デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。

このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

第23回目のテーマは、常に先へ - クラウド時代と進化するクール革命

先日、ある会合で角川グループホールディングス取締役会長の角川歴彦さんの講演を聴くチャンスがありました。私は、かつてポニーキャニオン時代に、角川会長が日本映像ソフト協会のマルチメディア部会長であった時や映画ビジネスなどでもご一緒させていただいていました。

角川会長は、昨年ご自身の著書『クラウド時代と<クール革命>』を出版されて、さらには、政府の委員や経団連の理事、東京大学大学院特任教授、早稲田大学や東京藝術大学の客員教授なども務められているのは皆さんもご存じのとおりです。ある意味では日本のコンテンツ・ビジネス・シーンをリードしている業界の重鎮であるとともに、常に新しいビジネスに向けての意欲と新しい時代の流れに対する勉強を怠らない姿勢が業界の尊敬を集めている方です。また、会社の経営者として、それこそヒットを連発している大プロデューサーともいえる方です。

そんな角川会長が、ソーシャル元年、電子書籍元年とも言われている2010年を振り返り、今後の2011年以降を考えるという講演を聴かせていただきました。テーマは「クラウド時代と進化する<クール革命>」。ご著書のタイトルに"進化する"とつけた主催者のことを褒められていましたが、要するに時代の変化を捉えてのコンテンツ論でした。

角川会長は、2014年にはコンテンツの無体化によって、すべてのコンテンツはサービス化し、ソーシャル化するとおっしゃっていました。その状況は、端末が統一化の方向に向かうこととネットメディアの進化が大きく影響を与えることになるともおっしゃっていました。

もうすでに入っているとしているWeb 3.0の時代の定義を、ネットメディアの影響人数の数とわかりやすく定義して、Web 2.0の時代は100万人単位、Web 3.0の時代は1,000万人単位と考えているそうです。ネットの普及とその影響力の象徴であるWebサービスの会員数の桁上がりが、そのまま3.0になるという、いかにも企業人角川会長らしい考え方です。

その過程の中で社会は、これまでの知識社会からソーシャル社会に変わるとして、その中心に情報が座り、知識から情報へとの流れで、その情報が富を生み出すとしています。そして、そのことがソーシャル民主主義を生み出すのではないかとも言及されました。

そんな中、先日角川グループは、電子書籍のフィールドで「BOOK☆WALKER」という電子書籍プラットホームを立ち上げました。クラウド時代の電子書籍の情報は、夜空の星のように今後たくさん出てくるので、消費者がなかなか書籍コンテンツを見つけられないと思われることから、出版社が自らそのプラットホームサービスに乗り出そうということでした。

角川グループには10社の出版社があり、映像やGOODSなどにも展開できるアニメやライトノベルも多く持ち、ソーシャルメディアとも積極的に連携していくという姿勢だそうで、他社の出版物など外部のコンテンツホルダーとの連携も行うオープンなプラットホームを目指すといいます。大手出版社としてのこれまでの実績と、角川会長のこれからの社会変化への予知がその決断を促したのでしょう。

このように角川会長は、出版の世界に積極的に新たな試みを持ち込もうとしています。時代に飲まれるのではなく、時代を飲み込んでやろうというような気概も感じます。もちろんオーナーであるからこそ可能である決断なのかもしれませんが、僭越ながら私なりに角川会長のプロデューサーとしての特徴を書くとすると、それはビジョンを掲げる「目標力」の凄さに集約されると思います。

そして、その「目標力」を支えているのが、貪欲なまでの情報収集とその分析です。これまでの角川会長の新しいものへの興味と取組みを拝見していると、常に新しいものに興味を持ち、自分で行動して、自分の目で見て判断するというようにお見受けします。そんな角川会長の行動力が新しい情報を収集して次の時代を予見するのです。

そして、その予見から目標を設定するわけですが、そのことはコンテンツ産業の未来はどうなるのかという問題意識により常にブラッシュアップされているように見えます。

角川会長は、知は知識と情報から成り立っていると定義しています。深い知識によって新しい情報が有効化されて、本物の知となるという考え方です。デジタル時代の先の姿は不確実の塊であり、この角川会長が定義されている知によって推し測っていくことしかないのでしょう。そのことを一番よくご存じなのが、角川会長というわけです。

角川会長が、この本は私にしか書けないのではないかともおっしゃっていた裏には、新しい時代に真っ向から向き合って、ビジョンとして目標化することをいとわないプロデューサーとしての角川会長のスタンスと決意を感じます。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。