ」の空中庭園「スカイパーク」などがある。
そして、同社の中でパイプライン事業を手がけるパイプライン本部は、『工事現場(以下、現場)でも社内にいるかのように業務ができたらどんなに便利だろう』という構想を、iPadで実現した。
残業必須のワークスタイル改善に取り組む
パイプライン本部の主な業務内容は、パイプラインの埋設工事だ。工事は、数十メートル単位で行う方式で、現在の現場でのパイプライン埋設が終わったら、その先の数十メートルを新たな現場として徐々にパイプを埋めていき、日々現場を移動しながら工事を進めていく。
一般的な建設工事の場合は、数カ月~1年程の建設期間中、現地に設置した仮設事務所から社内ネットワークにアクセスし社内事務処理を進めるが、道路の下に配管を埋設しながら移動していくパイプライン工事の現場では、仮設事務所を定置できない。そのため、現場監督は始業前に事務所に立ち寄り、現場で必要な資機材や技術マニュアルを準備して現場へ向かい、現場で日中の指示業務をこなしたのち、終業後は事務所に戻り、社内業務(日報作成や事務処理など)を終えて帰宅するというワークスタイルになる。
直行直帰型ワークスタイルを実現したプロジェクトのリーダーであるパイプライン本部 QSE室長 石森清隆氏は、システム化の目的を次のように説明する。
「課題は、現場と事務所の物理的な距離の克服でした。メールチェックや備品手配、日報作成といった社内業務のための事務所と現場の往復移動は、不都合なことが多くありました。そこで、大きく2つの改革を目指しました。1つは、事務所に戻らなくても業務遂行可能な環境を整えて直行直帰型のワークスタイルを実現すること。もう1つは、現場と事務所同士が、相互にデータのやり取りをタイムリーにできるようになること。これにより業務効率を向上させ、残業時間を削減させることを目標としました。効率化により生まれた時間を自己啓発や家族サービスという個人の使える時間に充ててもらい、社員の生活を豊かにしてもらいたいという思いもありました」(石森氏)
現場が本当に求める機能を盛り込む
システム構築の際には、アプリ開発に共同で取り組んだエクサの担当者と現場まで足を運び、「現場は何に困っているのか? 直行直帰のワークスタイルを実現するには何が必要か? 」を現場の目線で洗い出した。そして誕生したのがGBRの6つの機能((1)日報機能、(2)勤怠管理機能、(3)技術マニュアルの電子化、(4)資機材の手配システム、(5)台風・地震時の対策配信、(6)労災発生時の報告機能)だった。
6つの機能を実現可能にしたのは、クラウドとiPadを利用したIT技術だ。GBRシステムは、クラウド上に必要データを保存し、ネットワークを介して社内PCとiPadの双方からデータの閲覧・編集を行える仕組みだ。これにより、事務所に立ち寄らずに現場での業務完結が可能になる。
勤怠管理もiPadで簡単ワンタッチ
直行直帰を実現するにあたり、まず問題となるのが勤怠管理だ。GBRシステムでは、iPadを用いて勤怠ログを取る記録システムを取り入れた。現場に到着したらiPadで出社ボタンを押すだけで勤怠報告完了だ。
「iPadの位置情報を利用し、時間と場所のログが取れる仕組みです。1日で複数の現場を回る場合にも、現場ごとにボタンを押すだけで、いつ、どこの現場に行ったかの確認ができます」と語るのは、システム設計に関わったパイプライン本部 QSE室統括スタッフ(副課長)石澤始氏だ。
面倒な日報業務もiPad1台ですべて完結
日報業務については、既存のアプリを利用しiPad単体で作成できるようにした。まず、下準備としてクラウド内の「工事日報」フォルダの中にExcelで作った日報ファイルと、PDFの平面図を入れておく。工事現場ではiPadからアプリの「Numbers」(Excelファイルが編集可能)を開き、基本情報(日付、住所、工事番号、人数、路線情報、使用機械、出来高など)をセル入力、クラウド内のフォルダに戻す。加えて、「GoodNotes」(PDFに手書き入力ができるアプリ)を用いて、iPadで開いた平面図に直接「○」や「→」を書いて、どの部分の工事を進めたのかということを手書きで記録する。
手書きを加えた平面図は、さらに画面キャプチャを取り、画像化して報告資料として使用、場合によってはiPadで撮影した現場写真も貼り付ける。以前は、事務所に戻ってCADや、Excelの図形作成の機能を使って対応していた。iPadなら画面上に直接手書きして、そのままクラウドに保存・報告できるのが手軽で便利だという。事務所の上司により確認が行われて日時報告完了だ。
