「千三つ」という言葉がある。千のうち本当のことは三つしか言わないうそつきとか、千に三つくらいしか話がまとまらない主に不動産業を指す言葉らしい。だが、その程度なら誰にでも嘘とわかるので可愛いものである。本当の大嘘つきは100のうち99までは本当のことを言うから性質が悪い。現代の不動産業の成約率がどうなっているかは知らないが。

リーマンショックは終わっていない

しかし、筆者にとっては「千三つ屋」は憧れである。別に不動産業に進出しようと思っているわけではない。今年になってから少しずつ増えてきたのだが、先月末から筆者のところに持ち込まれるソフトウェア開発に関する人材募集の案件数は急激に増えてきた。

「いくらなんでもこれは無理だ」という話を除き、筆者は1日に最低でも25件以上の案件情報を発している。この情報を約500人に発信しているのだから大忙しである。そして反応も良い。単純に考えて月に500件、2ヵ月に1000件のペースである。千三つ、つまり2ヵ月に3件の新規案件がまとまる計算になるはずである。

しかし、現実はそううまくはいかない。

やっと1件の話がまとまったと思ったら、1ヵ月でプロジェクトが終了してしまうなど、散々な有り様である。感覚としては「千三つ屋」以下のようだ。

そしてついに、筆者の事務所の賃貸契約も解約せざるを得なくなってしまった。リーマンショックの直前から悪い話しかない。リーマンショックの1ヵ月前だったか、提携していた中国のソフト会社が日本市場からの撤退を通告してきた。それ以来、ずっと水面下である。もちろん新しい話はいくつもある。特にインドにおいてである。しかしうまくいかない。

どうも今回の書き出しは愚痴になってしまった。この辺でやめよう。しかし、同じ次元で書くべき話ではないが、リーマンショックから回復していないのは実はインドも同じである。それにもかかわらず、EPA締結以来の日本の「インド熱」はおさまりそうにない。

「インド熱」も最高潮

9月5日から3日間、東京で「日印グローバル・パートナーシップ・サミット2011」(IJGPS2011)が開催された。筆者は興味がなかったので行かなかったが、盛況だったようである。

日印サミットで講演する菅前首相

ちなみにこのイベントにマンモハン・シン首相は来ていない。インド側のトップは首相補佐官である。それに比べて、日本側の出席者は異常としか思えない。野田首相を初めとして、歴代の5人の首相が出席したようだ。

イベントの後援団体を見てもっと驚いた。総務省、外務省、財務省、経済産業省等々の主要官庁がずらりと並ぶ。主要官庁で後援団体に入っていないのは法務省くらいか。さすがにインド人の在留許可を厳しく制限している法務省は顔を出せないようだ。他の後援団体としては経済三団体、JETRO、JICA等が並ぶ。

これに比べて経済界はどうか。

経団連等の団体は別にして、企業側は冷めたものである。協賛企業として三井住友フィナンシャルグループの名前が見受けられる程度である。誤解のないようにお伝えしておくが、このサミットは政府間の公式な行事でもなんでもない。民間のNGOが主催したフォーラムである。にもかかわらず、日本側政官界の異常なまでの熱の入り方である。何人かの知人は出席したようだが、筆者はどうもこのような会合には出席する気がしなかった。

混迷を深めるインド経済

このイベントに対する企業側は冷めた態度は当然である。ここにきて、インド経済の混迷が深まってきたからだ。

8月8日付の印エコノミック・タイムズ紙によれば、スタンダード&プアーズが日本、インド、マレーシアの国債格下げの可能性について言及したとされる。リーマンショックから経済が回復していないためとある。ムンバイ証券取引所のSENSEX指数も2万台だったものが1万6千台のままである。その原因ははっきりとしている。直接的には政府によるインフレ引き締め策である。

食料インフレは収まる兆しが見られない。8月も2桁の伸びを記録したようだ。しかも、今年も干ばつが襲っている。東部オリッサ州では今年の雨季の降水量は平年の50%以下となった。米の9割に被害が出ているとのことだ。

食料だけではない。同じくエコノミック・タイムズ紙によると、ムンバイ市の人口の60%を占めるスラム街の家賃も急騰した。月額賃料2万円の小屋も出てきたようだ。

緊急対応として引き締めるのは仕方がない。インド最大の産業を支える農村だとか、都市を支えるスラムがこれ以上疲弊したらインドは成り立たない。中東のオレンジ革命もインドの8月革命も根は同じである。しかし、そのために当面の経済成長は遠のくばかりである。

やはり根本は農業生産性の飛躍的な向上しかない。インド政府の今の政策は、言ってみれば「出稼ぎによる農村の現金収入向上策」である。その受け皿として経済特区に工場を作る。

農村からスラムに移り住んで、そこから工場に通って田舎に現金を送れ……ちょうど昭和30年代の日本の姿である。当時の加工貿易国・日本と違うのは、インドは世界有数の農業大国であり、農村が疲弊しては国が成り立たないということである。いや、インドだけではない。12億人の人口を抱えるインドが食糧輸入国にでも陥ると、世界が大変である。そのためにも「水」の確保が必要である。緊急策としては農民の自殺を防ぐことである。

デリー・ムンバイ産業大動脈構想よりも農村のインフラが急務だと思うのだが、なかなか日本の政官界にはこの事実が伝わらないようだ。

インドの夜明けもまだまだ先のことか。筆者には夜明けが来るのかどうかわからないが、インドには負けないようにしよう。写真は、筆者の地元・府中の夜明け前である。

府中の夜明け前

著者紹介

竹田孝治 (Koji Takeda)

エターナル・テクノロジーズ(ET)社社長。日本システムウエア(NSW)にてソフトウェア開発業務に従事。1996年にインドオフショア開発と日本で初となる自社社員に対するインド研修を立ち上げる。2004年、ET社設立。グローバル人材育成のためのインド研修をメイン事業とする。2006年、インドに子会社を設立。日本、インド、中国の技術者を結び付けることを目指す。独自コラム「(続)インド・中国IT見聞録」も掲載中。

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