高度にインターネットが発達した現代では、知りたい情報をすぐに検索して調べることができる。一方で、本を読むことで得られる想像力やインスピレーションも重要だ。"本でしか得られない情報"もあるだろう。そこで本連載では、経営者たちが愛読する書籍を紹介するとともに、その選書の背景やビジネスへの影響を探る。
第9回に登場いただくのは、「弥生 Next」シリーズなど中小企業向けの支援を一層強化している弥生の代表取締役 社長執行役員を務める武藤健一郎氏。社内で「ケニー」の愛称で親しまれる武藤氏は、サンパウロ・ブラジル生まれ。同氏はフランク・ハーバートのSF小説『DUNE』(Ace Books)を選んだ。
同書の舞台は遠い未来にある砂漠の惑星「アラキス」(通称:DUNE)。物語中の重要なアイテム「メランジ」を巡って、民族、宗教、生態系、機械(テクノロジー)が複雑に絡み合う世界で、主人公ポール・アトレイデスを中心としたドラマが描かれる、いわゆる貴種流離譚だ。
『DUNE』はデヴィッド・リンチ監督(1984年)やドゥニ・ヴィルヌーヴ監督(2021年)によって映画化もされており、特にティモシー・シャラメが主人公ポールを演じた2021年版は世界的な大ヒットを記録したため、映画でストーリーを知っている方も多いだろう。
日本語訳書は早川書房(ハヤカワ文庫)より『デューン砂の惑星』として複数のシリーズが出版されている。
複数ジャンルの本を同時に読み進める読書スタイル
--普段の読書の様子や頻度について教えてください
武藤氏:普段は5~6冊ほどの本を、そのときの気分に合わせて並行して読んでいます。選ぶ本の種類はバラバラで、最近は小説『ドン・キホーテ』、アメリカ第36代大統領リンドン・ジョンソンの伝記、AIや機械学習に関する本、Microsoft CEOのサティア・ナデラ氏の『Hit Refresh』などを同時に読んでいる状況です。
ここで例に挙げた通り、クラシックな小説から伝記、テクノロジーに関する本まで、なるべくバラエティ豊かに選ぶようにしています。
ただし、企業をテーマにしたビジネス書はあまり読みません。ある企業の成功ストーリーを華々しく取り上げている本はいくつもありますが、中には後になって倒産する企業もありますよね。それよりも、経営者がどういう問題に対してどのように考えたかに焦点を当てた本を選びます。
また、私は一つのものに集中して読み進めるのが、あまり得意ではありません。自宅で映画を見る際にも、一つのシリーズものを最初から最後まで見るのではなく、いろいろな映画のシーンを少しずつ見比べています。本も一緒で、少しずついろいろな本を読む方が性格に合っています。
--読む本の選び方を教えてください
武藤氏:以前は本屋さんに行って、気になった本を何冊かまとめて買っていました。しかし読みたい本がたまりすぎてしまったので、最近は過去に買った本の中から選んで読むようにしています。
本は平日の寝る前か、週末にまとまった時間を作って読むようにしています。読まずに積んでしまっている本の中から読む場合もありますし、以前読んだ本の中から好きなシーンをもう一度読むことも多いです。
レフ・トルストイの『アンナ・カレーニナ』は前にも読んだことがあるのですが、最近もう一度読み直してみました。すると、以前は理解できなかった内容が、改めて理解できるようになっていました。実生活での経験や思考が、読書にも影響を与えているのを感じます。
電子書籍を読んでいた時期もありますが、最近は紙の本か、オーディオブックが多いです。オーディオブックは掃除や家事の合間、通勤中に聞いています。最近は『トム・ソーヤの冒険』で知られるマーク・トウェインの伝記を音声で聞いていますよ。
作中で描かれる「人間と獣の違い」
--『DUNE』を読もうと思ったきっかけを教えてください
武藤氏:最初に読んだのは、小学生の頃でした。分厚い本でしたが、表紙のデザインがかっこよかったので「頑張って読んでみよう」と思ったのがきっかけです。『DUNE』というタイトルも不思議で素敵ですよね。
--印象に残っているエピソードを教えてください
武藤氏:主人公がベネ・ゲセリットの謎の儀式、ゴム・ジャッバールの試練を受ける場面があります。この試練は、箱の中に手を入れ、痛みや苦痛で手を箱から出せば毒針で殺されてしまう、という内容です。
ここでは、箱から手を出せば死ぬと分かっていながら痛みから逃れようとするのは獣と同じであり、人間であれば痛みを認識してから感情をコントロールして、苦痛に耐えられるとされています。このシーンは映画にも出てきます。
他にも、人間が脳をトレーニングしたらコンピュータのような計算ができるようになる場面や、毒を体内で分解できるようにトレーニング(改造)する場面なども出てきます。
当時小学生だった私は「人間も頑張れば無限の可能性があるんだな」と感動したのを覚えています。
また、後半では主人公のポールが超能力に目覚め、救世主となり宗教的な指導者としてあがめられる場面もあります。この宗教がどんどん悪い方向におかしくなってしまうのですが、ここでは権力やヒーローという立場の危うさを感じました。
トライアスロンやビジネスにも通じる「人間らしさ」
--この本を読んで、影響を受けたポイントはありますか
武藤氏:最初にこの本を読んだときに「人間も頑張れば無限の可能性があるんだな」と感じた気持ちは、今も変わりません。なりたい自分になるために訓練をしたり、目標に向かって努力したり、人間としての可能性は誰もが持っているものだと思います。
--武藤社長はトライアスロンにも挑戦していますよね
武藤氏:トライアスロンの練習中は、ゴム・ジャッバールの試練のシーンを思い出します。トレーニングの途中で痛みや辛さを感じるときがありますが、そこでただ諦めてしまうのではなく、痛みや辛さを一度自分の中で受け止めて、それから冷静に次のアクションを検討するようにしています。ちなみに、私は苦しくなったらコーラを飲むと、元気になります(笑)
先日もトライアスロンの大会に出場したのですが、そのコースで走るのは4回目でしたので、「だいたいこの場所では体調はこんな感じ」というのが分かっています。ところがそのときは、いつもより早い段階できつく感じ始めました。そこで、水分を多めに取り、ペースを調整することでゴールできました。
仕事にも同じことが言えると思います。給料をもらいながら仕事をしている以上、誰にも苦しい場面や嫌な場面はあるはずです。そこで諦めて逃げるのではなく、苦しい状況を一度受け止めてから、次にどのようなアクションを選択するのかが大事だと思います。
--ビジネスへの影響はありますか
武藤氏:この本を読んで、物語や宗教の危うさのようなものを感じました。作中では、「いつか砂漠の惑星に救世主が現れる」と信じられていた世界観の中で、超能力に目覚めた主人公が指導者となります。
しかし、やがてその宗教的組織は戦争や虐殺を始めるなど、暗い問題も多くなり始めます。このように、リーダーの存在は大切ですが、盲信してはいけません。
企業という組織も一緒で、社長も人間なので間違えることがありますし、失敗もします。自分の中に正しいと判断する基準を持ち、リーダーがおかしいと感じたら議論する勇気を持つべきだと思いました。
一方で、物語を介したコミュニケーションは非常に効果的です。当社は現在、パフォーマンスカルチャーへの変革を図っているのですが、そこで大事にしたい価値観は、なるべく伝わりやすい物語やエピソードに落とし込みながら、社内へのメッセージ発信につなげているつもりです。
また、一度伝えて終わりにするのではなく、組織内に浸透するまで何度も何度も伝えていく予定です。