以下は、実際のiPadの活用シーンを収録した動画だ。
現場で必要なマニュアル・機材もその場ですぐに対応
現場で必要になる技術マニュアルや工事資機材も、事務所に戻らずiPadで現場から直接手配できるようにした。
大量の技術マニュアルは、以前は事務所で準備をして現場へ携行していた。その印刷や管理には相当な時間とコストがかかっていた。現在はiPadを現場に持ち込めば、必要な資料をその場ですぐに確認できる。事前準備も不要になり業務効率化を図れたという。
工事に必要な溶接機械などの資機材も、GBRシステムにある「機材レンタル品閲覧機能」でiPadから直接レンタル品の閲覧や貸出予約を可能にした。iPadから借入申込書の必要事項を記入し、貸出部署にメールを送れば手配される。
パイプライン本部 企画室長 田山二郎氏は、システム化の効果を以下のように語る。
「今までは、社内PCからでないと必要機材をレンタルするデータベースへのアクセスができず、事務所に戻って貸出申請していました。現場で急に借りる必要が生じた場合は、電話でも対応していましたが、工事機材は種類も多く複雑です。電話では欲しい機材を的確に伝えることができず照会にてこずることもあったと聞きます。今は、必要な時にその場でiPadから仕様や写真を確認し、現場の状況に応じて発注できるので非常に便利になったと好評です」(田山氏)
BCP対策も万全
災害対策が注目されている昨今、緊急対策時に現場と事務所がタイムリーに情報交換できることも重要だ。従来は、悪天候の際の工事中断や安全確認、労働災害発生時の報告には、電話や事務所に戻ってきてからの報告資料作成という方法をとっていた。しかし緊急かつ正確な連絡を必要とする場面においては、効率が悪く安全管理上も問題だった。
GBRシステムでは、敏速かつ正確な連絡が可能になった。台風やゲリラ豪雨といった悪天候発生時、事務所の管理担当者が緊急対策指示の一斉メールを配信する。メールを受けた各現場監督は、クラウド上に保存されている「重要安全管理チェック表」を見ながら対応して、チェック表を更新する。すべて完了したらクラウドの指定フォルダに入れれば報告完了だ。事務所では指定フォルダを確認すれば各現場の安全対策実施状況がリアルタイムで分かる。
「何より、面倒でないところがいいです。以前は、現場で緊急対策対応を終えた後、電話連絡で上司に報告、上司が各報告をExcelに取りまとめ、本社管理者に送付するという流れでしたので、手間も時間もかかっていました。今は、現場でチェック完了した瞬間に、上司も管理者もクラウドのフォルダを見れば対応状況を確認できます。大幅な時間短縮ができたと思います」と語るのは、現場監督を務めるパイプライン本部 ガス導管建設部 東京事業所 岡本新一氏だ。
労災発生時には、命にかかわることもあるため、敏速で正確な報告が何より大切となる。まずは携帯電話でライン長に報告するルールだが、緊急時の電話での報告は要領を得ないこともある。そこで、電話と併用してクラウドの報告表に必要事項を入力することにした。GBRシステムで報告すべき項目が一覧表になっていれば、現場も対応しやすく、事務所側も現場状況を把握しつつ適切な指示を出すことが可能になる。
活用と共にさらに進化するシステム
今後は名古屋・大阪・東北といった支店や大型プロジェクトへの導入など、ガス導管にかかわる部署全体に展開していく予定だという。GBRシステムは、既存の社内情報をクラウドを介してiPad上で共有し、既存のアプリを用いてiPad上で加工する。敢えて専用アプリの作り込みを行わなかったのには理由がある。まずは短期間・低予算で最低限のシステム構築を行い、あとは実際に現場での活用を拡げながらカスタマイズを加えていく予定だからだ。最終的には社内のみでなく、顧客に対しても便利なシステムとして作り込んでいくのが今後の展望だという。
「地面の下にパイプを埋める工事は、その区間ごとに顧客の立会承認が必須になります。現場が工事を進めていくタイミングと、顧客が現地まで立会にくるタイミングは必ずしもスケジュール通りにはいかず、現場か顧客のどちらかに待ち時間が生じてしまうのが現状です。その非効率さをシステムで改善するなど、まだまだ効率化の余地があります」と石澤氏はGBRシステムの今後に期待を込める。